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六章 あの子をお願いします
4 ギド=サルバンと人型の奇文体
しおりを挟むギド=サルバン。
ハーネックの元弟子にしてデビッドの兄弟子であり、ハーネックの人体奇文化儀式から逃れた存在。
今、彼は赤黒く染まっている平地の世界にいる。
台座に腰掛け、傍らにはシャイナとダイクが横たわっている。二人の身体の殆どを奇文の塊が纏わりついている。
ギドは自らの行動に罪悪感を抱いていない。
ダイクがシャイナに惚れ、彼女を助けようと赴き、結果として共倒れになろうと同情すら沸かない。
デビッドの妻エメリアが奇文に塗れ、人としての生活が困難となったとて、憐れむことはない。
どれほど胸が苦しくなる悲劇が繰り広げられようと、どれだけ多くの者達が凄惨な死に方をしていようと、それらに対して心がまるで響かない。
眼前で群像劇が起きている程度の感覚、まるで退屈な会話を繰り広げてる映画を退屈そうに見ている感覚でしか、他人を見ていない。
ある日を境にこうなったギドも、一番心が動いた瞬間がある。それは、ハーネックが弟子達を生贄にした晩の事だ。
あの夜、狂気染みた儀式に成功し、地獄絵図の一角を切り抜いて出来た凄惨な死体の山の中心で、歓喜するハーネックの姿に驚きと寒気を感じたものの、咄嗟に一つの可能性が芽生えた。
『人の犠牲を払えば奇文に深く干渉できる力を得れるのではないか?』
それは、他への関心が乏しいギドの心を動かすには十分であった。
ギドは修復師として弟子入りした理由は、奇文を消し去りたかった。
その目標はハーネックも他の弟子達も知らない。弟子入りの時は『修復作業に惚れたから』を理由に志願した。
奇文を嫌う理由は、彼の他者には理解されない体質に関係している。
◇◇◇◇◇
幼い頃から夢を見ると、いつも黒い文字が象った人間と遊ぶことがあった。当時は友人感覚で遊んでいたのだが、十五歳になると現実世界でもそれを見るようになり、その黒い人型が作品に憑き、やがてはその作品を壊していった。
その事に関しては何とも思っていなかったが、古美術商をしていた両親が売った作品が数カ月後に壊れ続け、あらぬ噂が立ってしまった。
原因不明の作品破壊を不審がる住民や国の偉人達は、ギドの両親に事情を訊いた。いや、それは訊くというより、拷問により吐かせることであった。
両親は事情をまるで知らず、自分達の無実を訴え続けた。
拷問が二か月も続いたある日、その国に一人の奇文修復師が訪れ、その原因を探り当てた。
ギドはその修復師が見つけた奇文憑きの作品へ入る光景を目の当たりにし、興味を抱いた。
修復師のおかげもあって解放された両親であったが、あまりにも凄惨な拷問と不衛生な牢屋だったのだろう、病を患った母は間もなく死亡。父親は心が壊れ、後を追うように崖から飛び降りて自殺した。
ギドは、なぜ自分の家族がこんな目に遭わなければならないのか分からなかった。
元は奇怪な現象が起こした事なのに、ただただ普通の人間である自分の両親が酷い目に遭わなければならないのかと思った。
「君は、この国の者達が憎いかね?」
そう訊いて来たのは、修復師の男性であった。
ギドは当然、憎しみを言葉にして答えた。すると、男性は思いもよらない言葉を返してきた。
「彼らは善人を気取る屑で外道者達だが、あれはあれで役立つところもあるのだよ」
パイプ煙草を銜え、煙を吐きながら、男性は微笑んで答えた。
「役に立つって何ですか? 俺の家庭を壊した連中がどうなるってんですか!」
流石のギドも声を大にして訴えた。その憤りに反し、男性は笑顔を崩さない。
「今ではない。もうしばらく熟成すれば役に立つ素材となる。良い事を教えてやろう。外道者はいくら取り繕った所でその本質が変わることは無い。変えようとしても性格や習性がなかなか変わらないのが人間だからな」
「それがどうしたって言うんですか! 俺の両親はもう戻ってこないんですよ!」
男性は煙草を一服吸った。
「君の知る由の無い話だ。ただ、これだけは断言できる。この国はやがて亡ぶ」
平然と語る内容に、ギドはその理由を求めるも、男性は答えようとしない。
男性がギドの前に現れたのは、わざわざこれを言いに来たのではない。ギドの家にある芸術品を欲しているから来ただけであった。
いくつか美術品を抱えていたギドの父であるが、死んだ今となってはその在庫も無駄なものとなる。
「一応金は払う。いくつか貰い受けてもいいかな?」
「そんなに金持ちなんですか?」
「まさか。街ではこの作品達は曰くが付いてしまっている。君がどれ程訴えて守ろうとも、国兵達が訪れてこれらを破壊するだろう。それまでに必要なものだけを貰い受けに来ただけだ。でなければ勿体ないではないか」
両親を奪われ、形見も壊される。
ギドの中で国への復讐の火が燃え盛っていた。
「仇討ちなど止めたまえ。さっきも言ったが奴らは消える人間達だ。無駄に猛って訴えた所で、手酷くあしらわれるのは目に見えている。下手すれば無駄死にするだけだぞ」
「そんな事あんたに言われなくても分かってる! けど、じゃあ……どうすれば……」
男性は、ギドに交換条件を持ちだした。
「君はどうやら天涯孤独になったようだ。どれ、私もいらぬ出費は抑えたいところなので。どうかね、私の家に来る気はないか?」
「はぁ?」少し嫌悪が表情に滲み出た。
男性は小さな壺と絵画と置き物を手に取っていた。
「これの代金として君を世話する事にする。なに、一応弟子がいる身でね、君を世話するのは弟子に任せっきりになるだろうし、君が嫌ならすぐ出て行っても構わない。しかしこのままだと君はどこかの孤児院へ連れて行かれ、両親の汚名を着せられて迫害される未来が待ち受けている。君にとっては私に就く方が得だと思うが、どうする?」
確かに、男性の言う事は一理ある。
ギドは少し考え、男性の申し出を受ける事にした。
「よろしい。私はハーネックと言う者だ。知っての通り、奇文修復師をしている」
「奇文? ……なんですかそれ」
「ここで話すのもいいが、そろそろ国の関係者が来る頃だ。とりあえずは手続きを済ませてから話そうではないか」
こうしてギドはハーネックについて行くことになった。
ハーネックの弟子達と共同生活を初めて一週間が経った。
気に掛けてくれる弟子達と過ごすことで、ギドの中の憎悪は静まりをみせていた。しかしその静まりも何かの拍子に憎悪の火が再燃する状態である。
奇文の事を知ったギドは、二度ほどハーネックの仕事を目の当たりにした。その奇天烈な方法に心動かされたギドは、一度やってみたいとハーネックに言い寄った。
ハーネックは止める事無く、ギドと数人の弟子を連れ、空間浸食を解決しに向かった。すんなりと了承したのは、ギドには適性があると結構前から分かっていたからである。
弟子たちはとりあえずギドに迷惑にならないよう指摘だけして、一同は空間浸食内へと入った。
空間浸食内に入ったギドの目に真っ先に飛び込んだのは、両親の死の原因となった黒い人型の奇文。しかも形はギドと同じであった。
何もない真っ白い空間に現れたそれは、ゆっくりとギドに近づいて来た。
不思議とギドは動く事も声を発することも出来ず、ただ只管、それが迫るのを眺めるしかできなかった。
やがて目の前まで寄ってきたそれは、優しくギドを抱きしめ、耳元に顔を近づけた。
「………これで寂しくない………」
そう呟かれると、不気味さに反して温かい感触がギドの全身を包みこみ、その和らぐ温もりが次第に目を閉じさせ、そのまま眠りに落ちた。
目を覚ますと、空間浸食の仕事は解決し、気を失っていたギドは介抱されていた。
呆然とするギドを見たハーネックは何かに気づき、微笑みを浮かべてギドに言った。
「弟子になる気はないか?」
弟子達は驚いたが、ハーネックが諭してその場は治まった。
なぜハーネックがそんな事を言ったか、弟子達は誰も分からなかった。
ハーネックの申し出に大した興味を示していないギドは、現状を考慮してそれが最良だと思い、弟子入りする事になった。
誰も知らないが、空間浸食を行った日からギドの無関心は始まってしまった。その原因があの黒い人型の奇文である事実をギドは知らず、自分は昔から無関心な性格だと思い込んでいる。
その性格からか、両親を死に追いやった国の恨みも呆気なく消え去った。
◇◇◇◇◇
赤黒い世界で台座に腰掛けたギドの隣に、人の形を象った奇文が現れたのを見た。
「どうかね。まさに地獄絵図だろ」
平地のあちこちには、街の住民全てが倒れており、身体中に赤黒い塊を蔓延らせていた。
「まさかここまで来れるとは思わなかった。……なにかこの殺風景で静かな世界に合う曲を披露出来ないか? 無理ならいいが、少々退屈でね」
まるで旧知の仲のように、ギドは自然と人型の奇文に話しかけた。
人間らしく腕を組んで考え込む奇文は、右手人差し指を立てて、何かを閃き、倒れる群衆の方に右手を伸ばした。すると、右手にあちこちから極細の奇文が集まり、バイオリンの形に変わった。
「弾ける奴の技術を扱えるのか?」
奇文は一度頷き、構えた。
静かでおどろおどろしい世界に、バイオリンの淋しさを印象付ける音色が響き渡った。
「………ああ………素晴らしい」
ギドはバイオリンの音色に聴き入っていた。
その音色に感化されたのか、別の人型の奇文が現れ、別の楽器を奏で始めた。
そんな現象が次々に起きた。
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