烙印騎士と四十四番目の神・Ⅳ

赤星 治

文字の大きさ
58 / 97
五章 この先の災禍のために

Ⅵ 今までを振り返って

しおりを挟む
 触手はサラの身体を貫いた。右肩、左わき腹、両足と。
 そして後続から迫る触手は体に巻き付いた。
 エレネアはサラを殺さないでいる。ガーディアンを取り込み、己の血肉にしようとしていた。怨恨による攻撃だが、取り込むことで生きながらに死んでいる状態にしたかった。


 触手の攻撃を受けたサラは驚きと激痛が走ったを思いきや、時間が止まり、白い空間に立っていた。
 あれ? と思った途端、背後に気配を感じて振り返る。すると、真顔のサラが立っていた。
 唐突に、今まで不安を抱いたときに話しかけた自分だと思った。そして、彼女はあの時“調整”が植え付けた力の一端であることも。
「あなた、こうなることを知ってたの?」
 サラの記憶はエレネアに襲われるところまでしっかり憶えている。
「ああ。全てはこの瞬間へ導くための運命だ。そしてこの場にいる者たちの存在も、この戦いの先、未来に影響する運命の本流に立っている」
「じゃあ、エレネアを倒せるってこと?」
「それはお前次第だ。この戦い、エレネアが勝つ未来、死ぬ未来、この場にいる者達が全滅する未来、何処へでも分岐する」
「この状況でエレネアを? どうやって? 神性の気の中に押し込んだら出れないって話だったのに、出てきたんだよ」
「あやつがガーディアンを取り込んでいたからだ。本領には劣るが神力を利用できる。それに呪いも生み出した。そして魔力も混ぜ、神性の気流を逸らせ、重傷を負いながらも執念で這い出てきたにすぎない」
「でも、どうすれば勝てるの? みんなの魔力じゃエレネアに」
「お前が隙を作れるかどうかにかかってる。言ったはずだ、お前次第と」
 しかし触手に貫かれた身体ではまともな反撃はできない。それに疲弊している。全魔力を放出すれば、一瞬だけでも隙を作る方法があるかもしれない。
 否定の想像が浮かぶ。
 百歩譲って、一瞬の隙を作り、誰かの攻撃にすべてを委ねられたとしても、やはりエレネアの持つ力そのものが強すぎて絶命にまではいかせないだろう。
 もう一人のサラが告げた、”エレネアが死ぬ未来”はどう足掻いても導けない。
「無理よ。どう考えても」
「ある。お前だけが使える方法が」
「私、だけ……」
 答えはすぐに浮かんだ。しかしそれを使うことで行きつく未来も想像が行きつく。
 もう一人のサラは容赦なく迫る。
「どうする、お前の選ぶ未来がすべての未来を決める」
 答えは決まっている。ただ、それはこの世界との……。
「……二つ、あなたに頼みたいんだけどいい?」
「俺にできることは細やかなものだぞ」
「うん、二つともちょっとしたお願いなの」
 サラが願いを口にすると、もう一人のサラは微笑んだ。
「二つとも可能だ、わずかな間だがな。俺ができるとなぜ思った?」
「あなたは“調整”でしょ、あの時私に力を貸してくれた」
 レイデル王国にて、テンシに遭遇した時のことだ。
「すごい存在なんだから、これぐらいはできるかもって。ダメもとの勘だから」
 もう一人のサラは聞き届けると姿を消した。


 サラ一人になった。
 ふと、前世のことを思い出す。それはあまりにも味気ない、転生してからの人生のほうが濃いと感じるものだった。
 平凡。その言葉が当てはまるほどの。
 学生時代、学校では普通に過ごし、友達との会話はあっても遊ぶ機会は少なかった。みんな部活動が忙しいからだ。家に帰ってもただ何気なくテレビを見て、将来に夢はない。ただ生きる、そんな普通すぎる低刺激の日常。社会人となっても同じだった。
 好きなアニメの映画があるから映画館へ向かった。こんな、ちょっとだけ嬉しい時が、ごくまれにあるくらいだが、まさかそこで爆破事件に巻き込まれて死ぬとは思ってもみなかった。
 平凡をぶち壊した惨事。がれきに埋もれ、死にゆくを悟った時、不思議と未練はなかった。ただ、いつも優しい穏やかな両親の悲しむ姿が浮かび、それが嫌だった。
 転生した。
 流行りの転生ものを題材にしたアニメと似てるようでどこか違う世界。カレリナと出会い、興奮を覚えたが、すぐに現実の過酷さを突き付けられ、魔術(当時は魔法と思っていた)が使えるぐらいじゃ、その辺の一般人と同じだと痛感した。
 考えて覚えた、考えて動いた、考えて選んだ、考えて生きた。
 ちょっとしたことで死がすぐそばにいる世界。前世と違い、生きるのが大変な世界。
 けど、充実していた。
 いろんな人と会った、いろんな人を助けたし助けられなかった、いろんな人に助けられた。
 いろんな窮地に遭った、いろんな経験をした、いろんな苦労をした、いろんな景色を見た。
 とても多くのことを、一生分といえるほどのことを経験してきた。


 転生後の人生を振り返る最中、サラの背後からカレリナがそっと抱き着いた。すすり泣いている。
 首元に回された腕にサラは頬を当て、両手で触れた。
「カレリナ、ごめんね」
 サラの一つ目の願い。カレリナと話をする。
「ごめんなさい、サラ。私、何もしてあげられない」
 震える声。
 サラは頭を横に小さく振った。
「ずっとカレリナがいたからここまで来れた。楽しかったし、心細くなかったもん。なんか、お姉ちゃんがいるみたいで嬉しかったし」
 サラの目からも涙が零れた。
「わがままばっかりだったけど、これが最後。絶対みんなを助けたいの。この世界に生きる人たちに、私ができる最大の恩返しだから」
 カレリナは強く抱きしめた。
「ほんと、ずっと他人ことばかり優先に動くんだから。困った妹ね」
「お姉ちゃんがしっかり者だから頼っちゃうんだよ」
 二人は小さく笑い合った。
「良いわよ。最後の最後まで、どんなわがままでも聞いちゃうんだから」
「ありがとうカレリナ。あなたと一緒で本当に良かった」

 次第に明るさが増し、二人は光に包まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

処理中です...