怪廊の剣士

赤星 治

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一章 一族に憑くモノ

6 旅立ちの朝

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 空が明るくなりだした明朝。
 ルシュ、ガロ、ウダは馬の準備をしていた。しばらくしてトキが先頭をきって歩いてくる。眠そうなラオと、横になればすぐにでも寝入ってしまいそうなシャレイを連れて。
「ほらシャレイ。これから馬に乗るのです、しっかりしなければ落とされますよ」
 シャレイは目をこすりながらもまだ寝ぼけ眼だ。
「二人をよろしくお願いします」
 深々と頭を下げるトキを余所に、ラオは自分の馬に声をかけて跨がる。
「早く行こうぜルシュ。御爺様まで来たら五月蠅いからな」
「ったく、あの子は」
 活発で危なっかしい息子をトキは心配する。
「ははは。それでは、失礼します」
 頭を下げると、ルシュも馬に乗る。
 同行のガロが馬に跨がり、シャレイを乗せて進んだ。予めルシュとの打ち合わせで、目的の町へは後でウダとヒギが訪れると告げている。


 屋敷を出て上下に傾斜のある林を抜けると、小さな村があった。そこで一端休憩をとることになった。
「なぜ馬を走らせないんだ?」
 シャレイは馬を走らせて国境まで行くと思っていた。
「ここから走らせたら馬が保ちません。道も坂ばかりですので」ガロが答えた。
「早く行って、早く戻るほうがいいんじゃないの?」
 シャレイはルシュに訊いた。
「早く行っても早く帰れる保証はないよ。アザキ様はこちらの予定に合わせる気は更々ないからね。それに、走ってる時に怪廊や妖鬼が現れでもすれば、馬は驚いて急に止まるだろ。落馬の危険は避けたい。ほどよく進めばそれでいい」
 じれったいと思いながらもシャレイは従った。
 休憩で立ち寄った村でラオとシャレイは見て回ると言って別れた。

 ガロとルシュは馬小屋前で時間を潰した。
「ルシュ様、宜しいですか」
 ガロが話しかけると、ルシュは手を前に出した。
「畏まって話さないでくれるかい。私にそこまでする必要はないよ」
「では対等の立場として振る舞おう。三つ、心に留めてもらうことがある。一つ、我々の優先はシャレイ様とラオ様だ」
「ああ、妖鬼だろうが怪廊だろうが、窮地に立たされたら私は見捨ててくれて構わない」
 迷いのない返答。頑なな意思はガロに伝わった。
「一つ、我々の見ていない所で怪廊の妖鬼と遭遇した際、情報を我々に報告してもらおう」
 即答はない。およそ五秒の間が空き、ルシュは言葉を選ぶ。
「……外の世界。私達が住むこの世界で遭遇したなら話せる。だが怪廊の中のことは話さない方が賢明だ」
「なぜだ?」
「連中の中には詳細を語るだけで不幸を招く呪いが生じる類もいるんだよ。あんたが私の傍に居て怪廊に遭い、そいつと遭遇しても外に出れば遭った記憶だけしか残らないが、私は記憶が残る。下手にそいつの詳細を話したらシャレイとラオに甚大な被害が及ぶよ」
「その話、証明するものはあるか」
「ない。こんな言葉あまり使いたくないけどね、信じてくれ、としか」
 これ以上詮索は出来ないと察し、ガロは三つ目を告げた。
「一つ、我々はクオ家に仕える身だ。戦場において、お前との共闘はあれど、いつ如何なる場合であっても優先はワドウ様、トキ様の命令であることを忘れるな」
 それは、敵対する場合もあると告げている。
「その心づもりだが、寝込みや戦いの最中に背中をひと突きは勘弁願いたいね。いくら命令であれね」
「今のところ我々はお前を殺す任を授かっておらん。もしそうなった場合、お前の意向に応え、真剣勝負といたそう」
 真偽を確かめることは無意味と悟り、ルシュは「分かった」と返す。
「私からもいいかい」
「なんだ」
「この旅路、気をつけて欲しい奴らが三人がいる。確実に二人は会うだろうが、三人目は分からない。とにかく心構えはしてほしいんだ」
「心構え?」
「ああ。まずはアザキ様だ。人嫌いだから初対面のあんたらやシャレイとラオにはきつく言ってしまうだろうが、色々あってそうなってね。歳も歳だから大目に見てやってほしい」
「最低限の礼儀を守ってもらうぞ」
 余程面倒なのか、やや怪訝な思いが顔に滲むも、「分かった」返事した。
「二人目は怪廊にいる導師、名は宜惹という。奴は協力的に見えるが怪廊へ引き込む側の男だ。出会ったら構わずに怪廊が過ぎるのを待ってくれ。間違っても戦うな。一対多数でやり合っても生き残れると思わない方が良い。一対一なら確実に死ぬと覚悟してくれ」
「我々の実力を下に見ているのか」
 ガロの目が鋭くなる。
「人外な術を使うから人間風情がやり合う相手じゃないんだよ。辛うじて私は特別視されているから殺されはしないが優遇じゃないんだ。状況次第じゃあ、あいつに利用されるだろうね。戦わないにこしたことはないよ」
「一つ確認だが、もし宜惹と戦い、勝てたならお前は我々の敵にでもなるのか?」
「ないね。むしろ感謝するよ。けどあんたらなら、会えば分かるだろうさ、どれほど危険か」
 ルシュの表情から嘘を吐いていないとガロは見た。
「三人目は風来坊の男だ。地位が上の相手に弁える気がさらさらないからね、あんたらの反感を買うだろうがこれも大目に見てやってくれ」
「老爺か?」
「歳は私の二つ上。武術の腕は確かで頭も切れる。もしかしたら、シャレイを救う手を見つけてくれるかもしれないほどの知恵者だ」
「真か!?」
 軽はずみに気休めの言葉を発したとは思えず、ガロは不意打ちをくらったように驚いてしまった。
「過度な期待はしないでほしい。安易に口にして申し訳ないが、それほど知恵が回るんだよ。ただ、かなりの守銭奴でね。将軍様の娘だろうと貧乏人だろうと金次第だ。会っても関わらんほうが身のためだ」
 一通りの説明を受け、ガロは抱いた気持ちを口にする。
「くせ者揃いだな。そういった者との縁が深いのか?」
「かもしれないね。まあそういう事だ。他の二人にも伝えてくれると助かるんだが」
「ああ、伝えておこう」
 話を終え、しばらくしてシャレイとラオが戻ってくる。


 再び町へと向かうが、ルシュとガロは互いに考察を進めていた。
(怪廊の化け物を気にするってのは、やはりそこにクオ家の秘密があるのか?)
 ただの妖鬼を相手にするなら倒せばそれで済む。しかし一筋縄ではいかないクオ家代々に纏わり付く邪神を相手するなら、表に出せない歴史が絡んでいるとルシュは考えてしまう。
(怪廊の化け物は嘘か真か。……何か含む所があると見るべきか)
 ガロはルシュがすべてを明かしていないと悟る。しかしその心意が掴めない。

 疑い続ける二人を余所に、ラオとシャレイは気兼ねせずに遠出を楽しんでいた。
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