怪廊の剣士

赤星 治

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四章 因縁の戦

6 窮地より脱す

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 以前、妖鬼の群れと戦った感覚を身体が反応した兄妹は急遽共闘して対処に当たった。
 ワドウ、ヤンザは各々の戦い方で凌ぐ。
 事態の変化に順応するように戦っていくが、四人はジワジワと窮地に立たされていく。それは休み無く対応するのもそうだが、ドルギダが腕を振るう度に細長い礫を飛ばす追撃が厄介でならなかった。手足に当たれば態勢を崩されて、かなり痛い。
「くそっ! 敵味方関係なしか!」嘆きながらもラオは集中を絶やさない。
 投擲攻撃は妖鬼の存在など構わず放たれる。当たって動きに支障をきたす妖鬼もいるが、地面に溶け込むとまた再生して現われる。
(嬲り殺しか畜生。このままでは埒が明かんぞ)
 投擲と妖鬼に圧されヤンザは呼吸を乱し始めた。現在、妖鬼と礫が多く注がれているからだ。
 先に潰すべきだとドルギダは狙っている。
 アザキとトキは心配の面持ちで見るしか出来ない。
「退け親父!」
 ワドウが前に立ちはだかって妖鬼を相手取る。怪力によるげきの一振りで複数の妖鬼を仕留め形状を崩そうとも地面に溶け込み再生して襲ってくる。無惨な残骸にして幸いなのは、暫しの休憩が出来るくらいだ。
「消耗戦だ。何か手を打たねばならんぞ」
「分かってる!」
 ワドウは現状を見て考えている。
 自分が先陣をきって攻め込みたいが、ヤンザを見捨てれば妖鬼の大群に圧されて死なせてしまう。
 一人でも失えば事態は悪化しかしない戦場。誰一人見捨てれば命取りとなる。
 一方で、妖鬼は少ないものの死骸の再生が速く、絶え間ない戦闘をラオとシャレイは強いられた。
 思考は最悪の未来を想像させる。このままでは妖鬼と礫の豪雨に圧されて負傷し、隙をついてシャレイが捕まる。 もどかしく腹立たしい窮地。このままでは疲弊して殺される顛末を迎える。
 何か突破口を見出さねばならない。必死に考えているときであった。
「――きゃああ! 兄様ぁ!」
「シャレイ!」
 誰もが気づかなかった。ドルギダは木の根ほど太い触手を伸ばしていたのだ。
 足を絡め取られたシャレイが引きずられていく。
「いかん!」
 ヤンザが妖鬼達の間を縫うように進む。
「早まるな親父!」
 ドルギダがヤンザを見逃さない。集中して礫を注いだ。
 礫の豪雨を全身に浴びたヤンザは、抗えない力に負けて階段傍の松明まで飛ばされた。
「御義父様!」
 今にも駆け寄ろうとするトキを制止したアザキがヤンザの元へと駆け寄った。
 血塗れで立つも困難な状態。再び戦場へは向えない。
「安静にしな」
「いや……まだやれる。……今こそヤツを」
「意地を張るな、その身体では無駄死にだ」
「……シャレイが……」
 すぐにでも孫娘を助けたい。すでにシャレイはドルギダに捕まり食われる手前まで迫る。
(まだか、ルシュ)
 焦るアザキは願った。
 事態がドルギダを優位に立たせている。ラオ達は粘ってはいるが、ルシュの帰還がこれ以上遅くなればシャレイが食われてドルギダを倒す千載一遇の機会を逃すことになる。
 ドルギダがシャレイを食らい怪廊へ戻ってしまえば、祠から取り出した宝剣の力は消失し、次の機会は五十年待たなければならない。
 このままではクオ一族は滅びる。
 誰もがシャレイの危機を案じ必死に抗う最中、トキの傍、宮殿の入り口が光だした。
「ようやく戻ったか」
 アザキの声に歓喜の想いが混ざる。
 縦長の楕円形をした光から現われたルシュの右手に持つ宝剣は緑色の光を帯びていた。
「おおぉ、……見事な」
 感服するアザキを余所にヤンザは最後の力を振り絞って立ち上がる。
「これ、なにを!?」
「死んでも構わん。ヤツをあれで」
「ここはあの子に任せな」
 一方、怪廊から戻ったルシュへトキは縋るように告げた。
「ルシュ、シャレイが」
 最後まで聞かずルシュは階段を飛び下りた。
 一瞥したほんの僅かな時間で悟った。
 妖鬼が蔓延る前庭。
 戦うのはワドウとラオ。
 シャレイは捕獲されている。
 ヤンザがいないのはどこかへ飛ばされたか食われたと。階下にいるのは見えていない。
 空中で思考を働かせる。
 急がなければシャレイが食われてしまう。この窮地を打破するには宝剣でドルギダを仕留めなければならない。しかしこの状況で突進しても妖鬼の群れが邪魔をしてシャレイを救えない。
 宝剣目がけて妖鬼が密集する危険を考慮し、ルシュは手を考えた。
 前庭へ着地すると一点に向かって走った。左手に宝剣を持ち、右手で愛用の剣を抜く。押し寄せる妖鬼一体一体を、たった一撃で仕留めるか足止めさせる部位を斬リ進んでいく。
 その勢い、風の如く。
「……なんと!?」
 ヤンザは度肝を抜かれて見入った。
 ワドウはルシュが宝剣を使ってドルギダを倒しに向かっているのではないと察する。向かう先にいるラオに向かって。
 唐突にワドウは自らの役割を閃く。
 押し寄せる妖鬼を相手せずラオの元へ自らも向かう。戟の大振りで小癪に邪魔立てする妖鬼を払い、身体中の痛みを堪えて駆けた。
 妖鬼の群れを相手に苦戦を強いられているラオは視界の端に見えた光に反応し、それがルシュだと分かるとシャレイの救助を求めた。
「ルシュ! シャレイを!」
「受け取れ!」
 投げ渡されたのは緑色の光を纏う剣。ドルギダを仕留める力を帯びた宝剣だ。
「はぁ?!」
「お前がやれ! 活路は私が拓く!」
 戸惑うラオを余所にルシュは妖鬼を斬っていく。
「ラオ行けぇ!」
 続けてワドウの怒号がかけられた。
殿しんがりは任せて行け!」
 迷いは消し飛んだ。役目を担い、将軍の威圧に感化され、ラオの目に火がつく。
“シャレイを救う。クオ一族の呪いを断つ”
 想いはどれでもいい。どれも願っている。
「頼む!」
 ワドウへ返し、ルシュの後を追った。


 ドルギダに囚われたシャレイは逆さづりで持ち上げられる。触手は身体に纏わり付き、両足は揃って雁字搦めにされて動かせない。さらには締め付けが強くなり、全身に力を籠めないとあちこちの骨があっさりと折れてしまいそうだ。
 これが触手の全力なのか余力を残しているのか分からない。とにかく今動かせるのは右腕のみ。左腕も絡め取られている。
 どれだけ動かしても剣先が届く筈も無い。触手を斬ろうにも、肩を絡め取る触手により動かせない。肘だけが無事であった。
 なにも出来ない。このままドルギダに食われて終わる。今までの鍛錬も、ルシュに苦難を乗り越えてもらったのに、こんな呆気なく食われて終わってしまう。
 かつて、ミュレンが濃霧の中でドルギダに食われた光景が脳裏によみがえる。ドルギダの容姿に恐怖し、無惨に食われ、遺言など残せず食われて死ぬ。
 今の自分がそれだ。
 この情けない死に様の最中、トビの言葉が思い出される。生け贄が弱すぎる話を。
 悔しいが今はその通りだ。なにも出来ず、あっさりと捕まり、易々と食われてしまう。鍛錬をすれば抗えると、勝てると高をくくっていた。しかし相手を知らなすぎた。このような手段があるなど知らなかった。
 そんなのは言い訳だ。
 あらゆる戦場において相手の戦術、戦略が分からないのは当然だ。その切り札を不意打ちで使われ、窮地に立たされるなど当然の摂理だ。
 ドルギダが一枚上手だった。自分は敗北者、当然、相手の良いように扱われる側。
 敗北の末路は想像に容易だ。しかしそれを受け入れられない、憎悪と憤怒に満ちたシャレイがそれを許さない。
 大切なミュレンを食らった化け物に負けることが悔しく嫌だ。
 命がけで自分の為に尽くしてくれたルシュの苦労を無駄にするのが嫌だ。
 クオ一族の悲願成就の機会をこんな形で終わらせるのが嫌だ。
 勝てる戦だった。
 たった一度の隙で負け戦に転じるなど許さない。
 認めない。
 絶対足掻いて足掻いて足掻き倒す!
 シャレイは剣を持ち替え、肘を曲げて肩周りの触手を斬った。自分の肩や肌が切れても構わない、多少の傷などあの鍛錬に比べたら大した傷ではない。それよりも、この場を脱するのが最優先。痛がるなど後回しにすればいい。
 二度刺し、捻り、斬り、また刺す。態勢が悪い分、斬りにくいが、五秒ほどで肩が動かせるようになった。
「侮ったな化け物めぇぇ!!」
 渾身の力を籠めて剣をドルギダの右目へ投げつけた。
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