ソラのいない夏休み

赤星 治

文字の大きさ
3 / 40
一章 失踪と死の予言

1 臆病な四人目

しおりを挟む
 七月二十三日午後二時十分。
 終業式を終えた蒼空と音奏は真昼ノ町の駅前喫茶店で待ち合わせした。
「悪い、遅くなった」
 約束時間から十分遅れで、蒼空は音奏の向かい席へ座る。
「それで、日和がいなくなったってどういう事?」
 音奏も親から噂を聞いた程度で詳しくは知らないが、二十一日に学校へ行くと出て行ったきり帰ってこなかったという。
「日和ちゃんの友達は途中まで帰るのは一緒で、家の近くで別れたって言ってるって。もしかしたら家出かもって。でもクラスの女子から家出するような不満は無いって聞いたし」
 もし家出の計画を立てていたなら、都市伝説調査の話を持ちかけはしない。疑問が浮かぶ。

 店員が来て注文を取ると、二人はアイスカフェオレを頼んだ。

「あと妙な事言ってた。その友達の話だけど。なんだか日和ちゃんが遠くへ行っちゃう気がしたって」
「遠くへ行く気? 一人旅とか?」
 音奏は軽く頭を左右に振った。
「なんかそんな雰囲気だったって」
 情報がまるで乏しすぎる。とにかく、高校二年生がそれで何をどうすることも出来ない。咄嗟に思いつくのは誘拐事件である。一応、両親は警察に捜索願を出していると音奏の情報ではある。しかし防犯カメラがそこかしこにある現在で、白昼堂々と町中で誘拐劇が繰り広げられるのだろうか。仮に起きたとしても不審者の情報はあるだろうに。

 現状では二日経った現在でも手がかりはない。家出とも誘拐とも考えにくい。

「蒼空って日和ちゃんと仲良かったんだろ? 何か連絡とかないの?」
 互いの呼び名は、会ったその日から名前呼びになっていた。
「いや、あの日以来何も」
 市立図書館で出会った日の夜、念押しのようにLINEで『自由研究、絶対参加すべし!!』の文章と、昭和の漫画で出てきそうな眉の太いキャラクターが命令するスタンプ付きであった。『はいはい』の一言に、親指を立てた絵文字を添えて返した。返事は笑顔の絵のスタンプであった。
 これが日和との最後のやりとりである。

「……もう、自由研究どころじゃなくなったけど。どうする?」音奏が訊いた。
「どうするって、普通はやらないよなぁ。もう一人の友達にも連絡して中止したほうが」
 音奏は早速LINEで連絡した。すると、送信してから三十秒ほどで電話がかかってきた。
「もしもし駿平?」
 店内ということもあり小声である。
 蒼空には話の全容が聞こえなかったが、状況と音奏の相づちから当然の話合いが想像できる。”友達が失踪したから中止”、そして相手も”了承する”という流れが。
 しかし違う展開を迎えた。
「え? どういう……うん。分かった。じゃあまた後で」
 通話を終えると、音奏はアイスカフェオレを一気に飲み干した。
「どうした?」
「四人目、桜木さくらぎ駿平しゅんぺいって言うんだけど。そいつが夢で日和ちゃんに会って、都市伝説、絶対調べてって言われたって」
 ホラー映画のような展開。蒼空の背筋にも悪寒が走る。
「え、……それって、いつ?」
「昨日の夜。駿平もいよいよ日和ちゃんが殺されたって思って怖がってる。俺、今から駿平の所行くけど、蒼空はどうする?」
 奇怪な事件性を帯びてきた。俄には信じがたいが、何か良からぬ事に日和が巻き込まれたなら、このまま無視すると後味が悪い。ダメで元々、調べるに越したことは無かった。もし人間の犯人がいて誘拐事件なら警察に報せればいいだけだ。
 返事は決まった。


 真昼ノ町には駅前のショッピングモールとは別に商店街がある。五年前にショッピングモールが出来て以降、商店街の賑わいはかなり落ち込んでいる。始めて真昼ノ町商店街を通る蒼空は音奏に商店街の内情を説明された。
 商店街のすぐ近くに桜木家はあった。近くにコンビニもあり、不意の買い出しに便利な所に住んでいる事を、蒼空は若干だが羨ましく思った。
 音奏がインターホンを鳴らすと若い女性が出てきた。その人が駿平の母親だというのは家へ入ってから音奏に教えられ、蒼空は静かに驚いた。自分の母親より見た目が若いからである。
 二階へ行くと、色白肌で気弱そうな男子高校生がいた。初対面の蒼空と駿平は音奏を通して紹介と挨拶を交わした。

「……どうするの? 本気で都市伝説調べる? 祟られたりしない?」
 日和が死んでいると決めつけている駿平は、怨霊を恐れている。臆病な性格の駿平の所へ日和が夢に出るのだから恐怖に拍車がかかっても仕方なかった。
「それだけで日和が死んだって決まってないでしょ」
「けど、夢に普通出る? 怖かったし。よりにもよって僕だよ。音奏ならいっつも仲良さそうだから分かるけど、僕だよ」自分の所が強調されている。
 日和と駿平がどれほどの仲が良いかを音奏に訊くと、同じ班員で少し話す程度。駿平も率先して女子生徒と話さないから、なおさら日和と仲良しとは言い難い。
「桜木君は、日和の事ずっと考えてたとか?」
 返事は頭を左右に振られた。
「行方不明って聞いたのは夢見た後だし、クラスでなんか噂してたみたいだけど、よく聞いてなかったから。それが三枝さんの事って知らなかったし」
 ますます訳が分からなくなってきた。夢を偶然と片付けることも出来るが。

 話が途切れ、間があくと音奏が話題を変えた。というより、市立図書館で蒼空と日和を見て気になっていた事である。
「……全然都市伝説と関係無い事なんだけどさぁ。蒼空って日和ちゃんと付き合ってんの?」
 本当に都市伝説と違う話に気が緩んだ蒼空は「はぁ?」と言って呆れた。
「だって、市立図書館行く前の日和ちゃん普通状態だったのに、お前と会ったらテンション上がってたし。それにぐいぐい都市伝説調査に引き入れただろ? 高校別なのに」
 蒼空は簡単に日和との馴れ初めを説明した。

 二人の家は隣同士であり、幼少期から兄妹のように遊んでいた。面倒見の良い兄とわんぱくな妹。双方の両親には、そう見えていたらしい。二人は互いの両親とも仲良く、親が四人いる感覚でもあった。
 小学生になってからも互いの家へ行き来はしたが、さすがに蒼空は小学五年の終わり頃には行くのが気恥ずかしくなっていた。
 中学になってからは登校が同じ、下校は別々が増えた。
 日和はスマートフォンで電話しながら自分の部屋から蒼空を見たりする。電話の内容は宿題が多く、いつも楽しそうに話していた。だからだろうか、両親が離婚して日和が引っ越すと知ったとき、蒼空は今まで感じたことのない虚しさを覚えた。中学二年生の時であった。

 それからは何気なく日和を探してしまう自分がいた。
 いつもいる所に日和がいない。
 いつも登校する時に日和が出てこない。

 仲が良さそうに見えた日和の両親が離婚した驚き。
 蒼空は日和へ連絡しなくなった。気が引けている心情と、両親の離婚という気まずさ。
 日和も蒼空への連絡はなかった。同じ心境か、思春期の心情か、それとも別の悩みからか。

 市立図書館で再開した時は感情に出さなかったが蒼空は恥ずかしくもあり嬉しかった。

「――それで、こういう謎解きものは俺の方が解くのが早いだけ。じゃないか?」
 昔を思い出すと少し胸が温かくなる感じがする。
「蒼空、刑事ドラマとか好きなの?」
「嫌いでもないけど好きってほどでもない。小学ぐらいん時、探偵もんのアニメとかドラマとかあっただろ?」
 思いつくアニメとドラマのタイトルを音奏と駿平は出し合った。
「あれって、実際にやったら無理があるトリックばっかだけど、暴くのが醍醐味みたいだったろ? で、俺と日和でどっちが先に解けるかをやったら、大体俺が勝っただけ」
「だから謎解きっつったら蒼空って」

 考えてみたら勧誘理由がしょうもなさすぎる。小学時代の知力を頼りにされても。
 事情が事情だけに、本当に頼られた理由が単純な推理力とは信じ切れず、恋愛感情があったと勘ぐる音奏の邪推からくだらない質問を三つほどされる。
 やがて話題が無くなると、また少し間があいた。

「……俺、一応調べてみる」
 不意に蒼空が口にした。些細な責任感によるものだろうが、日和に対する想いが言わせたのかもしれない。
 駿平だけが嫌そうな反応を示す。
「僕嫌だよ。来週から海の家でバイトもあるし」
 無理やり断る言い訳を言っていると蒼空は思った。
「強制はしないよ。俺も日和に誘われただけだから抜けてもいいんだろうけど。でも桜木君の夢にまで出て都市伝説を調べさせる執着がなんなのかを知りたくなったから」
「祟られても知らないよ」
 あくまでも日和は死んでいると思い込まれている。
「あ、俺も一緒に調べていい?」
 音奏が手を挙げて参加した。
「音奏も?! なんで?」
「元々、俺が最初に日和ちゃんに誘われたし、蒼空はもらい事故みたいなもんだし。けど駿平を仲間外れにしたって訳じゃねぇぞ。四十二の都市伝説っつったら怪談話もあるから、なおさら駿平は混ざらない方が良いだろ」
 失踪を調べる雰囲気に駿平は飲まれなかった。結果、蒼空と音奏で調べる事になる。

 玄関先で駿平に申し訳なさそうに見送られ、桜木家を出た蒼空と音奏は、歩きながら相談した。

「駿平、臆病なだけだから悪く思わないでくれよ」
「気にしてないよ。俺だってあの場で都市伝説調べるって言ったのは場違いだなって反省してるし。まあ、連絡先も交換したから今度都市伝説抜きにして飯でも行こうよ」
「じゃあ駿平のバイト先に行くか」
「あれ、苦し紛れの言い訳じゃなかったんだ」
「マジマジ。なんか親戚の手伝いみたい。他に別の高校の女子も手伝うみたいだから、あいつ、この夏は華やかなんだよ」

 見るからに引っ込み思案で奥手そうな駿平に、女子高生と一緒に働く事がそこまで明るい未来に結びつくとは思えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...