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ベルンでの秘密会談から数時間が経ち、私はマスタール州知事の屋敷に戻っていた。 ルネの手によって、締め付けられていたサラシが解かれると、肺いっぱいに空気が入り込んでくる。
「ぷはぁ……! 生き返ったわ……」
私はドレッサーの前で大きく伸びをした。鏡の中に映る自分は、もう「東方の貴公子アメル」ではない。少し疲れた顔をした、いつものアメリスだ。 けれど、その目は以前よりも少しだけ強く光っている気がした。
「お疲れ様でした、アメリス様。完璧な演技でしたよ」 「ありがとうルネ。でも、もう二度と御免だわ。男性って毎日あんな窮屈な格好をしているのね」
着替えを済ませ、皆が待つサロンへと向かう。 扉を開けると、そこにはヨーデル、ロストス、アルド、そしてすっかり元気になったローナが待ち構えていた。
「アメリス様!」 「おかえりなさい、無事だったかい?」
皆の安堵した表情を見て、私の胸が温かくなる。私はソファに深く腰掛け、アサスお姉様との会談の内容を全て報告した。 タート村への不可侵、兵士たちの復帰、そして……私が「器」であるという衝撃の事実についても。
話を聞き終えたサロンは、重苦しい沈黙に包まれた。
「器……維持費……だと?」
最初に口を開いたのはヨーデルだった。彼は膝の上で拳を握りしめ、ギリギリと歯を食いしばっている。
「ふざけるな……! アメリス様はモノじゃない! 人間だ! 親が子にかける金を『維持費』だなんて……そんなことがあってたまるか!」
普段温厚なヨーデルの激昂に、私は驚きつつも、その怒りが私のためのものであることに救われる思いがした。
「落ち着いてくれ、農民くん。怒りたい気持ちは僕も同じだ」
ロストスが眼鏡の位置を直しながら、冷徹な声で言った。だが、その目は全く笑っていない。
「しかし、これで辻褄が合いましたね。あの黒い男が言っていた『人間であり人間でない』という言葉。そして、アメリスさんに魔法や催眠が効かない特異体質。……バルトさんとテレースさんは、何か恐ろしい実験、あるいは儀式のためにアメリスさんを育てていた可能性があります」
「それが失敗したから、あるいは用済みになったから追放した……ということか?」
アルドが悔しそうに呻く。
「でも、変だわ」
私は顎に手を当てて考え込んだ。
「もし私が用済みなら、どうして『維持費』を払い続けていたの? お姉様は『生まれた直後から』と言っていたわ。追放されたのはつい最近よ。それに、あの黒い男は私を見て『面白い』と言って見逃した。……まだ、何かが終わっていない気がするの」
「同感です」
ロストスが地図の上に駒を置いた。
「アサスさんを抱き込んだことで、ロナデシアの財政と外交は一時的にこちら側に傾きました。バルトさんたちは焦るはずです。次に彼らが切ってくるカードは何か……」
その時、サロンの扉がノックもなしに開いた。 入ってきたのは、情報収集に出ていたペイギ州知事の部下だった。彼は息を切らしながら、一枚の羊皮紙をロストスに手渡した。
「緊急報告です! ロナデシア領から一台の馬車が極秘裏に出発しました。向かっている先は……マルストラス領との国境付近にある『別荘地』です!」
「別荘地?」
「ぷはぁ……! 生き返ったわ……」
私はドレッサーの前で大きく伸びをした。鏡の中に映る自分は、もう「東方の貴公子アメル」ではない。少し疲れた顔をした、いつものアメリスだ。 けれど、その目は以前よりも少しだけ強く光っている気がした。
「お疲れ様でした、アメリス様。完璧な演技でしたよ」 「ありがとうルネ。でも、もう二度と御免だわ。男性って毎日あんな窮屈な格好をしているのね」
着替えを済ませ、皆が待つサロンへと向かう。 扉を開けると、そこにはヨーデル、ロストス、アルド、そしてすっかり元気になったローナが待ち構えていた。
「アメリス様!」 「おかえりなさい、無事だったかい?」
皆の安堵した表情を見て、私の胸が温かくなる。私はソファに深く腰掛け、アサスお姉様との会談の内容を全て報告した。 タート村への不可侵、兵士たちの復帰、そして……私が「器」であるという衝撃の事実についても。
話を聞き終えたサロンは、重苦しい沈黙に包まれた。
「器……維持費……だと?」
最初に口を開いたのはヨーデルだった。彼は膝の上で拳を握りしめ、ギリギリと歯を食いしばっている。
「ふざけるな……! アメリス様はモノじゃない! 人間だ! 親が子にかける金を『維持費』だなんて……そんなことがあってたまるか!」
普段温厚なヨーデルの激昂に、私は驚きつつも、その怒りが私のためのものであることに救われる思いがした。
「落ち着いてくれ、農民くん。怒りたい気持ちは僕も同じだ」
ロストスが眼鏡の位置を直しながら、冷徹な声で言った。だが、その目は全く笑っていない。
「しかし、これで辻褄が合いましたね。あの黒い男が言っていた『人間であり人間でない』という言葉。そして、アメリスさんに魔法や催眠が効かない特異体質。……バルトさんとテレースさんは、何か恐ろしい実験、あるいは儀式のためにアメリスさんを育てていた可能性があります」
「それが失敗したから、あるいは用済みになったから追放した……ということか?」
アルドが悔しそうに呻く。
「でも、変だわ」
私は顎に手を当てて考え込んだ。
「もし私が用済みなら、どうして『維持費』を払い続けていたの? お姉様は『生まれた直後から』と言っていたわ。追放されたのはつい最近よ。それに、あの黒い男は私を見て『面白い』と言って見逃した。……まだ、何かが終わっていない気がするの」
「同感です」
ロストスが地図の上に駒を置いた。
「アサスさんを抱き込んだことで、ロナデシアの財政と外交は一時的にこちら側に傾きました。バルトさんたちは焦るはずです。次に彼らが切ってくるカードは何か……」
その時、サロンの扉がノックもなしに開いた。 入ってきたのは、情報収集に出ていたペイギ州知事の部下だった。彼は息を切らしながら、一枚の羊皮紙をロストスに手渡した。
「緊急報告です! ロナデシア領から一台の馬車が極秘裏に出発しました。向かっている先は……マルストラス領との国境付近にある『別荘地』です!」
「別荘地?」
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