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第一章
7話『アップルパイとわがまま幼女』
しおりを挟む「この町の運命はあんたにかかっとる…」
地獄の鬼もかくやという表情で私にそう告げたあと、おじさん……もとい、この町の町長さんは台所から出ていった。
「……なんか変なことに巻き込まれちゃったなあ」
私は深いため息をつき、キッチンの設備の確認をする。町長さんは最新の設備だと言っていたが、うちにあるブリティッシュキッチンと同じだ。
たださすがに宿屋むけであるためか、造りは大きめでアイランドキッチン型になっている。うん、使いやすそうだ。
とりあえずあのお嬢様はカリカリしているようだったので、手早く調理に取りかかることにする。
私は誰もいないことを確認すると召喚スクロールを取り出し、食材を召喚した。
召喚したるはグラニュー糖、シナモン、卵、バター、冷凍パイシートである。生地は時間があれば一から作りたいところだが、今回は仕方がない。
オーブンに火の杖で火を入れ、余熱していく。
その間に林檎をサイコロ状に切り、少量のバターで軽く炒めたあと砂糖と蜂蜜で煮絡めていく。
(そういえば食材を聞かれたら、どう誤魔化したもんか……フェニシア蜂蜜をうまく使ったとでも言おうか)
さてさて、そうこうしているうちにオーブンがいい熱し具合になった。私は炒めた林檎を鍋ごと水桶につけてあら熱をとり、台座となるパイ生地に並べていく。そして手際よくパイシートを組み込みながら、仕上げに溶き卵を塗っていった。
焦げないよう気を付けながら焼き上げていき……表面にいい焼き色がついたら完成である。
あとはこのまま半日ほど寝かせたいところだが、あの少女は待ちきれないだろう。私はある程度冷めたところでそれを八等分すると、それを皿に盛って食堂に向かった。
食堂には既にメアリーちゃんが卓について待ち構えており、窓の外では町の人々が幾重にも連なってこちらの様子を伺っていた。い、異様な光景である。
「で、できたのか……」
相変わらずの形相で駆け寄ってくる町長さん。だから恐いって……
「はあ、一応……」
「い、一応だと…!?これで満足させられなかったらワシらがどんな目にあうと思って…」
「ねえ、はやくもってきてよ!」
執事と給仕を侍らせた小さな女王様は、空腹のためか大変ご立腹の様子だ。
私はあわてて皿をお給仕さんに手渡すと、彼らは慣れた様子で一口ずつ毒味をし、それを少女に差し出した。
メアリーちゃんはぱくり、とアップルパイを食べる。ごくり、と町の人々が固唾を飲んでそれを見守った。
「おっ、おいしい!!!」
アップルパイを口に入れて数秒後、頬を薔薇色に染めてそう言うメアリーちゃん。
ほっ……よ、よかった。
「ねえあなた、てんさいよ!こんなすごいおかしが作れるなんて!」
「あ、ありがとう……お口にあってよかった」
「りんごって火を通すとこんなにおいしいものだったのね…!この生地がとくにたまらないわ。りんごとふれあってるぶぶんはしっとりしているけど、表面はバターのいい香りがして、さくさくで…」
幼女らしからぬ感想に、ますますただ者ではないと背筋を正す私。町長さんにこっそりと、「何者なんですか?」と問うと、
「エスメラルダ公爵のお嬢様だよ。公爵は一人娘のメアリー様を溺愛しておられて、お嬢様の機嫌ひとつで我々の首など簡単に飛ばされるんだ」
物理的にな、と加えられ、私はアップルパイがうまくできて本当によかったと心から思った。
(でも、あれ………?)
溺愛しているというわりに、メアリーちゃんは一人ぼっちの様子だ。執事や世話係はもちろんいるが、家族らしき人の姿がどこにも見当たらない。
「ねえあなた、このままわたしのゆうしょくもつくりなさい!材料はさいこうきゅうのものをよういさせるわ」
と、急にメアリーちゃんが発した言葉に固まる私。
な、なんですと?
「い、いやそれは……」
「それはなんたる名誉な!お、おいあんた、頼むぞ!!」
「ふ、ふええ……」
私の意見など聞き入れられる気配もなく、なし崩しに今日の夕食も作ることが決定してしまった。
いや、料理自体は好きだからそれはいいのだが、気に入られなかったら首が飛ぶというデスゲームみたいなのは御免被りたい。
こんな心臓に悪い環境で料理に臨むのは、生まれて初めてである。
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