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chapter,1

〜道の花は強かに生きる〜 8

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   * * *


 着替えを終えたカイジールは真珠島の浜辺へ降り立ち、少女の姿を探す。

「おーい」
「あ、慈流! 神殿の用事は終わったの?」

 道花は海水を吸い込んだ長くて太いみつあみをきつく絞りながら、カイジールの元へ寄る。

「今日もお仕事お疲れ」
「ありがと。参っちゃう、結界を張る根の一部が腐っていたみたいで。今日は朝からずっと潜りっぱなしよ」

 身体がふやけちゃうわと笑いながら道花は真顔に戻り、カイジールに尋ねる。

「涼鳴さん、何か言ってた?」
「色々。キミのことばっか心配してた」
「だって慈流は心配しなくてもしっかりしているから大丈夫じゃん」
「そういう問題かよ」

 ぷいと顔を背けるカイジールに、道花はだって本当のことじゃんと拗ねたように言葉をつづける。

「それに、カイジールなら女王にそっくりだから、かの国の人間を騙すのなんて簡単だよ」
「まったく、キミはほんと気楽でいいねぇ」

 本当なら女王陛下の娘だというのに、この容姿から存在を否定され、市井へ棄てられてしまった道花。神殿では類稀なる『海』のちからを持つことから珊瑚蓮の精霊などと呼ばれているが、カイジールからすれば、どこにでもいる女の子だ。
 人魚の一族の一員であるカイジールと違い、女王オリヴィエと人間の間に生まれた道花は自分の出生を殆ど知らずにいる。だが、自分が生まれながらに持つ『海』の加護から、半分だけ人魚の血を引いたあいのこだということには気づいているようだ。それでも本人はたいして気にしていない。
 むしろオリヴィエの義弟であるカイジールの方が、生い立ちは複雑だ。けれど、道花と一緒にいると、不思議とそんなことはどうでもよくなってくる。

 ナターシャ神の御遣いとして神殿に仕えるリョーメイに育てられた道花は、神殿で自分の加護を学んでいる際にナターシャやカイジールと出逢った。血が繋がっていないとはいえ、道花が棄てられたオリヴィエの娘だと知った時のカイジールの驚きは大きかった。種族は違っても、道花はカイジールの姪になる。とはいえ、オリヴィエとの年齢差が離れているカイジールからすると、四つ年下でしかない道花は自分の姪というよりも妹のような存在なのかもしれない。

「慈流みたいにあたまがいいわけじゃないからね。あたしは自分がやりたいように物事を進めていくだけだよ」
「自分で物事を見極めて正しい道に花を咲かせているんだからたいしたもんだよ」

 オリヴィエは自分が産み落とした娘を顧みることなく、ナターシャ神の御遣いに押し付けた。そこで付けられた道花という通り名は、道端に咲く花のように強かであれという願いが込められたもの。

「慈流が言うと、なんだか壮大なことに思えるわね」

 くすくす笑う道花を見て、カイジールも胸がほんわかと温かくなる。なぜ、人魚の容姿を受け継がなかっただけで女王が彼女を亡きものにしようとしたのか、カイジールには理解できない。けれど、道花の存在がオリヴィエを脅かしているという事情は、おぼろげながらも理解できる。彼女が生まれながらに持つという海神の加護、そして御神木である珊瑚蓮を扱えるという能力……珊瑚蓮の精霊ロタシュミチカとナターシャ神に認められた彼女が、オリヴィエに代わる女王になるのではないかという脅威。
 道花に野心など存在するよしもない。けれどもオリヴィエは異常なほどに生まれてすぐに存在を消すことの叶わなかった彼女のことを気にかけていた。何も知らずに暮らしているうちは無視できていたようだが、彼女が自分を越える『海』のちからを持っていたと知ってから……殺意が再発し、彼女の父との間に亀裂が生じたのだ。

「ねぇ慈流。馬留人ばるとさまに会えると思う?」
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