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chapter,6

~神謡に舞姫は開花を願う~ 1

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 身体の異変は今朝に入ってからだった。体内の臓器の一部が目に見えない何者かによって握りつぶされてしまったかのような突発的な痛みに苛まれ、寝台から起きあがることも叶わなかった。神殿の人間もまともに動ける状態にないと侍女たちが報告してくれたため、どうやら一族の人間のなかにいる誰かが闇鬼に憑かれ、喰われて幽鬼にされてしまったのだろうと見当がついたが、それが誰かは考えたくなかった。
 寝台に横たわったままの活は、迷い込んできた白い蝶を見て、悔しそうに唇を噛む。

「……誰も信頼してはいけなかったのだな」

 ひとりきりの部屋に響く自分の声は、朝から何も口にしていないからかひどく乾いている。自分のしわがれた声を空しく感じながら、活はつまらなそうに蝶を見つめる。
 狗飼一族と血の契約を結んだ活もまた、わずかながら『地』の加護を受けている。だから彼女は他のひとには見えない黒い蝶や、蝶に姿を変えた第七皇子の姿を目にすることができた。玉登はそんな活を息子の仙哉より御しやすいと判断したから、傍にいただけだ。
 なぜ玉登の言葉に心動かされてしまったのだろう。夫と陣哉を失ってから、自分は根なし草のように自分を必要とする人間に縋っている気がする。バルトはそんな活を優しく労わってくれたが、彼との間にあるのは愛ではなく、妥協だ。

 先の神皇帝の妃だったという矜持を限界まで引きずっていたから、玉登に利用された。そう考えれば納得がいく。すでに狗飼一族より強いちからを持つ何かが彼についているのだろう、だから活は切り捨てられた。生き残っていた仙哉を幽鬼にするという残酷な方法で動きを封じられ、寝台から起きあがることすら叶わない。
 神殿が機能しない状況とは、いったいどういうことなのだろう。あれからどのくらいの時間が経過したのか、窓から差し込む陽光から判断しようにも、空には厚い雲が覆っているため太陽を拝むことができずにいる。
 まるで哉登が殺されたときのようだと考え、身体中に震えが走る。まさか、この事態を引き起こしたのはあの人魚ではないのか?

 人魚の花嫁。玉登はニセモノだと言っていたが、人魚の女王のようなちからを持っているのならば、帝都を乗っ取ることも難しくないはずだ……もしかしたら玉登は自分を切り捨て人魚と手を組むことにしたのかもしれない。誓蓮を奪われた人魚と玉座を狙う玉登が九十九を排除するべく動きだしたのなら、まず、邪魔になるのは神皇帝に従う国祖の狗だ。内通者である活がいる限りは直接攻撃をしかけることはないだろうと考えていたが、自分が不要になったからこそ、玉登は国祖の狗が集う神殿に攻撃を仕掛けたに違いない。

「そこまでわかっていて、そなたは何もせぬなんだ」
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