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epilogue
~誓いの海に千の蓮咲く〜 2
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「桜の花が咲いたら、結婚式を挙げよう」
「え?」
かの国へ行ったら見てみたいと言っていた道花だったが、あいにく時季が外れていたため目にすることが叶わなかった彼女に、九十九は言いだしたのだ。
「誰の?」
「おれたちの」
きょとんとした表情の道花の艶やかな口唇を指先で撫でながら、九十九は囁く。
「それまでに帝都を建て直し、おれは今度こそ民草の前できみを紹介する。人魚の女王の娘としてではない、珊瑚蓮を咲かせた精霊として。姓を持たぬマジュミチカ……彼女こそ、おれとともにかの国を栄華へ導く女神である、と」
「ちょっとそれ言いすぎだよ! 真名は大切なひとにしか教えられないんだからただのミチカでいいの」
「……そう、か。そうだったな」
「そうだよ。あたしだって、ハクトのこと、外では陛下って呼んでるでしょう?」
「じゃあ、おれがきみをマジュって呼ぶのも本来はいけないことなのか?」
「いけなくはないけど……えっと、那沙によると、女王に呪われたマジュミチカがあたしの真名で、それを神殿名に書き換えたのがロタシュミチカなのはハクトも知ってるよね。呪いが解けたことで、真名のちからも復活したから、マジュミチカって名前は本来、結婚式や葬式のときくらいしか使われなくなるわけ。人前で名乗ることはできないけど、愛称としてのマジュなら問題ないから大丈夫だよ、たぶん」
「はあ」
九十九が道花を見初めたことがきっかけで人魚の女王に真名を呪われる羽目に陥った少女は、国祖神ナターシャに真名の代わりとなる神殿名を与えられた後、引き続き道に咲く花という俗称で呼ばれることになった。
呪われる以前からミチカという通称が定着していた彼女にとって、いまも初恋の思い出を引きずってマジュと呼びつづける九十九は、複雑そうな表情を浮かべている。
「まぁ、みんなは面倒くさいからミチカって呼んでたけど……あたしがあなたをハクトと呼ぶように、ふたりきりのときだけなら別に構わないからね。っていうか嬉しいから!」
「……ほんとうか?」
「うん。たったひとりの愛しいひとだけに呼ばれる愛称だも……んっ!」
素直に九十九の言葉に頷けば、嬉しそうに瞳を輝かせた彼に紅色の唇を塞がれ、道花の息がとまる。
「――っ」
「……誓蓮に帰すのが惜しいな」
「それとこれとは話が別、です」
合わさっていた唇がはなれた瞬間、呼吸を荒げたままの道花が弱々しく言い返す。
そうだ、そもそもは紫紺躑躅宮の九十九の室へセイレーンへ戻ることを伝えに行っただけなのに、なぜこんな、色めいた状況に陥っているのだろう。
「つれないな。身体に問いただした方が早いかな?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた九十九に抱き抱えられ、そのまま藤棚のような寝台に転がされ、身体を密着させられる。
こんな状態でまともな会話などできるわけがない。硬直する道花の身体を宮廷装束越しに撫でながら、九十九は甘く告げる。
「きみがいなければおれは神皇帝として国を統べようなど思いもしなかったぞ」
黒曜石のような、孔雀石のような独特の瞳で見つめられ、道花の鼓動がいやおうなしに激しさを増す。
「そんな」
「あのとき約束しただろう? おれは立派な神皇帝となり民を護る、きみは珊瑚蓮の花を咲かせると、その暁には結婚すると」
「……言った、けど」
かの国の王さまになった彼と、神殿暮らしの術者では身分が異なりすぎる。仮に結婚するとしても準備期間が必要なはずだ。だから道花はひとまず那沙とともにセイレーンへ戻ると伝えただけなのに。
「ずっとおれの傍に置いておきたい。誰にも触れさせたくない。そう、このまま」
「あっ」
道花が着ている宮廷装束の薄桃色の腰紐に手をかけ、するりと引っ張り彼女の両手を拘束する。どこか荒々しい彼の行為に道花は戸惑いとときめきを隠せない。
「溺れたい」
「――うん。それはわかったけど、いちどセイレーンに帰って神殿に報告してからだよ。それまでに、かの国を安定させないと」
「……そう、か」
「サクラが咲いたら、迎えに来て……今度こそ、あたしを花嫁として」
人魚の女王の娘としてではなく、珊瑚蓮の精霊としてでもなく。
たったひとりの、かの国の少年王と初恋の成就を誓い合った女の子として。
まるで道花の心の裡を解読したかのように、九十九は深く首肯し、晴れやかに笑う。
「ああ。約束する」
そして宮廷の外で今もなお咲き誇る桜色の珊瑚蓮に見せつけるかのように、ふたり。
何度も愛を、誓いあう――……
――fin.
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