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そして最後の夏へ

07.懐かしいひととの再会

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「コラッ、そこっ! いくら憧れの甲子園に来れたからって、いきなり土採らない! 土を持って帰るのは負けてからが礼儀なんだから。それくらいわかってるわよね? 誰よペットボトルにたっぷり詰め込んだのは?」

 甲子園球場に着いて早々、三塁側の土を掘りはじめた人間がいたらしい。荷物を置いて一足先にやってきた悠が、ぷりぷり怒っている。
 ペットボトルを大事そうに抱き上げて、しゅんとしたのは。

「……ごめんなさい、ボクです」
「先輩! あなた卒業生でしょ! なんでここにいるんですか!」

 ……在校生ではなくて、卒業生のコウキさんだった。悠は呆気にとられた顔をしつつもしっかり追求する。コウキさんはあっさり応える。

「だって、監督が今日だけコーチになっていいって、入れてくれたんだもん」
「そうですか……でも、甲子園の土はちゃんと戻しておいてくださいね」
「くすん」

 どっちが先輩でどっちが後輩だかわからないやり取りである。
 それを見てくすくす笑っていたのは、まだ幼さの残る一年生たち。それぞれ張り切って練習を始めているが、初めての甲子園というプレッシャーからか、ボールがあっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。
 津久井とムツゴローが遠くで睨み合っているのを見て、あたしはそっちへ駆けていく。いっつもいつも飽きずによく喧嘩が続くものだ。

「甲子園の土って言ったって、実際は鳥取砂丘の土だろ」
「津久井先輩って、なるほど現実主義者なだけありますよね。ロマンの欠片も見受けられません」
「それが事実だろ。毎年高校球児が土を持ち帰るなんて伝統があるから、土がすり減るんだよ。それを補充しないで何が悪い」
「別に悪いとは申してません。ただ、津久井先輩みたいにがさつだと、アキラの繊細な心を理解できないんじゃないかなって思っただけです」
「後輩の癖に呼び捨てにするんじゃねぇ。あれはオレのだ」
「アキラは所有物じゃありませんよ」
「ムツゴロー……、お前、オレに何の恨みがあって」
「恨みというより妬みですね」

 あたしが「そこまでぇ」と声を張り上げようとして、ベースに躓き、べちゃっとスライディングしたのを見て、二人は慌てて喧嘩を中断する。

「晶?」
「はいそこまでー」

 泥だらけにして、あたしは二人に笑いかける。今は喧嘩よりも練習をしてもらいたいものだ。あたしがそう訴えると、二人は渋々練習に加わっていく。

「晶ちゃん相変わらずね」
「え?」

 頭上から、懐かしい女性の声がしたので、顔を上げると、そこには歩子さんと元キャプテン……戸張先輩の姿。

「お久しぶり。顔泥だらけじゃない」
「あ、歩子さん! キャプテンまで!」

 あたしたちの練習をスタンドで見物していた物好きは、憧れの元キャプテンと、元マネージャーの歩子さんだった。

「おっす小松崎。初日の第一試合って聞いて急いでこっち来たんだ」
「そうだったんですか」

 思いがけない人との再会で、あたしの心が少しだけざわつく。憧れの戸張先輩が、歩子さんの左手を、まるで大切なもののように優しく握りしめていたから。

「コウキが乱入したんだって?」
「そうなんですよ、呼んできましょうか?」
「いいよ。どうせ初日にスタンドで一緒になって応援するからさ」

 カキーン、という金属バットと白球がぶつかり合う音が響きわたる。ノックの練習に移ったらしい。

「なんだか、在校生よりも卒業生の方が張り切ってるみたいね」

 くすりと笑って、歩子さんは呟く。よく見てみると、コウキさんも一緒になってバットを振り回している。打球の行方はどうしょうもないけど。

「本当。こどもみたい」

 あたしも頷く。
 甲子園開幕まであと三日。選手たちのコンディションは最良、この調子で試合に臨めることができればいいんだけど……
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