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そして最後の夏へ
16.恋の味
しおりを挟む「アキラとアラタ。何か運命感じない?」
初めて出逢った時から。彼はあたしを呼び捨てて。からかってきて。
キャプテンに恋してた頃のあたしを嘲るわけでもなく、一緒にいてくれたり。でも、ちゃっかり自分の気持ちだけはいつだってあたしに届けて。
一年の頃からレギュラーとして活躍していたムツゴロー。実は影の努力家で、人一倍練習をして、野球の知識を貪って、あたしに自慢してきてたっけ。
一つ、また一つ。こぼれ落ちた。
涙と共に。おもいでが。
好きだった? 嫌いじゃ、なかった。
伝えてあげればよかったのに。後悔は物事が終わってしまってからするから後悔なんだと今になって、思い知る、あたし。
* * *
どのくらいその場にしゃがみ込んでいたのだろう。第二試合の合図が聞こえてきた。
みんなはもうバスの中だろうか? 立ち上がろうとしても、足は動こうとしない。
「アキラ!」
遠くから、あたしを呼ぶ声がする。その声を耳にしたからか、その声の主があたしの涙を拭ったからか、手を差し出したからか、あたしは、ついに、泣き出して。
「来ないで!」
「好きな女が俺の所為で泣いてるのを、黙って見てろと言うのか?」
悠。
……振り切っても、振り切っても、彼はついてきてしまうことに、彼女は気づいているのだろうか?
「でも」
あたしが否定しようと、言葉を選ぶ間に、彼はあたしの頭をくしゃり、撫でて。
「聞きたくない」
そのまま、あたしの両頬に両手を当てて。
「俺のこと、嫌いになったのか?」
あたしは、首を振ろうとした。縦に。
でも、実際に振ったのは、横で。
「嫌い、じゃ、ない」
途切れ途切れの想いを、伝えていた。
そしたら。
流れていた涙が、すぅっと引いた。
ムツゴローは、そんなあたしを見て、にたりと笑う。
「そうだろ? おかしなアキラ。俺を陥れるような言葉をこれ以上言うなら」
――お仕置きが必要だね。
刹那、奪われた。
「な……」
「バスでみんな待ってるぜ。早く来いよ」
顔を真っ赤にして、彼はあたしの名を再び呼ぶ。
「来いよ、アキラ」
差し出された手を、踏みつけられるほど、あたしは強くなくて。
ゆっくり、腕を伸ばすことしかできなかったから。
忘れてしまった。恋の味。
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