身代わり聖女は「君を孕ますつもりはない」と言われたのに死に戻り王子に溺愛されています

ささゆき細雪

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chapter,2

04. 聖女ジゼルフィアと裏切りの魔術師(前編)《3》

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 聖女を娶り、子を孕ませたシュールトの兄、リシャルトは中和のちからで王城の外に出ることが可能になってはいるが、外の事情には疎いだろう。それに、聖女が懐妊したばかりのいま、心配事を増やすのは良策ではない。
 シュールトが口にしたのと同時に、あはは、とホーグが壊れたように笑い出す。

「何をおっしゃるかと思えば、人間が魔物に喰われたとか、反乱を起こさせるとか、ずいぶんな言い方ですね」
「ホーグ……?」
「そこまでおめでたいと逆に感心してしまいます。国を壊す方法など、外側からとは限らないんですよ」
「何を、言っている……?」

 自分の腹心であるホーグが、別人のように見える。王立騎士団を率いるシュールトを支えてくれた彼はこの国では珍しい男性の魔法使い――王城魔術師だ。強大なリシャルトの魔力を制御することはできないがシュールトの中途半端な魔力なら耐生があるため騎士団を率いる際のストッパーとして側に置かれていた。シュールトに忠実な彼が、こんな風に自分を嘲る言動を取ったことなどいままでなかった。
 戸惑うシュールトに、ホーグは嗤いつづける。

「聖女があのリシャルトさまのお子を宿されたんですよ。このままだと“破滅の魔女”ならぬ“破滅の聖女”として大陸を混沌に陥れることになります。聖女を手に入れたものが、魔物を懐柔し、アルヴスを征するのですから……シュールトさま、あなたが騎士団長としてこの国を守るだけではもう限界です。内に秘められた魔力をいまこそ解放するのです」
「――なに、を……?」

 ホーグはそう言って、魔法を放つ。自分の主人に向けて。
 何がなんだかわからないまま、シュールトはホーグから魔力を注がれ、意識が朦朧としてくる。まるで何者かに身体を乗っ取られるような感覚に、身震いする。

「やめ、ろ。ホーグ……!」
「ハーヴィックの王族だけが持つ魔力に対抗できるのはシュールトさま、あなただけなのです。精霊の加護を目覚めさせ、魔物を懐柔させ、真の王としてアルヴスの混沌を終わらせましょう。わたしなら、貴方を王にすることができます」

 ギャアギャアと烏の喧しい鳴き声が、いっそう大きくなる。
 シュールトは王になどなりたくないのに、ホーグは彼の心の声を無視してひたすら彼の内側に眠る王族の、霊獣の加護を掘り起こそうとする。と、そこへ。
 今にも泣き出しそうな曇り空からぽつりぽつりと雨が降り始めた。ホーグはつまらなそうにシュールトの指を弾き、鳴らす。
 バチバチと火花が散り――国境の方角で落雷が起こる。とつぜんの雷に、民衆は踵を返し、賑やかだった城下は静まり返る。
 国境の森があかく燃えている。
 自分の指先から魔力が迸る感覚に、シュールトは愕然とする。その魔力は、あろうことか火事を起こしている。

「やめろ、やめてくれ……!」
「ほら、魔女の森が燃えてますよシュールトさま。邪魔なものはこの炎ですべて焼き払って、浄化してしまいましょう」
「なぜだ、ホーグ!」
「知らない方がいいこともあるんですよ。シュールトさま」

 恍惚とした表情で彼の指を握りしめ、ホーグは彼の意識を溶かしていく。
 抵抗する暇も与えられず、シュールトの意識は闇に消えた。


 
「――それでは、戦争をはじめましょうか。聖女ジゼルフィア」
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