時翔る嫁 双子令嬢と身代わりの花婿

ささゆき細雪

文字の大きさ
185 / 191
第三部 溺愛狂詩 大正十二年神無月〜 《 未来 》

時翔た花嫁に融け合う求婚 04

しおりを挟む



 半ば強引に音寧を連れて坂道を登れば、涼しい秋の夜風がふたりの前を通り過ぎていく。この辺りは比較的温暖な地域だが、神無月のおわりともなれば夜はかなり気温が下がる。資はお酒を飲んでいるから気にならないが、音寧は寒いかもしれない。そのことに気づいた資は自分が羽織っていた上着を彼女に羽織らせ、きゅっと手をつなぐ。

「!」
「身体を冷やしたらいけないから。ああ、やっぱり手がひんやりしているじゃないか」
「それは、資さまの手が、あついからです」

 突然手を握られた音寧はびっくりして言い返してしまったが、冷え切った身体に彼の熱は心地良かった。このまま抱きしめられたらきっと、凍っていた何かが溶け出してしまうのではないかと危惧するほどに。

「このまま、つないでいてもいい?」
「……はい」

 初々しい音寧の反応に自分までどきどきしながら、資は星空の下をともに歩いていく。
 澄み渡った空には、数えきれないほどの星が瞬いている。
 世界はこんなにも広大で、うつくしいものだったのだなと資は痛感する。

「こちら、です……あ!」
「咲いているみたいだね」
「う、うそ」

 とつぜん開けた光景に、音寧は目をまるくする。夏に咲くはずの夕萱の花が、星のひかりをあびているかのように顔をのぞかせている。
 夜に咲く百合とも称される淡い黄色の花々は、いまも密かに群がって咲きつづけていた。
 信じられないと、音寧が資の榛色の瞳を見据えれば、彼はくすくす笑いながら、種明かしをする。

「この鏡のちからを借りたんだ。おとね、貴女はこの鏡を知っている……?」
「花鳥の、鏡……? どうして、資さまが?」

 資の着物の袂から出てきた鏡を見て、音寧が困惑の声をあげる。そういえば、花鳥の鏡と彼女は呼んでいたんだっけ。

「この鏡に不思議なちからがあるのは、おとねも知っているよな。俺はかつて別の世界の未来から来たおとねと恋をした。けれどもその世界でふたりは幸せになれなかった。時宮の双子令嬢は時空の歪みを糺すため、それぞれが時を翔るちからで歴史を改変した……俺はこの鏡のおかげで異なる世界で夫婦だった有弦と、貴女のことを知った。そして貴女は……十九歳の貴女が今年の夏、帝都にいたんだ」
「あ……」

 降り注ぐ星空の下、咲き誇る黄色の夕萱の絨毯に囲まれて、音寧は手渡された鏡を覗き込む。

 ――わたしが、いる?

 時宮一族の女が一生に一度だけ使えるという時を翔るちからで、十九歳の音寧が、綾音に召喚されて、破魔のちからを返された。
 その間に起きたさまざまな出来事のなかに、資がいる……近い未来、五代目有弦を襲名するであろう、音寧の花婿が。
 綾音が言っていたことはすべて真実だったのだ。目の前にいる彼が音寧の運命で、未来を巻き戻して今度こそ、幸せになれ……と。

「俺は貴女をすべて受け止めるつもりで、静岡に来た。身代わりの五代目有弦として出逢ったことも、時を超えて自分と初恋をやり直したことも、すべて。たとえそのときの記憶を持たないままでも、俺にとっての妻は貴女しかいないんだ……」

 愛するひとを護るため、破魔の異能で時を味方につけるという、時宮の双子令嬢。綾音はその異能を音寧に返し、有弦を襲名することで継承するであろう掟に対抗させ、資をけしかけた。
 哀れな百合の花をその手で愛し、咲かせつづけろと。夜に咲き誇る月色のあの花のように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

処理中です...