時翔る嫁 双子令嬢と身代わりの花婿

ささゆき細雪

文字の大きさ
187 / 191
第三部 溺愛狂詩 大正十二年神無月〜 《 未来 》

そして……喜びの初夜 01

しおりを挟む



 資が静岡で暮らしている音寧のもとへ求婚に行って一月ひとつき
 トキワタリの鏡の魔法のちからもあって、ふたりはいままでに自分たちの周囲で起きたすべての出来事をそれぞれ享受し、巻き戻された未来で新たな日々を築くことを誓いあうことになった。

 星空の下で交わした深い口づけ以来、ふたりはことあるごとに接吻に溺れるようになる。ただ、生娘の肉体を持つ彼女を配慮して、帝都で祝言を挙げるまでは身体を繋げることはしないと資は彼女に伝え、音寧もそのことを素直に受け入れた。綾音からするとそんなふたりがもどかしいらしいが、ここにいる音寧はまだ女学生でもあるのだ。十五歳の頃から軍に性知識を叩き込まれた綾音と異なり、異性と手をつなぐだけで破廉恥だとのぼせていた音寧は、たとえ近い将来そうなるとしても、少しずつ関係を深めたかったのである。
 夏に未来から来た音寧が資へ口づけの練習を施したように、今度は資が無垢な音寧に口づけから教えなおすようになり、ふたりは神無月がおわるまで毎日一緒にいた。

 海老茶袴に革ブーツの姿で女学校へ通う音寧の姿を見た資は、まだまだ知らない彼女の姿にさらなる恋心を募らせていく。通学前に口づけしたら、顔を真っ赤にされてしまった。初心で愛らしい十八歳の彼女も、資にとって紛れもない大切な宝物となったのだ。

 その後、岩波山の次期有弦と桂木農園の養女とねの婚約は彼女が通う女学校でも騒がれたが、退学はさせず、せめて学校は卒業させたいという養親の頼みもあり、資は霜月に入ってからいちど帝都へ戻ることになった。
 もう、「おとね」と呼ばれても自分ではないと気に病むこともない。資に恋人として愛される日々が、音寧を瑞々しく成長させていく。

「資さま、どうぞお元気で」
「次に逢うときは、おとねは俺の愛しい花嫁だな」
「……はい」

 上機嫌で帝都へ戻った資は、正真正銘の五代目岩波有弦を襲名すべく、三代目とともに休店中の岩波山を再開させるべく、今まで以上に精力的に働くようになる。
 すでに駆け落ちした傑と綾音のことは岩波山では震災で死んだものとされたが、ふたりが名を変え西の地で新たな生活を送っていることは三代目も理解しているらしい。岩波山の人間たちは過去を顧みることなく動き出した。そして、喪失の痛みはすこしずつ癒されていく。

 月に一度届く手紙で互いの近況を確認しながら、資は年が明け、春が訪れるのを心待ちにする。
 対する音寧も、彼と逢える日を指折り数えながら、穏やかな日々を過ごしていた。

「そういえば、西ヶ原の洋館を改装されているみたいですね」
「なんでも、奥方を迎えるために次期有弦さまがさまざまな注文をされているそうよ。愛されているわね」

 年明けに届いた手紙には、震災で無事だった西ヶ原の洋館を資が花嫁を迎えるための愛の巣へと改装している旨が綴られていた。
 そのなかの一室は、麹町に存在し、震災によって取り壊されることになった迎賓館の客室にそっくりなつくりになっているとか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...