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* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *
chapter,2 + 18 +
しおりを挟む「いまは、ミチノクだけ」
「そっか。だけど諸見里先生にも早めに伝えた方がいいと思いますよ。研修医も二年目からコースが細分化するから」
「ん……そうします」
年が明け、春になれば自由も二年目として、更に深い研修を受けることになる。
本来なら、父親のクリニックを引き継ぐため内科系ローテートを選ぶはずだった自由が、過酷な外科系ローテートに身を置いたのは小手毬のため。
けれど、二年目に入れば選べる領域も増え、外科系の研修を受けていた自由でも希望すれば内科系の研修を受けることが可能になる。引き続き自由が外科系を希望するとなると、小手毬との接点は整形外科しかなくなってしまうと楢篠は言いたいのだろう。その頃にはリハビリも終えて退院している可能性もあるが。
小手毬はロールパンをちぎりながら楢篠の表情を観察する。
彼は桜庭財閥や亜桜家のことなど何も知らない。ただ、ワケアリなひとりの患者を心配しているお節介な看護師だ。
「天も心配していたよ。もし陸奥先生や諸見里先生、オレにも言えないことがあったら、女同士お茶会でもしたいって」
「アカネが……?」
小さい頃に何度か顔を合わせただけの彼女が、なぜ自分に親身になろうとしてくれるのだろう。
不可解な顔をしている小手毬に、楢篠は笑う。
「まぁ、あいつはあいつで忙しいから……そう真に受け取らなくても大丈夫ですよ」
「あ、はい」
赤根、ではなかった楢篠天はいま、この病院の産婦人科で働いている。
毎日ちいさな命と向き合う大変な仕事。小手毬とお茶会する暇なんかあるのだろうか。
デザートのヨーグルトをスプーンでかき混ぜながら、彼女の夫である楢篠の話に耳を傾ける。
「そういえばオソザキさん、こちらにはさいきん来てます?」
「いえ……たぶん、仕事が忙しいんだと思います。それに、こっちもバタバタしていたので……」
ブルーベリージャムが混ざったヨーグルトをぺろりと舐めながら、小手毬は応える。
なぜここで優璃の話が出てくるのだろう。先週ポインセチアの鉢植えと真っ赤なバラの花が届いて以来、彼女からは何の音沙汰もない。
他人行儀に応える小手毬を見て、楢篠は寂しそうに呟く。
「早咲先生も?」
「ミチノクは手術で何度か一緒になってるみたいだけど……あたしは先週ポインセチアの鉢植えを持ってきてもらったっきり、会ってないです」
「そっか」
「……ふたりが何か?」
「いや……オレが言っていいものか」
「なんですかそれ。気になるんですけど」
「怒らない?」
「怒るようなことですか?」
「怒るようなこと、ではないかな」
「じゃ、じゃあやっぱり教えてください!」
「朝食ぜんぶ食べ終わったら教えてあげる」
「む」
楢篠に言われ、小手毬は何も言わずに手にしていたヨーグルトの皿を口元へ近づけ、かきこむように残りをスプーンで口のなかへ流し込んでいく。その様子をおそるおそる見つめていた楢篠は、こみ上げてくる笑いが抑えきれなくなり、噴き出してしまう。
「そ、そんなに慌てなくても!」
「だ、だって気になるんです。ほら、ぜんぶ食べました! 教えてください!」
「わかったわかった。だからまずは落ち着いて。お茶ひとくち飲んで」
「……はあい」
食べ終えた食器を乗せたトレイをワゴンに移しながら、楢篠は小手毬がお茶を飲み終える姿を確認する。
そして去り際にヒトコト。
「オソザキさん、結婚するんだって」
パタン、と扉が閉まり、残された小手毬は唖然とする。
「……けっこん?」
――オソザキが、誰と? ハヤザキと?
楢篠の話を思い出せば、そうとしか考えられない。
けれど、どうして?
「どうして……?」
楢篠が教えてくれたことはたしかに怒るようなことではなかった。
けれど、飲み込めなかった魚の骨のように、小手毬の心の片隅をチクリと刺激した。
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