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monologue,2

初恋を拗らせたシューベルト + 3 +

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 初恋の想い出にすがって夢を叶えていく俺を危惧した母親は、ピアノを弾ける女性なら誰でもいいと思ったのだろう。義父に適当な結婚相手を見繕わせて俺と見合わせようとしている。いまのところ大きな動きは見られないが、新社長が花嫁を探しているとの噂が長野支店にも届いていたようで、若い女性社員たちにしきりとアプローチされてしまった。

 そんなときに別室で待っていたネメが火傷したと知って、いても立ってもいられなくなってしまった。支店長から鍵を借りてシャワー室に彼女を連れ込み、看病だけするはずが、無防備な彼女が可愛すぎて、火傷の手当以外にキスと愛撫を施してしまった。シャワーの音で彼女の甘い声は外に漏れてないはずだが、このことが添田以外に露見したら、厄介なことになるのは目に見えている。

 結局、長野支店をあとにしてから夕方まで軽井沢周辺でデートをする予定は後日に持ち越した。屋敷の寝室でもっと彼女を可愛がりたいと、俺がわがままを言ったからだ。ネメは信じられないと頬を膨らませていたが、俺に気持ちいいことをさせられるのはイヤではなかったらしく、屋敷に戻ってからも珍しく素直だった。就寝前のキスに溺れてシーツに倒れ込んだ彼女の、なんと淫らで愛らしいことか。

「アキ、フミっ……」
「ネメのここ、ずいぶん反応するようになったな」
「アキフミが……そこばっかりさわる、からぁ――っ!」

 裸のネメを唇と指で責め立てて、俺は快楽に染まる彼女を堪能していく。
 何も知らなかった彼女が俺の腕のなかで達して愛液を迸らせれば、恥ずかしそうに顔を赤くして俺の胸へあたまを寄せる。慰めるように髪を撫でれば、安心したように寝息を立てる。俺の股間はまだ、おさまっていないというのに。
 それでもいまはずっとこのまま抱きしめていたい。
 愛人としてではなく、唯一の花嫁として。

 ――母親や義父に介入される前に、まずは愛人だと思いこんでいる彼女をどうにかしなくては。

 彼らは俺が一途に追いかけていた初恋の相手が“星月夜のまほろば”で別荘管理人として生活していることなど知る由もない。元ピアニストで前土地所有者の後妻という説明をしようものなら、紫葉リゾート社長の花嫁にふさわしくないと袋叩きにされかねない。

 義父の紫葉章介が俺の母親を後妻に迎えた際も、バツがいくつついているかわからない女を社長夫人とは認めないという勢力が雨後の筍のように湧いたのだ。母親は気に病まないが、精神的に脆いメネのことを考えると強引にことを進めるのは厳しいとしか言いようがない。
 そもそも得体のしれない後妻の、得体のしれない連れ子が、更に得体のしれない娘を嫁を迎えるとなって、はいそうですかと素直に周囲が認めてくれるとは思えない。特に自分のことを反面教師にしている母は、バツのついた女を自分の息子の嫁にすることを生理的に嫌がりそうだ。

「……ネメ」

 さんざん俺に啼かされて力尽き、すやすやと眠っている愛しい女性の額にそっとキスをして、俺は小声で呟く。

「俺は、諦めないからな」

 社長の愛人として後ろ指をさされるようなことだけはさせたくない。

 どうすれば、彼女を祝福された花嫁にすることができるのだろう。
 ネメがピアニストとして華やかに復活すれば、その注目度を利用して説得できると考えていたが、彼女はもうこの地で隠居する気満々である。そんなに亡き夫との想い出を守りたいのかと不安になってしまうほど。
 それでも俺は、彼女を守りたい。生涯をともに歩む愛する女性のすべてが欲しい。
 バツのひとつやふたつ、たいしたことないと体現した義父のように。
 矛盾しているのは自分でも理解しているが、不安がるネメを寛容に包み込んで、逃げ出さないように繋ぎとめられる男に俺はなりたい。身体はもちろん、繊細な心も、ぜんぶ。


「……だから早く、身体だけじゃなくてその心も、俺の方へ堕ちて来いよ」
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