Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

ささゆき細雪

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chapter,5

シューベルトと婚約の試練 + 6 +

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 多賀宮詩が全身全霊を込めて弾いたショパンの「革命」に、周囲は騒然となった。ジュニア時代にコンクールで入賞しているだけあって、一箇所も間違えることなく三分近いハ短調の曲を弾ききったのだ。自分こそ社長夫人の座にふさわしいと、力づくで訴える姿に、アキフミも圧倒されているようだった。
 以前、見合いの席でアキフミに音を殺していると指摘された彼女は挽回の機会を虎視眈々と狙っていたのだろう。舞台袖で立ち尽くしているわたしを見て、溜飲を下げたのか、彼女はそのまま何も言わず舞台から降りていく。彼女に注がれる拍手を見送ったわたしは、次の演者を待つ観客たちの期待を前に、身体を震わせる。

 ――いけない、これから弾かないといけないのに……身体が思うように動かない。

 改めてグランドピアノにスポットライトが照らされる。前座として呼ばれた詩の高レベルな演奏で耳の肥えた観客は、久しぶりに大勢の前で演奏する元ピアニストのあたまのなかが真っ白になっていることに気づいていない。緊張なのかパニックなのか、舞台の上にひとり残されたわたしは訝しがる周囲を誤魔化すようにひたすらゆっくりとピアノの椅子に座る。

 星空色のドレスを身にまとい、白銀の蝶を髪に遊ばせたミステリアスな元ピアニスト。詩のピアノが「動」だとすれば、わたしに期待されるのは「静」だろうか。けれど、彼女のペースに巻き込まれたわたしの呼吸は荒いままだ。この場で弾かないと、章介はアキフミとわたしの婚約を認めてくれないのに……どうしよう。
 俯いた状態で指先を白鍵に乗せて、必死になって脳裡に譜面を描こうとする。ショパンの「革命」を選んだ彼女のように、自分がいまここで弾くべき曲を……それなのになかなか演奏をはじめようとしないわたしに苛立つひとびとのざわめきに邪魔されて、身動きが取れない。石のように動かない指を前に、やっぱりダメなのか、と心が折れそうになった、そのとき。


「――Sonata “GrandDuo”」


 ふいに、ざわめきが遠のく。
 耳元に、だいすきなひとの声が届く。
 背後からアキフミに抱きしめられているのだと、気づいたわたしは慌てて俯いていた顔をあげる。視線が、絡む。

「一緒に弾く」
「……アキフミ」

 大丈夫、こわくないよと微笑みかけられて、わたしの鼓動が落ち着いていく。
 わたしはこくりと頷いて、椅子の位置をずらす。当然のようにアキフミがぴたりと密着するように隣に座って、「せーの!」と場違いな声をあげる。

 高校のときに弾いた連弾課題曲。知名度はあまりにも低いけれど、わたしとアキフミの絆を確かなものにしてくれた、初恋の思い出の曲。わたしがシューベルトの妻になって、アキフミの傍にいると約束したすべての元凶になった曲。第一楽章から第四楽章まで弾いたら四十分以上かかる、交響曲のように偉大で最強の二重奏。


 ――シューベルト、四手のためのピアノソナタハ長調「大二重奏曲グラン・デュオ」。まいります!


   * * *


 ……そういえば、人前でわたしにピアノを弾けと命じた章介は、ひとりで弾けとは言っていなかった。
 彼とその周りの人間を納得させられるだけの、ふたりの息ピッタリな姿を見せつけろと言いたかったのだろう。
 アキフミはそのことに気づいたから、舞台で身動きのとれなくなっていたわたしの傍に来て、「一緒に弾く」と言ってくれたのだ。

「っ、疲れた……」
「さすがに四十分ぶっ続けで弾いたのはやりすぎたか」
「高校のときでも通しでなんか弾いてないわよ!」
「だけど譜面しっかり暗譜していたな」
「お互いにね」

 ふふっ、と笑い合って、人前でキスと抱擁を交わすわたしたちを、観客たちが唖然とした表情で見つめている。前座で完璧な演奏をした詩のことなど、もはや眼中にないほどのふたりの世界が、会場内を包み込んでいた。
 盛大な拍手に見送られながら、わたしとアキフミは舞台から撤収する。マイクを持った章介が「正式に紹介しよう、彼女こそ息子の婚約者だ!」と舞台から降りてきたアキフミとわたしに称賛の声をかけてきたが、アキフミはわたしを抱きかかえたまま、「これ以上クソ親父の見世物にされてたまるか!」と一蹴し、あとのことを立花に任せ、会場から逃亡する。
 扉の前でたむろしていたアキフミの双子の弟たちに「おめでとう~、あとはごゆっくり~」と気の抜けた声をかけられた。体調が優れないアキフミの義姉はこの場にいないというが、義姉の元秘書だという男が「お嬢様も義弟の婚約を喜ぶことでしょう」と言っていたから、きっとわたしとアキフミの結婚に賛成してくれているのだろう。


 ――お前を誰からも祝福される花嫁にしてやる。


 アキフミの言葉に、嘘はなかった。
 わたしは彼と、幸せになる未来をこの手で掴めたのだ。


 そして。


   * * *


 彼のピアノを奏でるような繊細な指の動きがすきだ。
 ホテルのスイートルームに戻ったわたしたちは、そのまま勢いよく天蓋付きのベッドに倒れこむ。
 アキフミにキスされながら生まれたての姿になったわたしは彼の服を脱がし、肌を重ねあわせる。

「はぁ……アキ、フミ」
「これでもう、誰にも文句は言わせない……お前は俺の、花嫁だ」
「うん」

 舌を絡ませながら愛撫をはじめるアキフミにされるがまま、わたしは甘い声を零す。
 俺を求めて涙を流す、啼き声ですら愛しいと、情熱的な言葉を重ねながら、彼のおおきく勃ちあがった一物がわたしの最奥へと穿たれていく。

「――ぁあっ」
「ネメ、ネメ。愛してる。これからも、ずっとずっと……!」

 ずんずんと腰を振るわせて、アキフミの腕の中で淫らに躍るわたしの身体。
 愛の言葉に応えたくても喘ぎ声しか漏れてこないわたしを、愛おしそうに見つめる瞳。
 彼の熱いモノにぐりぐりと押しつけられて、わたしの子宮は歓喜している。このまま最奥に、膣奥に彼を感じつづけたい……
 アキフミの唇がわたしの乳首を包み込む。ぬるっとした舌に敏感な尖端を扱かれて、その瞬間自分の膣壁がぎゅんと締まる。

「んぁあ……ぅ! イっちゃ、うぅ~~~!」
「いいよ。イって」
「アキ、フミ……だいすき」
「っ!」

 ナカで達したわたしに追い打ちをかけるように、彼の熱い飛沫が注がれる。

「はぅうんっ」
「お前、が、そういうこと、言うから……」
「っ、また、イっちゃ、う、から。ダメっ、ひぃーっ!」
「今夜ははなさないからな」
「~~~!」

 そのあとも執拗な愛撫は止まらない。
 彼にされるがまま、わたしは何度も絶頂を味わわされて。
 今宵も、彼に愛される――……
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