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白鳥とアプリコット・ムーン 本編
ローザベルとウィルバーと最愛の誓い
しおりを挟む澄み渡る青空の下で、一組の男女が愛を誓っていた。
リンゴンリンゴン鳴り響くのは、時計台広場の時を報せる鐘の音。勢いよく水飛沫を飛ばす噴水の周りでは目には見えない精霊たちが小鳥たちとともに集い、王城で行われているであろう結婚式を見守っている。
怪盗アプリコット・ムーンと憲兵団長ウィルバー・スワンレイクが共闘し、国家転覆を目論んだタイタス・スケイルを成敗した騒動が終焉してからふた月。
季節は花残月の四月から風待月の六月へと突入していた。既に王城の周りで咲き乱れていたスプレンデンスの花は散り、シュネー・ビッチェンという四季咲きの別の品種の白い蔓薔薇が王都全体を飾っている。
国民は怪盗アプリコット・ムーンを救国の乙女だと祀り上げ、彼女の死を悼んだ。あれだけ国家や王家を愚弄した女狐だと蔑まれていたというのに、世間の変わり様はこんなものだと国王アイカラスは苦笑する。
その一方、怪盗アプリコット・ムーンを捕らえた後、彼女とともにタイタスの企みを阻止した憲兵団長ウィルバーは、前回同様国民たちに絶賛され、落ちこぼれで恥知らずな灰色の白鳥から立派な純白の翼を持つ成鳥になったことを認められた。
自分の生まれが誇れるものではないと思っていたウィルバーは、ようやく自信を持って、国王アイカラスへ褒美を望んだのである。
――ノーザンクロスの姫君、ローザベル・ノーザンクロスを娶りたい。盛大な結婚式を挙げ、スワンレイク王国全体に、俺たちのことを、知らしめたい……と。
* * *
アルヴス式の婚礼衣装は新郎新婦ともに純白である。
新郎ウィルバーの婚礼服も艶のある純白のスーツで、栗色の髪が太陽のひかりにあたって金髪のように煌めいていた。胸元にはアプリコット・ムーンの赤みがかった黄色い鈴なりの薔薇が飾られている。
一方の新婦ローザベルも真新しい純白のウェディングドレスを纏い、長い黒髪を白レースのヴェールで隠していた。ブーケの花は新郎とお揃いのアプリコット・ムーンを中心に、可憐な白と薄紫色のラヴェンダーと緑が鮮やかなハーブでまとめられている。あたまには国王陛下から下賜された亡き王妃のティアラ、“ヴィオレットユーニ”を、両耳には幼馴染ジェイニーが貸してくれた銀水晶のイヤリングを、そして右足首にはウィルバーが市場で見つけてきたという藍玉のアンクレットが飾られていた。
前回着たドレスよりもキラキラして見えるのは、縫い糸に銀糸が入っているからだという。彼女のために仕立てられたドレスを見て、ウィルバーは「やっぱり君は俺の女神だ」と最初の結婚式同様に喜んでいる。
ローザベルがウィルバーとの結婚式の記憶を消した代償は、もう一度結婚式を行うことだった。それも、前回よりも盛大に、国民を巻き込むような盛大な式を。
参列者は前回の二倍以上で、国王アイカラスの三人目の息子とまで呼ばれるようになったウィルバーの晴れの舞台を見に来る野次馬の姿もあった。
一方のローザベルも、ノーザンクロスの一族が隠していた姫君としてお披露目され、自分が自分にかけていた存在を忘れさせる魔法は事実上無効化した。
それでも過去彼女とともに過ごした記憶は戻ってこない。ウィルバーは彼女を初めて見初めたという十歳のことや、政略結婚の後にローザベルの処女を奪った記憶を永遠に取り戻せないのだ。
「いいじゃないですか。わたしがぜんぶ、ウィルバーさまのことを覚えています」
国王陛下から下賜された亡き王妃のティアラ“ヴィオレットユーニ”をあたまに飾り、真っ白な婚礼衣装を着たローザベルはそう言い放ち、ウィルバーの水色の瞳を凝視する。この先、何が起きても起こっても、自分たちははなれない、はなれられないのだからと。
王城へ招かれた司祭の言葉に頷きながらヴェールをあげて、誓いのキスをすれば、緑柱石のような彼女の双眸にうっすらと涙の膜が張る。まるで、ひとりで悩んで怪盗になる必要はないんだよとウィルバーが優しく告げた夜のことを思い出しているかのようだ。
参列者の目など気にせず、いますぐ花の離宮の主寝室に彼女を連れ込んで愛しあいたいとウィルバーの本能が唆す。ああもちろんさ、この誓いを終えたら、新郎ウィルバーは新婦ローザベルを愛の巣へと攫っていく。
「ローザのこの先の未来は、ぜんぶ俺のモノだからね」
「はい、ウィルバーさま……」
ウィルバーの腕に抱きかかえられたローザベルは、耳元でそうっと囁く。
「どうぞわたしを盗んで頂戴」
* * *
盛大な祝福を受けた新郎新婦は披露宴に姿を現すこともなく、忽然と消えてしまった。あのバカが、と毒づいているのはウィルバーの異母兄で第一皇太子のフェリックス。おおやりやがったなと喜んでいるのが同じく異母兄の第二皇太子ゴドウィン。あらあらどうしましょうねとみゃうみゃう猫のような声で泣いている生後三ヶ月ほどになった赤ん坊のライナスをあやしながらうろうろしているのが新郎新婦の義姉となったオリヴィアで、その息子のダドリーは九歳にして失恋の傷を負って漢泣きに泣いている。
その様子を楽しげに見つめる宰相ジェイニーは、隣でじっとしている国王アイカラスに問いかける。
「ローザのあたまを飾った“ヴィオレットユーニ”には、もう魔力が残ってません。王妃さまのティアラをなぜ、彼女に……?」
「エセルが望んだからだよ……かつて娘のように可愛がっていたノーザンクロスの姫君が、公の場で婚礼を行ったんだ……エセルは持ち主不在のティアラを、似たような立場の娘に与えたかったんだろうな」
魔女の娘として世間から隔離されて育てられた秘密の令嬢。それがいまのローザベル・ノーザンクロスだ。ウィルバーに見初められ、盛大な結婚式を行ったことで存在を認められた彼女は、アラヴスで魔女の末裔の娘として虐げられて生きていたエセルと境遇が近いと言えなくもない。スワンレイク王国国王アイカラスが彼女と愛しあって羽ばたいたように、ウィルバーもローザベルと深く愛しあうことで、灰色の白鳥から純白の白鳥へと羽ばたいたのだ。
「あと、ジェイニー。わしに隠していたことがあるだろう」
「はい、なんのことでしょう?」
「余命五年と言ったな」
「あら、ご存知でしたか」
「……まあよい、五年もあればフェリックスへ玉座を譲り悠々自適な隠居生活もするくらいのゆとりは残っているだろう。ともに来るか?」
「――国王陛下」
「考えておいてくれ。フェリックスに左遷させられて仕事がなくなる前までに決めればいいさ」
「ありがたき幸せ」
ジェイニーは深く頭を下げて、主人の言葉を噛みしめる。
スワンレイク王国全体が沸き立ったウィルバーとローザベルの結婚式は、こうして幕を下ろし……
* * *
「ダメですよウィルバーさま、ドレスは繊細なんですから、丁寧に……ぁんっ」
「動くなよローザ、怪盗アプリコット・ムーンを捕まえたときみたいにうっかりドレスを切り裂いちまうぞ?」
「じっとしてますからぁ……優しく脱がせてくださいっ」
「脱がせてください、なんていやらしいおねだりだな、わかったよ」
互いに婚礼装束のまま王城から逃亡し、アプリコット・ムーンの花が咲き誇る自分たちの愛の巣へと車で帰還したウィルバーは、花の離宮の主寝室へ入るやいなや、攫ってきた花嫁を寝台の上へ放り投げ、濃厚な口づけでローザベルを翻弄させた。
優しく脱がせてください、と懇願されたウィルバーは、眠っていた彼女を起こすために服を脱がせて身体を重ねたことを思い出し、ニヤリと笑う。
「優しくするさ――……」
「んっ……あ、そんないやらしい手つき恥ずかしいですっ」
「ゆっくり優しくしてるんだから文句言わないの」
「はぅうん……」
手と口で愛撫をしつつ、ウィルバーは彼女を焦らしながら重たいドレスを脱がせていく。
この晴れの日のために新調された花嫁のドレスを破らないようにゆっくり時間をかけてローザベルを裸にしたときには、既に頬を赤く染めて、もどかしそうにウィルバーを見つめていた。
「今度は、わたしがウィルバーさまを、脱がせます!」
「お……おう」
右足首の藍玉のアンクレットだけを残して裸になったローザベルは、自分ばっかりやられていたら癪だと新郎へ噛みつくようなキスをして、ブートニアが飾られたままのジャケットを脱がせてから、ブラウスのボタン、腰元のベルトを器用にはずしてズボンを引き抜いた。下着を穿いている状態で、勃起している彼の分身を見つけたローザベルは、簡単に脱がした後、亀頭から涙が滲んでいるのを発見して、くすくす笑いながら「えいっ」と掴む。
「ぁつ」
「ウィルバーさまの、もう涎を垂らしてますよ? 早くつながりたくて仕方がないのかしら」
「ひとつになりたいのは君もだろう?」
「きゃん……!」
イタズラはほどほどにしなさい、とウィルバーに押し倒されてローザベルは「ぷうっ」と頬を膨らませる。そのまま彼の手が下腿を撫ではじめたからもうたまらない。
蜜を滴らせて甘い啼き声をあげるローザベルに、ウィルバーが耳殻を舐めながら愛を囁く。
「俺に魔法はつかえないけれど、君を愛することなら誰にも負けない。ローザは?」
「わ、わたしも十年前から……誰よりも、ウィルバーさまのことを想ってました」
愛を受け取ってばかりだったローザベルはようやく本人に愛を返せたと、右足首のアンクレットを見せる。藍玉ももともとは緑柱石と同じ鉱石の仲間だから、ローザベルの瞳の色と相性が良いのだ。
「知ってました? 藍玉の石言葉は、“幸せな結婚”なんですって……わたし、結婚式でこのアンクレットをつけてくれって頼まれたとき、嬉しかったんですよ。結婚式でつけた指輪も大切に仕舞ってありますけど、あれはもともとご先祖様のものですからね」
「ローザをもう手放したくないから足枷にした、って言ったら怒る?」
「そんなことで怒りませんよ? ずっと捕まえていてくださいな」
花の褥に組み敷かれた状態で、クスクス笑いながら応える愛妻が可愛くて、ウィルバーは当然だとキスで返す。
もう、媚薬なんかなくてもお互いに気持ちよくなれることを知っている。そのままひとつになって愛を交わせば言葉がなくても通じ合える。
あれから“星詠み”による“不確定な未来”は、現れていない。ゴドウィンにはローザベルが魔法耐性の強いウィルバーに二度娶られたことで、ノーザンクロスの魔法のちからが薄れたからじゃないかと仮説を立てられたが、真相は謎のままだ。ひとまず悪夢に魘されることがなくなったので、ローザベルは安心して彼の腕のなかで眠れるようになった。
未来を視ることがなくなったローザベルを、国王アイカラスも皇太子フェリックスも責めることはない。古民族の魔法のちからは消えゆく運命にあるのだから、気に病むことはないと花嫁に言ってくれた。
だから今、ローザベルとウィルバーは同じ景色を見て、同じ未来に胸を踊らせている。
ウィルバーは、彼女が“不確定な未来”に悩まされて“やりなおしの魔法”をつかう必要がなくなったことから、毎晩同じ寝室でローザベルのことを今まで以上に甘やかしてくれる。このままじゃ、壊れて何もできなくなっちゃいますと反論しても、彼は俺が君の分までするから問題ないときっぱり言い切って、ローザベルの身体を隅々まで堪能し、快楽に溺れさせる。
「ローザ、愛してるよ。これまでも、これからも」
「ウィルバーさま……わたしもっ」
「今夜、君の心を盗むよ。君が盗んだ俺の記憶の代わりに」
「――もう、盗まれてます」
心も身体も、彼なしではいられないとローザベルが告げれば、彼はそれでもと意地を張る。
「もっと、欲しいんだ……俺も君なしではいられないのだから」
「わたしだって、初めて出逢った頃から彼方のこと――……」
「ああ、そうだな。また教えてくれないか? 俺たちのはじまりを」
「喜んで」
ローザベルだけが知る幼い頃のウィルバーの思い出。
ウィルバーが忘れてしまった初恋を、ローザベルは物語のように、彼に教えつづけることにした。それは、灰色の白鳥の雛鳥が髪の短い魔女の娘と出逢い恋に堕ちる――運命的なお伽話。
「ローザ、俺だけのアプリコット・ムーン……」
身体を重ねて互いに愛を囁やけば、それだけでふたりはふたりだけの魔術師になる。
消えた記憶を抱きかかえて、ウィルバーは愛しいローザベルを二度、娶る。
アプリコット・ムーンの花が咲き誇る離宮の主寝室で迎える二度目の初夜は、まだ、はじまったばかり――……
“White Swan and Apricot Moon”――fin.
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