やがて桜になる

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第2章 魔法協会 編

第16話「日常の中に」

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5/22(水)
放課後に行われたバイトの面接は恰幅のいいおっさんと簡単な話をして終わり、その場で合格というもので多少の不安を抱えつつも初出勤の26日までに渡されたマニュアルを読むことになった。
家でマニュアルを読みつつ紅葉とお茶を飲んでいる最中だ。
日給、土日バイトと、中々都合がいい。

「なんか凄い身体がしっかりした方でしたね… 」

面接中、紅葉は認識阻害の魔法を使い、俺の側にいた。面接官の予想以上の恰幅に、二人で最初は驚いていたが、物腰の柔らかい人で安心した。

「とりあえず26日がバイト初日だし、頑張らなきゃな」

「私はどうしましょうか?」

バイト中、宮瀬さんを家にいさせるわけにもいかない。魔法協会のやつがいつ襲って来るか分からないからだ。

「ついてくる?って言っても暇か……」

「いえ、大丈夫ですよ。航くんと居られるだけで幸せですから」

にっこりと柔らかく微笑む紅葉。
こういうことをサラッと言ってしまうあたり初心《うぶ》なのか、そうじゃないのかよくわからない。

「なら、そうしてもらおうかな。俺も紅葉がいた方が嬉しいし。」

二人でいることで安全でもあるし、黒ローブやデリックの行動を考えると、人目のつくところで襲ってはこないだろう。





5/23(木)
「航……尾鎌さん!」

「なんだよ」

「あら、どうしたのたっくん?」

昼休み、俺はだいたい予想がつく三木田の話に付き合うことにしていた。
たっくんとは尾鎌さんが三木田につけたn個目の愛称だ。尾鎌さんは無数に愛称をつけるクセがあるが、これが尾鎌さんに親しみやすい理由だろう。

「あのだな……」

「テスト近いから教えてくれ、だろ?」

「おお!航!お前はエスパーか!?すげぇな!」

「一年の最初のテストから毎回頼んでくるお前の方が凄いよ。」

紅葉も尾鎌さんも、さすがに苦笑いだ。テストは5月30日からだからちょうど一週間前だ。

「で、たっくん何の科目聞きたいのかしら?」

「全部!」

「そこも相変わらずかよ…。尾鎌さん、こいつもう見捨ててよくない?」

「そんな冷たいこと言うなよー!!。このままドジりまくったら一緒に3年になれないかもなんだよー!」

俺の脚にしがみついてめそめそと泣く三木田。

「その危機感があるならもっと早めにテスト対策するなりなんなりしろー!!
あと気持ち悪いから離れろ!」

「いやー、テスト前にならないとテストは姿を現さなくてだな?」

先程とはうって変わって、ケロっとして話す三木田。

「ま、とりあえずたっくんは勉強教えてほしいのね」

「流石尾鎌さん!頼りになる!」

三木田は俺の脚から離れると、今度は尾鎌さんの脚にすり寄る。尾鎌さんも苦笑いしつつも引き離そうとはせず、紅葉ちゃんがいれば賢そうだし分担も楽なのにねぇ、と漏らす。

その言葉に思わず紅葉は反応しそうになるが、何とか踏み留まる。紅葉はドジなところがあるから、こういう何気ない会話でもハラハラする。

尾鎌さんもいつまでも三木田に甘いからこいつは成長しないんだろうな、と思いつつ紅葉と顔を合わせて苦笑いする。なんやかんだでこの雰囲気は嫌いじゃない。

「それに比べて航きゅんは冷てぇよ~」

「アホ。これが普通だ。テスト1週間前に毎度来られるこっちの身にもなれ」

「んだとぉ!くらえ!」

「なっ!?」

三木田は勢いよくこちらに箸を持って飛びかかってくる。三木田が突き出した箸を俺は箸で受け止める。狙いは弁当か!

「ぐふふ、一人で女子のお手製弁当を食べようたぁ、そうはいかんぜ」

「くっ、そうとは限らんだろ……!」

「いや、今までお弁当なんて作ってこなかったし、明らかに彩りが良すぎるわ。さすがに無理があるわよ」

真顔の尾鎌さんに言われてしまう。
そぼろをかけた白米、卵焼き、ほうれん草のおひたし、タコさんウインナー(なぜかしらすが頭についている)等々確かに俺が作りそうにもない弁当だ。

「しかしまあ、家政婦とお付き合いたぁ、中々やりますなぁ?」

「てめぇ……」

お互い箸を引っ込めることなく一歩も引かない。お互い歯軋はぎしりをしながら箸で押したり引いたりを繰り返している。

「ほーら、その辺にしなきゃダメよ」

見兼ねた様子の尾鎌さんは三木田の腰を掴んであっさりと引き剥がす。

「ちぇ、なんで航なんかにあんな可愛い彼女が……」

「うっせぇ。やるなら早くやらないと昼休み終わるぞ。」

「おっと、そうだな。じゃ、英語から頼む!」

「英語なら航ちゃんに任せようかしら」

三木田は英語の教材を鞄からせかせかと取り出してくる。
別に俺が尾鎌さんより特段英語ができるわけではない。ただ、尾鎌さんは理系、俺が文系を教えるのが暗黙の了解となっていた。

「お願いします、航先生!」

「教えるのは構わないけど、集中してやれよ。」

「集中できなかったら?」

「◯す」

「致す?」

「………」

無言でゴミを見るような目で睨む。

「よ、よし!じゃあやるか!」

焦ってページを捲る三木田。こいつは出来ないわけじゃない。ただ、不真面目なのだ。
紅葉も興味津々といった様子で英語の教材を見つめている。
4人で笑いながら過ごす昼休み。
だけど紅葉だけ疎外感があるのが、少し残念だ。
紅葉は気にしてはいないようだが。
だが、それもエデンにいた頃を基準にしたら人の輪に入れているというだけだ。
すっきりしない部分もあるものの俺は三木田に昼休みが終わるまで教えていたのであった。





5/25(土)
「今日はいい陽気ですね~」

「ああ、絶好の……」

デート日和。その言葉を出せずに二人で顔を赤くしてしまう。キスまでして未だにここまで初心うぶなカップルも中々いないのではなかろうか。
ことの発端は紅葉の提案だった。

「まだデートってしたことありませんし、初めてのアルバイトの前にしませんか?」
という話だった。隣街の冬ヶ丘市の冬ヶ丘公園でゆっくりしながら紅葉の弁当を食べる。
つまり、ピクニックデートだ。

「こんだけ暖かいと昼寝してしまいそうだな」

「そうですね~」

バスケット、水筒が置かれたビニールシートに俺達は座りながら、紅葉も俺も気が緩んでしまう。日差しも程よく、この時期のわりには湿気もない。

「航くん、食べましょうか」

紅葉が持ってきたバスケットの中にはサンドイッチが詰まっていた。
カツサンド、タマゴサンド、ハムサンド。色とりどりのサンドイッチが入っていた。

「あれ?うちにバスケットなんてあったけ?」

「えと……」

そっと紅葉が耳に顔を近づけてくる。

「魔力で作ったものなんです。魔具程は頑丈に作ってないので、半日ほどで消えてしまいますが……」

小さな声で耳元で囁く紅葉にドキドキして硬直してしまう。
一方の紅葉は平気そうなのが意外だ。
意外と積極的……いや、無頓着なのだろう。

「な、なるほど!じゃ、早速いただこうかな!いただきます!」

誤魔化すようにカツサンドを手に取り頬張る。ふむ、カツはタレがよく染みていて、パンも柔らかく固すぎな……

「ゴホッ!」

「航くん!」

喉につまった!
紅葉が背中を擦ってくれ、コップのお茶を渡してくれる。
それを一気に流し込んでなんとか気道を確保する。

「はぁはぁ…」

「もう、落ち着いて食べなきゃダメですよ」

「はは、ごめん。あのパスタより美味しくてつい」

「むぅ、意地悪するならあげません!」

紅葉は頬を膨らませてバスケットごと取り上げてしまう。

「悪い悪い、ほら紅葉も美味しいうちに食べよ」

「そうですね。では」

紅葉はバスケットを置くとタマゴサンドを食べ始める。

「あのパスタよりは美味しいです」

「ははは、紅葉も言ってるじゃないか」

「ふふ、柄にもなく冗談を言ってみました」

二人で笑い合いサンドイッチを食べる。三木田や尾鎌さんと話すのも楽しいが、紅葉といるのは特別だ。
今ならその正体が分かる。
紅葉が好きだからだ。
紅葉が必要だからだ。
この数日で何度も想い人がいる幸せを噛み締めていた。

そんな幸せを噛み締めながら、サンドイッチを食べ終わる頃には腹がだいぶ膨れていた。

「なんだか眠くなってきたな……」

「私もです…」

満腹感に加え、程よい陽気のせいもあり紅葉も俺も眠気が襲ってきていた。
ウトウトと舟を漕ぎはじめていると、紅葉の声が聞こえる。

「航く~ん」

紅葉脚を伸ばして太ももをポンポン叩いている。

「膝枕……しますか?」

「ああ、そうさせてもらう」

眠気のせいか思考が鈍り、恥ずかしさもなく、迷いなく紅葉の太ももに後頭部を乗せる。
紅葉のいい匂いがする…。
甘い柑橘系の匂い……紅葉の匂いだ。
寝返りをうって紅葉のお腹に顔をつけると、程よい肉付きの柔らかい感触がする。紅葉の匂いもより強くなり、腰に手を回し離さないようにする
紅葉の匂い嗅いで安らぐと、一段と眠気が襲ってくる。

「航くん、しばらく寝ていていいんですよ~」

俺の頭を撫でながら囁く紅葉の声…。
俺はそのまま眠りに落ちてしまった。





起きると陽はまだ沈んではないが大分傾いてきていて少しだけ肌寒くなっていた。紅葉と目が合うと体を起こす。

「ずっと起きてたのか?」

「いえ、私も少し寝てましたよ。だいたい航くんの寝顔を覗いてましたが」

可愛かったですよ、と紅葉は微笑む。
なんだか恥ずかしい。今度紅葉の寝顔も覗いて、写真でも撮ってやろう。

体を伸ばして陽の光を体全体で浴びる。
スマホで時間を確認すると、そんなには寝ていなかったようだ。
紅葉の太ももの寝心地が良くてぐっすり眠れたのだろう。

「さ、陽が沈む前に帰りましょうか」

ビニールシートを片付け、バスケットを持ち帰る。ここは隣街ではあるが、俺の家までそう距離はない。二人でゆっくり並んで帰っていく。
陽も徐々に傾いてきていて、西陽が俺達を照らしていた。たわいのない話をしながら帰路につく。

「航くんの寝顔、可愛かったですよ~」

「や、やめてくれ……恥ずかしい」

何気ない日常の中にある幸せ。
願わくば永遠に続いてほしい。
そんな願いは我が儘わがままなのだろうか。


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