亡国の公女の恋

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 夕べ、スヴェトラーナを抱きしめたルカはその腕を解くのが難しかった。
 情けなくてみっともなかったルカに同情し、大丈夫だと抱きしめてくれた。
 縋ってしまった。
 抱き締められて、気が付くと自分本位に強く抱き返してしまった。
 また弁えない思いが込み上げて止まらなくなって。
 離せない腕を『離せ!離せ!』と必死で頭の中で叫んで、出来ない自分にまた恥ずかしくなってからやっと離せた。
 ひとつに纏めて縛られた金色の絹糸のような髪がルカの腕のなかで乱れ、細く折れそうな繊細な身体が必死で抱き返してくれた。
 このか弱い命が大切で。失うのが恐ろしすぎて。

 愛おしくて愛おしくて。堪らなくなった。

 腕の中にまだ残っているスヴェトラーナの感触に胸が苦しくなる。
 どうして自分はこうなのかと思う。
 今まで欲しがったことなんかなかったじゃないか。
 望んだことはなかったじゃないか。
 諦めろ、欲しがるな、簡単だろうと自分に言い聞かせるのだが上手く行かなかった。
 いつだって、どんな時だって感情の外で生きて来たつもりだったのに、スヴェトラーナのこととなるとまるで冷静な判断も行動も出来ていない。
 やるべきことを叩き込まなくてはならない。
 スヴェトラーナを守る。それだけが自分が命に代えてもするべきことなのだと。
 弁えろ。欲するな。強くなれ。
 もう二度と他の誰が触るのも許すな。




 スヴェトラーナは腕を解かれて息を吐いた。
 きつく抱きしめられて苦しかったからじゃない。
 ルカに欲され、自分もルカを欲していた。
 離して欲しくなかった。
 ずっとルカの腕の中にいたくなってしまった。
 逞しい腕がスヴェトラーナのすべてを閉じ込め、身体を締める力は切実すぎた。
 肩に押し付けられた顔が首を擽り、高い鼻梁が曲がるほど押し付けられていた。

 愛しくて愛しくて、堪らなかった。

 ルカに愛されたたいと、心が叫んだ。
 気持ちがすれ違っているのはわかっている。
 ルカの忠誠心はスヴェトラーナの欲するそれとは意味が違う。
 ルカは忠誠の誓いのためスヴェトラーナを守った。
 スヴェトラーナの死を恐れ生を乞うてくれるのも、その忠誠が前提にある。
 愛しい女性としてではない。
 それなのにスヴェトラーナはルカに愛されたい。
 他の誰がスヴェトラーナの命をこれほど乞うてくれるだろうか。恐れてくれるだろうか。
 スヴェトラーナがこれを忠誠として受け取るにはあまりに強い。
 重く、硬く、揺ぎ無い。
 これがひとりの男性としての愛情だったなら、こんなに人を一途に愛せる人はいないのではないだろうか。
 それほどの愛を受け取れるなら、どんなことだって出来るだろう。
 ルカが愛してくれるなら、ルカのために生きたい。
 ルカを守り、ルカを信じ、ルカに全てを捧げたい。
 苦しみの中だけで生き続けるのではなく、ルカに愛され希望を生きたい。
 胸に刻みつけた負うべき痛みを捨てることはできない。
 でもそれを負いながらも希望を持つことはいけないだろうか。
 ルカの愛を受け取れるなら、それ以上でスヴェトラーナはルカを愛せる。




 *****

 
 

 ルカのマントに包まれて、スヴェトラーナはなかなか寝付けなかった。
 ルカはスヴェトラーナの背中側で剣を肩において膝と一緒に抱えていた。

「ルカ、起きていますか?」
「……はい。起きています。眠れませんか?」
「少し、話をしてもいいですか?」
「はい」

 ルカからは少し前にスヴェトラーナを抱きしめていたあの痛切な表情が消え、穏やかさを戻していた。
 それはルカが必死に感情を押し殺したからだったが、スヴェトラーナはそれを知らない。

 スヴェトラーナは起き上がり、ルカはスヴェトラーナを向いて座り直した。

「ルカは、この旅の終わりを考えますか?その先のことを、考えますか?」
「無事に、レイルズまでお送りする。それだけです」
「レイルズに着いたら、その後は?」
「姫様にお幸せになっていただきたいと思っています」

 スヴェトラーナは頬が熱くなる。ルカの言葉に意味を探してしまう。

「ルカは、自分の幸せは考えないのですか?」
「俺は……」

 ルカはスヴェトラーナが幸せなになることが自分の幸せなのだが、それを率直に言ってはいけないと思った。
 弁えない感情が透けてしまいそうだったからだ。

「身の丈に合った暮らしの出来るところが見つかればいいなと、思います……」

 ルカの未来に自分はいないような言い方だとスヴェトラーナは思った。

「それは、レイルズに着いたらルカはどこかへ行ってしまうということですか?」
「レイルズにはきっと大公妃様も公子様も、ヴィクトール団長も無事に到着して姫様を待っていらっしゃいますから。俺の役目は終わります」

 ルカは言っていて苦しくなった。
 早くレイルズに着いてスヴェトラーナの安全を確保したい。
 でもそれはスヴェトラーナとの別れでもあるのだと自分で言って再確認してしまったからだ。

 スヴェトラーナはルカの言葉を聞いてショックを受けていた。
 到着したら終わりだと、自分から離れるとはっきり言われたからだ。

「ルカも一緒に、これからもずっと一緒にはいられませんか?」
「今回のような特別な状況でなければ姫様のお側にお仕えするには俺は……足りません。色々と、足りません……」
「なにが足りないのですか? ルカに足りないものなどありません。私はずっと、ルカに側にいて欲しいのです」

 スヴェトラーナは咄嗟に口に出してしまった。
 必死だったのだ。離れて欲しくないと伝えたくて。

 スヴェトラーナが足りないものはないと言っているのはルカが身分の低いことを気にしていると思ったからだったが。
 ルカは身分のこともそうだが自分のような弁えない感情を持つ者にはスヴェトラーナの側にいる資格が足りないという意味で言ったのだ。
 それなのに側にいて欲しいと言われ、ルカの『足りない』原因である感情が胸を熱くさせる。
 そんなことを言われては、溢れてしまうのだ。
 愛しくてたまらない気持ちが。

「私の側にいては、ルカの幸せは得られませんか?」
「姫様の側にいたら、身の丈ではなくなってしまいます」

 スヴェトラーナはルカの言葉に落胆した。
 ルカはスヴェトラーナの言葉で充分だった。
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