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第十一話 玄毛獣の見る夢
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のどかな村の只中を小さなウチは駆け抜ける。皆がウチを見て微笑み、そして挨拶を言ってくれるのにゃ。
その時は――、とても小さかったウチは、その首につけてもらった鈴を鳴らしつつ走るのにゃ。
目前にあの子たちが見えてくる――、ああ良かったのにゃ。
その安堵はいつもすぐに悲しい想いに変わるのにゃ。――だって、みんな――。
――ウチに挨拶をしてくれたヒトも、ウチが大好きだったあの子も、――ウチをいつも虐めていたあの嫌なオヤジすら――。
――みな死んだのだからにゃ。突然――、理不尽に――。
そうして場面は一瞬で変化する。その後に来るのは、いつもそう――。
「……禍津日様――、いえクロ――。もう泣かないで――」
ああ――、ああ――、その娘を殺した――、ウチが殺したのにゃ。
その夢は、いつも定期的に見る夜の夢――、ウチにとって罪と罰の証であり――、
――何よりも救いなのにゃ。
◆◇◆
――富士赫奕仙洞、最深部の牢獄。
「な?!」
その牢番は同僚の言葉に絶句する。――あまりにあり得ないことが起こっていたからである。
その報告は即座に、仙境統括である天鳳真君へと届けられた。
「……それは、なんの冗談です?」
「私はそのような最悪な冗談など申しませんとも」
凜花女仙から受けた報告に、天鳳真君は眉をひそめて絶句した。そう――、
「まさか……、牢獄にて留めて、取調べ中であった【紅月子】が逃げた? どうやって?」
「――私にも理解は及びません……。なぜなら、本来、富士赫奕仙洞の深部牢獄は、――天鳳真君様ですら逃げることは叶わない、絶対のモノですから……」
天鳳真君は――、その凜花女仙の言葉に、何かが動き始めている予感を感じた。
◆◇◆
「……くそ!!」
そう言って眼の前の仙人は悪態をつく。ウチの――、小玉玄女の斬撃を避けることは叶わず、その身に傷を負って動けなくなっていた。
この間の大騒動からしばらく後、ウチは別の仕事で動いていた。それは全く簡単な仕事だった。
ある山中の奥に、無断で居を構えて違法な医療行為を行う仙人を捕まえる。
普通に医療を行うならまだしも――、そこら一帯の人々を新霊丹の実験台にしているなら、当然黙ってはおけない。
まあ、相手は本当に弱い仙人であったし――、無駄な抵抗をしてきたから打倒したが……。
「……まあ、お前は――、そんな大きな悪事もしていないからにゃ。命だけは助けるから反省するにゃ」
「うぐ……、はい」
そいつは素直にうなだれて頭を下げた。
ウチはそいつを道術で拘束してから、拙い治療術で傷を癒やす。
「……馬鹿なことを、新薬開発なら正式な手順を踏んで行うべきにゃ。とりあえず下手な副作用もないものであったが、そういった行為は厳罰だにゃ」
「はい、わかってます。……でも俺は――、俺はこの間師匠に追い出されて――」
「む……」
そいつはこの間の菩典老の弟子の一人の、そのまた弟子であった。要するに、現在捜査の手が回っている在る仙人の弟子だったのだ。
その裏でやってた搾気行為が我慢ならず――、そのために抗議したら追い出された――と。
「……はあ、馬鹿なのかお前。そうして師匠から追い出されて――、自分も似たような行為をしておれば、意味がないにゃ?」
「すみません……姉さん」
本当に馬鹿な話である。彼は錬丹技術者――、搾気行為を非道だと理解していても、自身が生み出した新薬を検査もせずに人に与えることに、躊躇いがなかったようだ。
おそらくは、それだけ自分の技術に信頼を持っていたのであろうが――、それとこれとは話が別である。
ウチはため息を付いてスマホで仙境統括へと報告した。すぐに移送班を送ると言われて安堵した。
「小玉玄女様!!」
そう言って幼い少女がかけてくる。彼女ら――、ここら一帯の人々は、ウチらが仙人である事実を知っている。
過去の在る事件で仙道と関わり、身内に仙人も居るそういった土地柄である。――だからこそ、この馬鹿錬丹技術者の悪事は、速攻で見つかったのだ。
その幼い少女は満面の笑みを浮かべてウチの足元に縋り付いてくる。
――うちの心は、とても暖かくなった。
「にゅふふ……、奈美もう大丈夫にゃよ」
「ありがとう! 小玉玄女様! ……その人は――」
「まあ……、仙境本部の牢獄送りにゃ」
その言葉に少女は顔を曇らせる。
「その人――、罰を受けるの?」
「まあにゃ」
「クロスケの怪我を直してくれたの……」
そう幼い少女は俯いて馬鹿仙人を見つめる。
「だから……、そんなに重い罰にしないであげて」
「……奈美」
その時、動けない馬鹿仙人は涙を流し始めた。
「……うう、俺は――、すまん、本当に」
「はあ……、奈美、しっかり仙境本部に伝えておくにゃ」
そのウチの言葉に奈美は嬉しそうに微笑んだ。
◆◇◆
その日の夜――。
かの馬鹿仙人を村長の倉庫に閉じ込め、宴会を終えて――、ウチは村全体を望む高台の上に居た。そうして人々の営みを見つめながらウチは小さく微笑む。
「小玉玄女様!!」
そこに小さな黒猫――クロスケを抱えた奈美が走ってくる。ウチは唖然とした顔で言った。
「こら……、奈美、こんな夜中に危ないにゃ!」
「……ご、ごめんなさい」
「……ふう、まあいいにゃ。後で家まで送るにゃ」
そうため息をつくウチに、幼い少女は笑顔を向ける。不意に――、その表情が、過去の夢に出てくるあの子の笑顔と重なった。
うちは悲しくなって目を背ける。それを敏感に感じ取って幼い少女はウチの顔を見つめた。
「小玉玄女様?」
「……いや、なんでもないにゃ」
――と、不意に、背筋に怖気が走る感覚を得てウチは村の方を見る。――村の明かりが消えていた。
◆◇◆
「お前は――」
村長の倉庫で馬鹿仙人は怒りの目を向ける。目前に見知った顔を見たからである。
「なんで? お前がここに――」
「いや、偶然だぞ兄師よ……、狩りの大会に参加するために来たんだ」
「狩りの大会? ……って!!」
目前の弟弟子――であった悪魔は嘲笑を向ける。そして――、
「それ……、拘束を解いてやるぞ。僕らと一緒に、兄師も狩りに参加しろよ」
「……」
黙って立ち上がる馬鹿仙人。
「……どういった内容だ?」
「はは……、そうだな――。この村の人間すべてを追い詰めて――、あの仙人――小玉玄女の目前にて皆殺しにするのさ。ひとり残らず――ね」
「……」
馬鹿仙人は目を瞑って笑顔を作る。
「この村の者は皆殺し……と?」
「……ああ、けどなるべく手をかけずに追い込まなきゃ駄目だぜ? 殺すのはあの小玉玄女の目前だからな?」
「――今、ここに何人の仲間が居る? かの小玉玄女に勝てるのか?」
その言葉に悪魔は笑っていう。
「もちろん、勝てるとも――。今ここには僕らの指揮官として【紅月子】がいるし――、その兄弟弟子……、そしてそれらが生み出した【自動戦闘型宝貝兵器】が持ち込まれているいからね」
「……!」
馬鹿仙人は驚きの目を向ける。
「まさしく数の暴力――ってやつだね? 更には彼女にとって守るべき人が人質となる――。ならば小玉玄女はここで終わりだよね……」
「……そうか」
馬鹿仙人は目を開いて、目前の弟弟子であった悪魔を見つめる。
(……ああ)
その時の脳裏に浮かんだのは、クロスケを胸に抱いて微笑む幼い少女の顔。
(……姉さんに、命を救ってもらったが――、死ぬかもしれんな)
そう心の中で想いながら、その馬鹿仙人は――、悲しい決意で目前の悪魔に殴りかかったのである。
◆◇◆
村に闇が広がってゆく――、その中心を歩むは憎悪に顔を歪めた【紅月子】である、その身に無数の宝貝を展開し、その天命数はかつてを超えるほどに高まっている。
それはまさに化け物にふさわしい姿である。
「さあ……、小玉玄女よ死ぬが良い。貴様の目前で――、救うべき者たちを皆殺しにして――、絶望のまま死ぬが良い」
――こうして、その村に【理不尽】は舞い降りたのである。
その時は――、とても小さかったウチは、その首につけてもらった鈴を鳴らしつつ走るのにゃ。
目前にあの子たちが見えてくる――、ああ良かったのにゃ。
その安堵はいつもすぐに悲しい想いに変わるのにゃ。――だって、みんな――。
――ウチに挨拶をしてくれたヒトも、ウチが大好きだったあの子も、――ウチをいつも虐めていたあの嫌なオヤジすら――。
――みな死んだのだからにゃ。突然――、理不尽に――。
そうして場面は一瞬で変化する。その後に来るのは、いつもそう――。
「……禍津日様――、いえクロ――。もう泣かないで――」
ああ――、ああ――、その娘を殺した――、ウチが殺したのにゃ。
その夢は、いつも定期的に見る夜の夢――、ウチにとって罪と罰の証であり――、
――何よりも救いなのにゃ。
◆◇◆
――富士赫奕仙洞、最深部の牢獄。
「な?!」
その牢番は同僚の言葉に絶句する。――あまりにあり得ないことが起こっていたからである。
その報告は即座に、仙境統括である天鳳真君へと届けられた。
「……それは、なんの冗談です?」
「私はそのような最悪な冗談など申しませんとも」
凜花女仙から受けた報告に、天鳳真君は眉をひそめて絶句した。そう――、
「まさか……、牢獄にて留めて、取調べ中であった【紅月子】が逃げた? どうやって?」
「――私にも理解は及びません……。なぜなら、本来、富士赫奕仙洞の深部牢獄は、――天鳳真君様ですら逃げることは叶わない、絶対のモノですから……」
天鳳真君は――、その凜花女仙の言葉に、何かが動き始めている予感を感じた。
◆◇◆
「……くそ!!」
そう言って眼の前の仙人は悪態をつく。ウチの――、小玉玄女の斬撃を避けることは叶わず、その身に傷を負って動けなくなっていた。
この間の大騒動からしばらく後、ウチは別の仕事で動いていた。それは全く簡単な仕事だった。
ある山中の奥に、無断で居を構えて違法な医療行為を行う仙人を捕まえる。
普通に医療を行うならまだしも――、そこら一帯の人々を新霊丹の実験台にしているなら、当然黙ってはおけない。
まあ、相手は本当に弱い仙人であったし――、無駄な抵抗をしてきたから打倒したが……。
「……まあ、お前は――、そんな大きな悪事もしていないからにゃ。命だけは助けるから反省するにゃ」
「うぐ……、はい」
そいつは素直にうなだれて頭を下げた。
ウチはそいつを道術で拘束してから、拙い治療術で傷を癒やす。
「……馬鹿なことを、新薬開発なら正式な手順を踏んで行うべきにゃ。とりあえず下手な副作用もないものであったが、そういった行為は厳罰だにゃ」
「はい、わかってます。……でも俺は――、俺はこの間師匠に追い出されて――」
「む……」
そいつはこの間の菩典老の弟子の一人の、そのまた弟子であった。要するに、現在捜査の手が回っている在る仙人の弟子だったのだ。
その裏でやってた搾気行為が我慢ならず――、そのために抗議したら追い出された――と。
「……はあ、馬鹿なのかお前。そうして師匠から追い出されて――、自分も似たような行為をしておれば、意味がないにゃ?」
「すみません……姉さん」
本当に馬鹿な話である。彼は錬丹技術者――、搾気行為を非道だと理解していても、自身が生み出した新薬を検査もせずに人に与えることに、躊躇いがなかったようだ。
おそらくは、それだけ自分の技術に信頼を持っていたのであろうが――、それとこれとは話が別である。
ウチはため息を付いてスマホで仙境統括へと報告した。すぐに移送班を送ると言われて安堵した。
「小玉玄女様!!」
そう言って幼い少女がかけてくる。彼女ら――、ここら一帯の人々は、ウチらが仙人である事実を知っている。
過去の在る事件で仙道と関わり、身内に仙人も居るそういった土地柄である。――だからこそ、この馬鹿錬丹技術者の悪事は、速攻で見つかったのだ。
その幼い少女は満面の笑みを浮かべてウチの足元に縋り付いてくる。
――うちの心は、とても暖かくなった。
「にゅふふ……、奈美もう大丈夫にゃよ」
「ありがとう! 小玉玄女様! ……その人は――」
「まあ……、仙境本部の牢獄送りにゃ」
その言葉に少女は顔を曇らせる。
「その人――、罰を受けるの?」
「まあにゃ」
「クロスケの怪我を直してくれたの……」
そう幼い少女は俯いて馬鹿仙人を見つめる。
「だから……、そんなに重い罰にしないであげて」
「……奈美」
その時、動けない馬鹿仙人は涙を流し始めた。
「……うう、俺は――、すまん、本当に」
「はあ……、奈美、しっかり仙境本部に伝えておくにゃ」
そのウチの言葉に奈美は嬉しそうに微笑んだ。
◆◇◆
その日の夜――。
かの馬鹿仙人を村長の倉庫に閉じ込め、宴会を終えて――、ウチは村全体を望む高台の上に居た。そうして人々の営みを見つめながらウチは小さく微笑む。
「小玉玄女様!!」
そこに小さな黒猫――クロスケを抱えた奈美が走ってくる。ウチは唖然とした顔で言った。
「こら……、奈美、こんな夜中に危ないにゃ!」
「……ご、ごめんなさい」
「……ふう、まあいいにゃ。後で家まで送るにゃ」
そうため息をつくウチに、幼い少女は笑顔を向ける。不意に――、その表情が、過去の夢に出てくるあの子の笑顔と重なった。
うちは悲しくなって目を背ける。それを敏感に感じ取って幼い少女はウチの顔を見つめた。
「小玉玄女様?」
「……いや、なんでもないにゃ」
――と、不意に、背筋に怖気が走る感覚を得てウチは村の方を見る。――村の明かりが消えていた。
◆◇◆
「お前は――」
村長の倉庫で馬鹿仙人は怒りの目を向ける。目前に見知った顔を見たからである。
「なんで? お前がここに――」
「いや、偶然だぞ兄師よ……、狩りの大会に参加するために来たんだ」
「狩りの大会? ……って!!」
目前の弟弟子――であった悪魔は嘲笑を向ける。そして――、
「それ……、拘束を解いてやるぞ。僕らと一緒に、兄師も狩りに参加しろよ」
「……」
黙って立ち上がる馬鹿仙人。
「……どういった内容だ?」
「はは……、そうだな――。この村の人間すべてを追い詰めて――、あの仙人――小玉玄女の目前にて皆殺しにするのさ。ひとり残らず――ね」
「……」
馬鹿仙人は目を瞑って笑顔を作る。
「この村の者は皆殺し……と?」
「……ああ、けどなるべく手をかけずに追い込まなきゃ駄目だぜ? 殺すのはあの小玉玄女の目前だからな?」
「――今、ここに何人の仲間が居る? かの小玉玄女に勝てるのか?」
その言葉に悪魔は笑っていう。
「もちろん、勝てるとも――。今ここには僕らの指揮官として【紅月子】がいるし――、その兄弟弟子……、そしてそれらが生み出した【自動戦闘型宝貝兵器】が持ち込まれているいからね」
「……!」
馬鹿仙人は驚きの目を向ける。
「まさしく数の暴力――ってやつだね? 更には彼女にとって守るべき人が人質となる――。ならば小玉玄女はここで終わりだよね……」
「……そうか」
馬鹿仙人は目を開いて、目前の弟弟子であった悪魔を見つめる。
(……ああ)
その時の脳裏に浮かんだのは、クロスケを胸に抱いて微笑む幼い少女の顔。
(……姉さんに、命を救ってもらったが――、死ぬかもしれんな)
そう心の中で想いながら、その馬鹿仙人は――、悲しい決意で目前の悪魔に殴りかかったのである。
◆◇◆
村に闇が広がってゆく――、その中心を歩むは憎悪に顔を歪めた【紅月子】である、その身に無数の宝貝を展開し、その天命数はかつてを超えるほどに高まっている。
それはまさに化け物にふさわしい姿である。
「さあ……、小玉玄女よ死ぬが良い。貴様の目前で――、救うべき者たちを皆殺しにして――、絶望のまま死ぬが良い」
――こうして、その村に【理不尽】は舞い降りたのである。
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