家畜少年の復讐譚〜虐められていた俺はアクマ達を殺した〜

竹華 彗美

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十六話 縛られるウンメイ

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 訓練が終わったのは午後五時。
 訓練とは言いつつも俺は今日、ほとんど動かなかった。
 ルエルの『まずはコミュニケーションから』というアドバイスのもと、部隊の人たちと話すことがメインとなった。
 部隊──否、チームの人たちは俺の加入を大いに喜んでくれて、既に異世界から来たということも伝わっているみたいで──あまり思い出したくないことが多いのだが、元の世界のことを話したりした。
 他にも"子供がいる父親"からは子供の自慢話を聞かされたり、"恋人のために戦う人"の相手に対する熱い情熱を聞かされたりする。
 ──そういうものを聞いているとルエルの言っていた『生きて帰る』というのが素直に願望になっていった。
 と同時に自分の身の上話をしている最中に出てくる、憎い"アクマ達"をどう殺してやろうか、という気持ちも膨れ上がる。

 
 そうして今日の訓練は終わった。有意義な時間だった。気持ちも改められたし、情報も手に入れることができたからなぁ。
 
 部屋に着くとベッドにすぐさまダイブする。──疲れた。人と話すのがあんなに大変だとは思わなんだ。
 
 今までの俺ならあんなに人と話す機会はなかった。なぜなら俺は"人間"として見られてこなかったから。
 話しかければ無視は当たり前。虐められるようになれば、命令以外の場で声を発せば暴行を受けてきた。
 ──故にコミュニケーション能力は低い。人と話す機会が無さすぎて。まだ相槌程度なら打てるが、貶されて、暴言を沢山浴びた脳では"言葉を返す"のに時間がかかるのだ。
 ルエルはそれを察してくれて、俺が心の中で"困った"ような反応をすると助けてくれた。そのおかげでなんとか会話ができた。──故に異常に疲れたのだ。
 "慣れないこと"をすることほど疲れることは無い。そうしみじみと感じた。

 ──故に俺は、ドアをノックされる時まで、気づけば寝ていたのだ。
 
 
 誰かの必死な説得
 衝撃音
 誰かの悲鳴
 騒がしくなる城内
 ドタバタと階段を下る人の足音
 大勢の悲鳴
 

 全て聞くことができなかった。扉の外で大変なことが起きているというのにも関わらず、あの時、ベッドの上で泥のように寝ていたのはいうまでもなく俺だった。










ーーーーー

「ねぇ!未来ちゃん!いるの!?返事して!!」

 1人の女子生徒の声は、鉄の扉の向こうには届いていないようだ。

「ねっ!未来ちゃん!どうしたの?昨日なにかあったの?」

 彼女は必死に鉄の扉の向こうにいるであろう人に呼びかける。──しかしどれだけ待っても鉄の扉は開かない。

「……ねぇ、未来ちゃん…………武田くんのことなんだよね……分かるよ。苦しい気持ち……あんなに好きだった相手に記憶忘れられちゃうんだから……。」

 応答はない。

「で、でもさ!!ま、またさ!作り直せばいいんじゃないっ!?あたらしいこと!」

 扉のむこうはいつになく静かだ。

「だからさっ!元気出して!……みんな待ってるよ!…………だからお願い。出てきて……」

 その今にも泣きそうな声にも扉のむこうは無言だ。まるで彼女は"死んでしまっている"かのように。
 
 そして開かずの扉の前にいる彼女は、身体中に沢山の傷を負っている。
 この傷を付けたのは何を隠そう"三神 未来"。彼女──三神 佳代子は三神 未来の双子の片割れである。

ーーーーー
 
 三神 佳代子は未来とは違い、"未来が入るからこの学校に来た"者だった。
 
 ──故に負け組である。
 しかしなんの才能もなく勉強も出来ない彼女が、この学校で"家畜"ではなく生きていくことが出来た理由など他でもない"未来"のおかげだ。
 "未来"が後ろ盾となっていた彼女は、負け組にも関わらず居丈高であったため同じ負け組の者達には嫌われている。
 
『私は未来ちゃんのモノなんだから、傷つけたら未来ちゃんに喧嘩を売るってことになるんだから!!私と未来ちゃんは一心同体なの!だからお願いする時はちゃんと敬語で話しなさい!』

 ──これは佳代子の口癖である。
 確かに勝ち組である"未来"に負け組が喧嘩を売ることは"死"に等しいことだ。
 それを使って佳代子は"勝ち組気分"だった。ずっとクラスの中で優位な立場にいると本気で思っていた。

 しかし残念ながら違う。
 彼女のこの想いは全て"未来"の手の内──否、三神家の教育方針であった。


 三神 佳代子は小学校に通うようになるまで、一切外に出ることは無かった。
 何故ならば、ずっと家の地下室にて監禁され暴行という名の"拷問"を受けてきた。

佳代子できそこない未来さいのうのあるもののストレス解消道具になっていればいい。佳代子できそこないにはそういうことしか使い道がないのだから。』

 それこそが三神家の方針。『才能がないやつは道具になるしか使い道がない』という残酷なものだった。
 ──故に"拷問生活"もその理念によって突き通された。

 
 佳代子の部屋は二畳に満たない部屋だ。地下で断熱材などないから年平均気温は一〇度。その中、薄い下着一枚で過ごす。
 ゴキブリがカサカサと動き回り、明かりは一切ない。地上の様子は完全防音だからまったく聞こえない。
 何もやることは無い。ただ前にある地上とを結ぶ階段を見て、いつ両親、未来が来てもいいように待つ。

 ぐるるるるううぅぅぅ……

 腹が鳴る。胃が食べ物を欲している。
 ──今日の朝ごはんは"カビの生えたパン"だった。カビの部分を取り除いてしまえば、ほとんど食べる場所はない。
 それをまずは匂いを嗅いで、美味しいというイメージを存分に持ちながら食べる。噛む回数は一回口に入れたら三十回。二十回を超えると空気をかんでいるようだ。それでも風味を味わいながら食べる。

 まだ外を知らない佳代子にとっては、"カビたパン"でもごちそうだと感じる。

 昼ごはんは冷たいお粥。スプーン一杯程しかない。──しかしそれも大事に食べる。『美味しい』と心の底から思いながら。


ーー

 ガチャ

 扉が開いた。証明が暗い地下室を照らす。訪れたのは彼女の父親だ。

「大丈夫か?佳代子?」

 低い声で心配そうに聞かれる。

「お、おとうさん!だ、だいじょうぶ、だよ!」

 彼女は"空腹"を押し殺して明るい声で、しかも『主人を待っていた犬』のようにキラキラとした目で、父に返答する。

「そうか、佳代子、もう少し待っていてな?お前の大好きなお姉ちゃん、もう少しで帰ってくるから。」

 そう言い残すと父親は再びドアを閉める。そして地下室の中はまた、暗闇に閉ざされる。

ぐるるるううぅぅぅ……

 また腹の虫が鳴いた。

「もう少しでご飯が来るから。待っててね。我慢しててね。」

 そう"腹の虫"に言い聞かせていた。

ーーーーー


 父親の来訪から約二時間ほどであっただろうか。未来が地下室に来た。ドアが開けられ、部屋の照明が暗闇を照らす。
 そして未来は階段を降り鉄格子越しに佳代子の前に立つ。

「かよちゃん、なに生意気に寝てんの?」

 そう。
 彼女はその日珍しく未来が来訪する前に寝てしまっていたのだ。いつもなら未来の名前を連呼してキラキラとした目で見てくるのに。

「おい」

 未来は低い声でそう言うと鉄格子を思いっきり蹴る。

「なに、ねてんだよ!起きろ!このメスブタがっっ!!!」

 声と鉄格子の低い音はあらゆる場所に反響し、凄まじい音になる。
 その音に"びくっ"となり彼女は眠りから覚め、未来の方を瞬時に見る。
 ──そこには仁王立ちし、非常に怖い形相をした双子のもう一方がいるのだ。その様子に彼女は酷く怯え、必死に謝る。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい未来さまごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな──」
「うるさい!!!!!!」

 その謝罪は未来に切られてしまう。
 そして未来はポケットから鍵を取り出し鉄格子を開ける。

「お仕置きが必要のようね。」


 ──お仕置き。その内容は実際佳代子も覚えていない。受けたものが悲惨すぎて脳が拒絶するのだ。
 ただそれは何時間も続いた。未来のストレス解消のために──否、途中からは両親も加わって、殴る、蹴る、切る、踏む、刺す、暴言、叩く……父からは性処理として。
 あらゆる暴力を受ける彼女の体はボロボロになる。息を吸うだけでどこかの傷が痛み、動く事など出来ない。
 体内には"三人の汚物"が行き渡り、汚染されていく。
 

 しかしそんな軛をかけられても、月日が流れると佳代子にとってそれらは"家族からの愛情"だと思い込むようになる。
 なぜならこの悲惨な状況下ではあったが、佳代子には月に一度"ご褒美"を与えられる時があった。
 それは月の最終日。 "一ヶ月お利口さんに出来たら"という条件で、その日は地下室から出ることが許され、温かい部屋で夕食を家族全員で食べることが出来たのだ。
 それが彼女にとっては"両親と未来への感謝"となり、"家族に尽くす道具"と化していく。
 
『ストックホルム症候群』 

 それに値するのだろう。

 


 そんな彼女は小学校には"未来"という才能に満ち溢れた天才児の"道具"として──クラスでは未来に次いで副リーダーとなっていた。
 中学に入ってからもいつも居丈高であった。
 そうであることで"ご褒美"が増えたから、"お仕置き"をされない方法を見つけたから、"未来ちゃん"が自分を褒めてくれるから……。
 しかし未来は学校ではほかの友達に"家で叱っている"と嘘をつき"佳代子はどうしようもないコ"だとも言っていた。
 
 その影響でクラス内で自分が低評価で、未来だけが高評価であるとも知らずに。

 
 








 高校。
 未来は前期選抜にて中学の評価も高く、強化部がある公立、そして両親も認めた理由として"身分"がはっきりしていることから、彼女自身強く望んでいたので、すんなりと入学を果たした。
 そして佳代子は後期選抜にてなんとか合格し、クラスもに未来と同じになった。
 しかし佳代子には伝えられてなかったのだ。この学校が完全な"身分社会"であることを。──彼女は入学した時点で完全に負け組に落とされた。
 だが彼女は"未来のモノ"である限り自分がクラスの中で負け組になどなるはずがないと確信している。
 彼女は勝ち組だと思っていた。まさか自分が家畜の次に低い身分などということは思ってもいない。


ーーーーー

「未来ちゃん……どうしちゃったの……?なんで?……わたし、なんでもするから……おねがい、します……とび、らを、あ、けて……」

「……」

 そんなか細く、弱々しい声にも重い扉の向こうにいる未来は黙りだ。



「……未来ちゃん……ごめんなさい……勝手に入るよ?」

 佳代子は決心をする。『身勝手だけど、自分は未来のモノだから、慰めるのも仕事の一つ』だと自分を言い聞かせて。
 勿論、冷静な彼女は『モノである分際で、所有者の言いなりである分際で、主人が拒否しているにも構わずそれに逆らってもいいのか』と反対する。

──でも、でも、でも……どんなに非難されようとも『それでいいのか?』、お仕置きされようとも『本当にいいのか?』、嫌われようとも『そうだ、嫌われるぞ!』……。

 自分と冷静な自分との意見がすれ違う。









 それでも

「私は未来ちゃんのモノ。そしてなによりも私は未来ちゃんの実の双子なんだから!天才児と劣等児だけど……そんなの今は関係ない!!双子の一方が困ってたらもう一方は助けてあげなくちゃ!!!」

 彼女は一度も未来に嫉妬を感じたことがなかった。なぜなら彼女自身それが"運命"だと分かってたから。
 自分は未来のモノになるということが『この世界に生まれたわけ』だと理解していたから。

 だからこそ、今は双子として──否、家族として、彼女の行動は起こった。


 彼女は鉄の扉に右手の平をつける。
 彼女のスキルはモノとしての忠誠オーバーロイヤリティー効果は一日に二度、実体のあるモノならばなんでも確実に破壊できる衝撃波を生み出す。
 
 その力で扉を破壊することになる。
 スキルを発動すると、扉全体が鈍色の銀から鮮やかな赤に染まる。
 
"ズドォオォォンッッ!!!!"

 凄まじい衝撃音と共に埃が立ち、銀の扉は粉々に砕け散る。
 扉以外に一切の傷はない。ただ扉のみが塵と化す。

「未来ちゃん!!!!」

 未だ衝撃波による砂埃や塵が辺りに舞い、視界は悪い。
 しかし佳代子はそんなこと気にしない。未来に怪我がないか、未来が今どんな姿で、未来がどんな顔をしているのか。自身に殴りかかっても、実は一人にしてほしいだけでベッドに寝ているだけでも──そんなことはどうでもいい。
 ただ未来に会いたい、声が聞きたい、助けたい、ストレス解消道具になってもなんでもいい!!

『だって家族が困ってるんだもん!一刻も早く助け出さなくちゃ!!』

 


 ──しかし部屋に入った瞬間、佳代子は未来の姿を目に捉えると、ただ呆然とその場で立ち尽くしていたという。

 
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