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二十八話 復讐の鍵
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あの夜──ルエルが『家族』と俺のことを言ってくれたあの夜。
俺はルエルの体で泣き喚く。そんな俺にルエルは『大丈夫』の三文字をひたすら繰り返し、頭を撫でられる。俺には温かすぎて、胸がキューッと締まって、熱い涙だけが溢れた。
幾分経ち、俺の涙は出尽くした頃ルエルは俺に初めて顔を見せる。暗くてよく見えなかったが、ルエルの目も少し赤くなっていて──泣いていたのかな?
「まこと、大丈夫。」
「でも、俺のせいでルエルはっ、ルエルまであのクソ野郎の手にっ!!」
俺はまた泣き出しそうだった。もう目からは出てくれない涙が心から出そう──その時だった。
「ルエル、証拠が取れた。」
誰もいない空間から声がする。それは聞き覚えのあるものだったのに、その瞬間俺の体は無意識に震えた。俺の震えにルエルは背中を摩りながら、俺の目には何も見えない空間に礼を言う。
「うん、ありがとう。──大丈夫だよ。まこと。エキソンだ。」
そうルエルが言うとさっきまで誰もいなかった空間に突如、紺色の服を着た人────エキソンが現れた。
次にルエルの右手が俺の頭を撫でる。その時俺はふいに疑問に思ったことがあった。
‟ 何故、ルエルの手には手枷がついていないのか ”
ルエルだって王の息子を殺した容疑で牢に入れられていると松川は言った。ならなぜ手枷はついていない?いや、その前になぜ俺の檻に入ってこれたのかと。
そんな俺の心はもうとっくにルエルに読まれていて、ルエルはズボンの左ポケットから銀色の鍵を取り出す。それを俺の目の前で僅かチラつかせると、後ろに組まされている俺の手枷と足枷を外した。
「まこと、全部説明するからまことのスキルの無音の殺戮者、僕とエキソンとまことの三人で会話ができるようにしてくれるかな?」
俺はルエルの心が全く読めず、しかし信頼するルエルの頼みを忠実に聞き、無音の殺戮者を発動した。
「うん、ありがとう。」
そう言うとルエルは俺の頭から右手を離し、その場に立ち上がる。そして大声で
「じゃあ!これから、作戦会議を始める!!作戦名は"人殺し組の復讐劇"!」
俺のスキルがなければ、看守たちが寄ってくるであろう大声。俺のスキルの効果を確認しているのだろう。
そんなことはよしとして作戦とは?
『人殺し組の復讐劇』とは?
スキルの効果を試したルエルはその場でまた話し始めた。かなり真剣である。
「ねぇ、誠。この裁判において──いや、裁判に一番必要なものって何かわかるかな?」
ルエルはそう低い滑らかな声で俺に聞いてくる。俺はその声に自然と心が落ち着いて、ルエルの質問に答えるために考えた。
「…………しょうこ?」
俺の口から出たのはそれだった。‟ 論より証拠 ”というくらいだ。「必要なもの」なはずだ。
「そうだね。証拠………確かにそれは重要かもしれない。──でも僕が思うに裁判で大事……というよりもこの社会で大切なものは『信用』だと思うんだ。信用がない証拠はいくら『証拠』であっても、疑われてしまう。さらに言えばどんな強力な『証拠』で、"死んだと思っていた人間が生きている"というものでも信用がなければ『証拠』としては不十分だ。確かに"そこにあるもの"は変わらないけど、それが『本物』なのか『偽物』なのか──それが信じていいものなのかが分からない以上、この裁判で僕達が負けることはまず無い。」
ルエルは一度咳払いをした。
「確かに松川達は頭も良いし、人を陥れることに長けていた。──でも彼らは大きなミスをした。それは『信用』の獲得を無視したこと。
対して僕達はずっとこの国で生きてきた。色々な実績を残して、たくさんの人を救ってきた。こんな容疑をかけられても『信用』はある。どんなに少なくても彼らにこの『信用』が勝っていれば、僕達は勝つことが出来る!」
そこまでルエルが言うと、紺色の服を着たエキソンが壁に向かって呪文のようなものを唱え始める──魔法である。
魔法については細かくは触れていなかったが、この世界の魔法は『無詠唱型』と『詠唱型』の二つの魔法があり、無詠唱型の魔法は低度から中度くらいの威力や精度。詠唱型は高度魔法が使える。
しかし詠唱型魔法を使えるのは学校で魔法について学び、試験に合格した者にしか使えない。もし試験に合格していない者が詠唱型魔法を使った場合、逮捕される。
さらに街で使える魔法は限定されており、その限定されているもの以外の魔法を街で使うと最悪死刑判決が出ることもあるという。これは治安維持をするためだと聞いている。
今エキソンは『詠唱型』──つまりは高度魔法であるが、エキソンのような軍将校は王にも深く認められた存在であるため、魔法の使用は超高位魔法以外であれば認められている。
ただこの状況──牢の中に侵入し二人の容疑者の前で詠唱型魔法を使うのは違法だろう。しかし気にした様子もなく、エキソンは詠唱を続ける。俺には何を言っているか分からない、ただの文字の羅列。しかしそれが一言一句合う時、壁が白く光り出した。
『投影魔法』
壁がスクリーンになり、エキソンが実際見た場面を映像として映し出せる魔法。地球でいえばビデオカメラのようなものである。
そこに映し出されたのは、目を瞑りたくなるような悲惨な映像だった。
─────────────────────
「何言ってんの、お前?てめぇにそんな能力、ねぇんだよ!!……松川ァァァ!!!」
俺の怒鳴り声が裁判所内に響き渡る。その声に裁判所にいる人間が絶句した。
暫時、時の流れが遅くなったような錯覚に襲われる。
無音の緊張感。
俺の声の余韻なんかよりも『無音』が勝る。
しかしこれは作戦。俺とルエルとエキソンの三人の『復讐』だ。
そして俺たちはこの空白の時間を見逃さない。次に大声を上げたのは横にいるルエルである。
「陛下ッ!二月 二十一日九時半。ルエル・タン・グレミーシア。ダルタリングス王国軍少将、ダルダリン・カル・ナーティスト元少将殺害事件の事実をここに証明致します。この命にかけて、ダルタリングス王国の忠誠にかけて!」
そこまで言うとルエルは後ろに組まされた手などものともせず、王に向かって礼をする。その姿は綺麗なものだ。ピシッと伸びた背筋。足は揃えられ、容疑者の素振りには思えない姿がそこにあった。
しばらくして礼をし続けたままルエルは続ける。
「しかし陛下。どうやらこの裁判は正当なものでは無いように思えます。大変愚行ではありますが……」
そこまで言うとルエルは口を閉じる。次に言葉をかけるのは王である。
「申せ。」
「はい。陛下、私にスキルの使用をご命令ください。それなら公平な裁判が出来ま「ま、待て!!!」
そこでやっと声を上げたのは裁判長である。──しかしもう遅い。
「すまんな。裁判長──いや、マツカワ スバル。儂は貴様を許さない!!!」
─────────────────────
「陛下。連れてきました。明日、裁判を受けるルエル・タン・グレミーシアと齋藤 誠です。」
これは裁判前日の夜の出来事である。
俺は『復讐』の裁判を開くために、王の説得に来ていた。全てはエキソンの手引。招き入れられたのは王自室だった。
「陛下、時間取らせて頂き感謝します。」
同席するのは王に仕える近衛兵三人とエキソンとルエルと俺である。
「ルエル。弁解は聞かん。明日、じっくり聞かせてもらう。だから今は違う話を聞こう。」
王が絶対のこの社会で最も味方につけるべき存在は王である。しかし俺とルエルは容疑者。それも人を殺した容疑をかけられている身。そんな人間をなぜ王は自室に招き入れたか。
それは微かな『信用』が残っているから。
「では国王。投影魔法を使用してもよろしいでしょうか。」
そう尋ねたのはエキソンだった。エキソンとはいえ、王室で詠唱魔法を発動するのはご法度だ。しかしその映像を見てもらわないことには『証拠』にはならない。
王は右手を上げ、承諾の意を示す。と同時に王の側近に使える近衛兵の槍刀がエキソンの首元に突きつけられた。
『何か怪しい動きをしたら殺す』
その近衛兵の行動は当たり前の行動だ。人殺しの容疑者を二人も王の自室に招き入れている時点で異常だ。それにエキソンと容疑者の俺とルエルは仲がいい。暴動。その可能性もゼロとは言いきれない。
「では少し残虐な映像ではありますが、この映像は全て本物。この命にかけて。」
そうエキソンは言うと、白い壁に向かって俺には全くわからない暗号──魔法を詠唱していく。
三分ほどで壁が白く光り出す。そしてそこに映されたのは松川と明日の裁判を行う予定の裁判長である。
「この映像を撮ったのは、そこにいる齋藤 誠が捕まった日の昼。その日は勇者様方の訓練は中止しました。理由は書類で提出した通りです。
その日のうちにルエル少将も牢に入れられ、私は二人の裁判を三日後行うことを陛下から伝えられた後、裁判長にふたりの弁護士申請に行きました。その際、先客がいたのですが、それから先がこの映像です。」
─────────────────────
「あなたが今回、サイトウ マコト容疑者に殺されそうになったクルミサワ タクミさんを助けたのですね?」
「はい。そうなんですよ。それに僕は誠が工くんを殺そうとしてる『証拠』を持ってるんです。」
映像が取られている位置はドアから入ってすぐ。そこから右に裁判長が、左に松川が座っている。
裁判長は至って冷静に振る舞い、松川の顔からはどことなく楽しみそうなウキウキしている様子が伺える。
この現場はエキソンが撮った正真正銘の映像。そして松川が裁判長に『ルエルと俺を自分の奴隷にして欲しい』という交渉を持ちかけている場面である。
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