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【2】黒と白と外来塔
しおりを挟む召喚式が好きか嫌いか、と問われたら間違いなく後者だが、やらなければならない仕事だと考えれば重い脚を引きずる気持ちも多少、若干、ほんの少々くらいは軽くなる――と思いたい。
そう、仕事。俺が召喚獣を得るのは趣味でも娯楽でもなく、仕事の為だ。
できることならばこんな儀式はしたくない。面倒くさい。とにかく面倒くさいし時間がかかるしもう一度言うが面倒くさいのだ。
外来塔の奴らはあれやこれやと手続きを求めてくるわりには、平気で予告した時間に遅れる。その上謝ることすらしない。俺の時間は有限であり一時も無駄にしたくない、という当たり前すぎる抗議を『規則ですので』の一言でさらりと流す。
既知の召喚士であるイエリヒが捕まらなければ、踵を返して帰るつもりでいた。
「ゼノ様が召喚を嫌っていることはわたしも存じておりますが……そうは言っても、宵闇亭は始終人手不足でしょう」
きっちりと纏めた明るい色の髪を揺らし、イエリヒ召喚士は眉を落とす。イエリヒは俺とは対照的に、いつでも困ったように笑っている男だ。
「白館が混血種にも門を開ければいいんだよ。そうすれば、娼婦で精抜きをせずとも良い」
「またそんな、ご冗談を」
「俺は本気で言っている」
「……冗談ということにしておかないといけませんよ。外来塔は中立の立場ですが、ほとんどの者が白館様と懇意ですから」
「知っている。俺に付き合って無駄な召喚術を消費してくれるのは、イエリヒくらいなものだ」
「無駄とは思っていません。宵闇亭があってこその均衡です」
柔らかく、それでいて真っ当なイエリヒの言葉を聞いていると、憂鬱な感情も少しはマシになった。イエリヒは顔に似合わず不器用な男だ。故に、こいつの口から零れる言葉に、嘘はない。
俺の商いを、嘲笑と差別の感情抜きに必要だと言ってくれる者は、この街には一握りもいないだろう。
娼館、宵闇亭。
女の居ないこの街で、溢れた男たちの精を唯一解放する場所。その娼婦はすべて、召喚獣が務めている。
俺達の種族は歴史が浅い。何度も滅び、栄え、その繰り返しの末についに子を成す女を管理するようになった。自由繁殖では数を保てなくなったのだ。
母体はすべて、男の手の届かない『暁の宮』、通称白館へ集められ、手厚くもてなされながら子を成し、子を育てることを生業として生活する。
白館に招かれるのは純潔種族が優先され、イエリヒのような混血種――灰の種族――は、年に一度招かれれば運がいいといったところだ。
さて、では男たちの鬱憤は誰が晴らすのか。それは俺の『宵闇亭』が担う仕事である。
昨今、白館は混血種の招待を渋り始めた。
母体が少ないのか、妊娠中の女が多いのか――どんな思惑があるのかはわからないが、そのせいであぶれた男共はより頻繁に宵闇亭の門をたたく。
召喚獣は妊娠しない。召喚獣はめったなことでは体調を崩さない。とはいえ、彼らも勿論生き物だ。道具のように使い潰すなど言語道断、娼婦にも使用人にも休暇は必要不可欠である。
……うだうだと言い訳のように連ねてしまったが、つまり、そう、……俺は、年中人手不足に苦しんでいるのだ。
「宵闇亭は人気がありますからね。どうしても民の足はあなたの館に向いてしまいます。皆さまお疲れでしょう。従業員を増やすためにも、ゼノ様には積極的に召喚式をしていただかなくては」
「そうはいっても、確実に女が召喚できるわけでもないからな……いや、まあ、男でも構わんといえば構わんが」
「博打のような術式で申し訳ないとは思っています。正直、コントロールはほぼできないのが事実ですが、一応ご希望を伺います」
「できれば俺達に似た種族がいい。欲を言えば、あー……ニンゲン」
「……ああ。白館の、料理人ですか」
イエリヒは頭がよくてありがたいと思うことが多いが、時折、察しが良すぎて困る、と思うこともある。悪気なく口を動かす男なので、些か気まずい気持ちは飲み込み、ただ頷く。
「先日の祭事は大変な騒ぎでしたからね。まさか、屍根とエネド液があんなにおいしいだなんて」
「おまえもアレを食ったのか?」
「一口だけ、司祭様から分けていただきました。魔術でもなく、単純な工程だけであのような芸をするとは。……ゼノ様も、料理とやらにご興味が?」
「俺じゃない。俺は食えればなんでもいい、と心底思っているよ」
「ああ、それでは、群青たちのおねだりですか」
にっこりと笑う顔を直視できず、ため息をつくふりをして視線を逸らす。
群青、というのは宵闇亭の娼婦たちの総称だ。我々『色の種族』には従来種ごとに色がある。俺は黒の種族。白館の主は白の種族。混血種は灰の種族と呼ばれる。
娼婦たちは召喚獣であり、現地の生物ではない。しかし伝統に乗っ取り、そして伝統を軽んじる俺の嫌味として、『群青』という色の名をつけて総称していた。
宵闇亭の色とりどりの群青たち。
俺の館を今宵も賑やかに切り盛りするあいつらが、食べたい食べたいと騒ぎ笑い喚き泣く『料理』とやらを、まあ、その、食わせてやりたいという気持ちはあるのだがやめろそんな顔で見るなくそが縊り殺すぞ召喚士。
「わぁ。縊り殺すぞイエリヒみたいな顔なさってる」
「まったくもってその通りだ、俺の事情などどうでもいいだろう足があり手があり働く意思が保てるならば、どんな奴だろうが基本的には大歓迎だ。宵闇亭は働く者を拒まない」
「そして働く者はみな平等、ですね。よい言葉です」
「……できれば意志の疎通ができる奴がいい。言葉が近いと尚いいな」
「うふふ。割合注文が多いですね~まあでも、博打ですからね?」
「わかっている」
召喚式には面倒くさい手順が山ほど存在する。何度も見ているが、さっぱり覚える気がないせいでまったくわからない。
そもそも俺は同席している必要あるのか?
別室で待っていても問題ないんじゃないのか?
と思わなくもないが、イエリヒがそれでいいと言ってもおそらく外来塔の規則が許さないのだろう。くそが。だから嫌いなんだ頭が固くて嫌になる。
手持無沙汰な俺は、口に出せない数々の恨みと嫌味を内心で羅列する。
そのうちに儀式は粛々と進み、見慣れた光が薄暗い室内にほとばしった。
ああ。何度経験しても嫌な瞬間だ。
終わるはずの命を、どこかの誰かを、勝手に呼び付け受肉させ、勝手に支配下に置く。その上女ならば身体を売れと、男ならば娼館で身を粉にして働けと、わけもわからない状態の獣たちに押し付けなければならない。
だから嫌いだ、召喚式など。
けれどやらなければならない、俺が召喚した獣たちの、群青たちの、すべての宵闇亭の従業員の為に。
光が薄れる。闇がまたひっそりと部屋の隅から立ち上る。
まず、目に入ったのは驚愕に見開いた瞳だった。黒に近い、美しい形の瞳孔。
――年若い、男。おそらくは二足歩行。何より我々色の種族に、外見は酷似している。
召喚獣は我々の言葉を知らない。故に、召喚士であるイエリヒとしか意志の疎通はできない。粛々と質問を浴びせるイエリヒに対し、ハルイと名乗った男はあっけないほど簡単に自らをニンゲンだと言った。
それに、料理ができる、と。
あまりの幸運に、正直喜びの声を上げるところだった。危ない。ぐっと飲み込まなければ、俺は珍しく笑ってしまったかもしれない。
ニンゲン! 男! いや女ではなくて良かったとも言える。女であればどうしても、群青になってもらわなくてはいけない。だが男なら、正々堂々と使用人として雇える! しかもこいつは喚かないし泣かないし、文化と知識を持ち合わせているように見える!
もしかしたら含み笑いが零れていたかもしれない。
ハルイというニンゲンは少々怯えたような目で、そしてイエリヒまでも一歩引いて俺の方を振り返ったからだ。
「……あの、どうしましょうか。そのー……一応、わたしとハルイの契約は仮のものなので、規則に乗っとるならばすぐにゼノ様とハルイの本契約の儀式を――」
「必要ない」
「アッ、はい。ですよね。はい。知ってました。ということはやはり、いつものアレを、そのー」
「勿論やるぞ。なんだ忙しいのかイエリヒ」
「とんでもないです……おちこぼれですのでとても暇です……」
「見たところ頭は悪くなさそうだ。存外に度胸もある。悪くない、というか上々だろ。よし、召喚獣に伝えてくれイエリヒ。――今からお前に、俺達の言葉を叩きこむ」
おそらくイエリヒは諦めたような苦笑とともに、俺の言葉を正確に伝えたのだろう。
瞬きを二回。その後に首を傾げた『ハルイ』は、引きつった顔で何事かを喚いたが……残念ながら、俺はニンゲンの言葉を知らない。
「……訳しますか?」
「いや、いい。どうせ罵詈雑言だろう。いくぞ、イエリヒ。悪いがこいつが言葉を覚えるまで、付き合ってもらう」
「はぁい……」
「そう嫌がるな、給料は出す。それに、ソレの飲み込みが良ければ早ければ三日で開放されるはずだ」
「最短記録は五日ですよぅ……はー、本職がなにか忘れそうになる……わたしは本当は語学の教師なのかもしれない……」
「おまえがこの塔に解雇されたら、語学教師として雇ってやるよ」
久しぶりに気分よく外来塔を出ることができる。
気分が良すぎて、ハルイに手を貸し立たせたのちに軽く背を叩くなどしてしまった。まあ、頑張れという意味合いの言葉は割合よくかける。うん。それと似たようなものだ。
何しろハルイというニンゲンには、召喚士の通訳を介さないでも言葉を話せるようになってもらうのだから。
……まあ、頑張れ。
話せるようになったなら、恨み言でも愚痴でもなんでも聞いてやるさ。
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