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【22】メインディッシュは寝台上に
しおりを挟む「お、かえりなさい……ませ」
窓をきっちりと閉めた部屋には、うすぼんやりとした明かりが灯る。うっすらと香るのは、青の花の香油だろうか。甘さの中に鼻に抜ける爽やかさを感じ、盛大に吐き出しそうになったため息を飲み込んだ。
妙に派手な色合いの服を着せられ、整えられた寝台の上に腰かけるハルイに迎えられた俺は、あー……いや、おまえ、これは、その、どういうことだ一体……。
「……確かに俺は『抱くぞ』と言ったが……何もここまでお膳立てして待っていろ、とは言っていない……」
「あ、はい。おれもそう思います」
苦笑いを零す顔を見れば、ハルイが率先して動いたわけではないことくらいはわかる。おせっかいな群青と、やたらと情に厚い鉄紺の仕業だろう。アレらは少し大げさな程、宵闇亭の料理人を気に入っている節がある。
そういえば出迎えてくれた中に、眠そうな顔のリットンとイエリヒもいたな……。もしや、アイツらもいらぬ世話を焼いたのだろうか。
厚い外套を脱ぎ、手袋を放り投げる。じゃらじゃらと煩く重い総称枸品を端から外し、サイドテーブル上に適当にまとめて置く。
装飾のせいで若干肌さわりが悪いシャツは、首元を緩めてもリラックスできない。が、今は、着替えている余裕など微塵もないので我慢するほかない。……ハルイにも、我慢してもらうほかない。
緊張した面持ちでちょこんと座っているハルイの隣に腰かけ、手を握る。お互いの中指の指輪が、カツンとぶつかる音がした。
密着するように抱き寄せた身体からは、香油とは別の甘い香りがする。
「ユノー族の装束だな。確かにおまえには似合う、と思っていたが、一晩で作らせたのか。ニスヌフは非番じゃなかったか?」
「あー……えっと、フールーさんが張り切っちゃって……おれは、無理しないでいいからって三回くらい言ったんだけど。どうせゼノさま服とかどうでもいいとか言うと思うし、って――」
「間違ってはいないがニュアンスが違う。俺は、おまえがどんな服を纏っていようがすべからく愛おしいと思っているだけだ。勿論似合うものを纏えばその分麗しいと思う。……おまえは青が似合うな」
指輪を指でなぞり顔を近づけると、割合素直に唇を寄せてくる。
ハルイの舌は妙に冷たい。……緊張しているのかもしれない。
それが愛おしく可愛くて仕方がない。徹夜の疲れなど、一瞬でどうでもよくなる程に。
「…………あの、えーと、その、帰って早々すぎません? ゼノさま、疲れてない? もしかして寝てない? つかイエリヒさんが言ってたけど、何も食ってない? 腹減ってんじゃ……」
「なるほど、おまえを先に食わせろ、と言わせたいわけだな?」
「ちっがいますよ本気で心配してんだっつの! ちょ、やめろ! エロい触り方すんなイケメン!」
「うるさい触らせろ。これでも最短記録で白館を出て来たんだ、労え。……ああ、いや、労わなくていい。労わなくていいから、キスがほしい」
「……言い方がエロい……」
「何とでも言え。本望だ」
やっと触れることができる。
普段からちょくちょくとちょっかいをかけてはいたが、あんなものは悪戯の範疇だ。
わちゃわちゃと口ごたえするわりに、ハルイは嫌がるそぶりを見せない。触ることを許されている、と思う。それがあまりにも嬉しく、気をつけていないと容易に破顔しそうになった。
「暫くは二人きりだ。誰も見ていない。誰も聞いていない。店は皆に任せた。俺とおまえ二人程度、明日までいなくともどうにかなるだろう。もとより俺などいてもいなくても店は回るんだ」
「いやぁそれはちょっと謙遜しすぎじゃないっすかね。でも、そのー、本当に、ちょっと休んでからでも……」
「嫌だ。おまえがほしい」
言葉を飾ることすら面倒で、つい、思ったことをそのまま口にしてしまった。
疲れているのは本当だ。いまから常のように働け、と言われたら流石に拒否するだろう。だが、俺がなんのために最短記録で義務をこなしたと思っているんだ? ただひとつ、おまえのためだ。
絶句したハルイは、見事に赤くなって俺の胸に沈み込む。
「その、なんつーかこう、たまにバーンって我儘かますところ、グッときてウワーッてなるんですよぅ……」
「……嫌じゃないか?」
「嫌だったらさっさと理由付けて逃げてます。ドキドキして吐きそうだからここに居んの」
ハルイの言葉は歪曲的だ。けれどその遠回りな睦言が、耳に甘く柔らかい。
ユノー族の衣装は、前合わせの長着だ。腰の帯をほどいてしまえば、容易に服を脱がせることができる。
己のシャツのボタンをいくつか外しながら、ハルイに口付けた。
応じるハルイの息が荒く、熱くなっていくのがわかり、早くも理性がぶっ飛びそうだ。身体は休息を求めている、正直くたくただ。けれど、目の前の男が可愛くて仕方がない。俺の口づけを受け入れてくれる喜びに、頭がおかしくなりそうだ。
恋を知らぬとは言わないが、あまりにも久しく忘れていた感情だ。まさか異世界の召喚獣相手に我を忘れる程恋焦がれるとは、思ってもみなかったが……。別に、誰に迷惑をかけるわけでもない、と開き直る他ない。
口づけを繰り返しながら、寝台にハルイを寝かせる。
見上げる瞳は熱で潤み、ひどく恥ずかしそうで、くそ、かわいい。寝不足と興奮で頭が馬鹿になっているし言語能力も死んでいるのだろう。かわいいことしかわからない。
いまならユツナキと同じレベルの会話ができそうで嫌だと思う。頭の中を占拠するのは、興奮よりも感動。そしてかわいい、という頭の悪い感想。
ハルイの外見が見目麗しいかどうかと問われたらわからんが、かわいいものはかわいいのだ。
ギリギリ残っている理性を総動員し、できるだけ丁寧に腰の帯に手をかけたところで、ハルイが恥ずかしそうに口を開いた。その、視線を外す仕草すらかわいいのだから俺はもうだめなのだ。
「待っ……あー。あの、おれ、男ですけど、大丈夫っすか本当に……」
「何を今さら。どこをどうみても女には見えないから安心しろ。俺はその喉の骨と鎖骨に興奮する」
「……白館の女の人より?」
「愚問だ。あんなものただの義務だ。労働に近い。レルドの慈悲がなければ己を勃たせることも難しいんだ。白館の話は次の呼び出し日まで思い出さないことにしているから今後禁句だ。……まだ喋り足りないか? 言いたいことがあれば、とりあえず聞くぞ。その代わり、しばらくは睦言以外の発言を許さない」
「その台詞が似合うの、ちょっとどうかと思うんすけど……」
「褒め言葉として受け取るぞ」
少し笑う。零れた笑いを受けて、ハルイも息を零すように笑った。くすぐったそうに笑うハルイの耳に口づけし、首筋に唇を移す。ハルイが話すたびに、皮膚から直接声が伝わるように感じる。
おれね、とハルイは口を開く。俺はただ、素直にその言葉を聞く。
「おれ実は、料理そんな得意じゃないんですよ。得意じゃないってーか、普通ってーか……」
まあ、なんとなく察していた。俺たちにとってハルイの料理は絶品と言う他ない食い物だが、ハルイの世界では当たり前のスキルなのだろう。
俺たちがある程度魔法陣の構築ができるように、生活の為には当たり前に必要なこと。それが、ハルイの世界では料理なのだ。
別に得意なわけじゃない。特別、上手いわけじゃない。ハルイは料理を褒められると、照れるというよりは申し訳なさそうにする。それは恐らく、本来ならば誇れるような技術ではないからだろう。
「でもさ、みんながすげーうまいうまいって食ってくれて、すげー褒めるんです。群青ねーさんたちは何出してもおいしいよって笑ってくれる。鉄紺のみんなは皿を舐める勢いで最後まで食ってくれる。だから最近はなんだか、おれってメシウマ料理人なんじゃねーの? って錯覚してきちゃって」
「錯覚じゃない。いま、この世界ではおまえの料理は何よりも勝る一級品だ」
「ほら、試食係の当主さままでそういうこというじゃん?」
事実だ。そう言えば、ハルイが眉を落とした気配がした。
「なんかさ、それと一緒なんです」
「……一緒、とは?」
「ほら、ゼノさまさー、……おれのこと、好きだって言うじゃん? すげー好きって言うし、ことあるごとに、大事だとか一番だって言ってくれる。だからおれ、すげー好かれてんのかなって、錯覚すんの」
「――錯覚じゃない」
好きだ、と言葉にしながらこめかみに口付ける。
誰よりも好きだ。というより、他の誰と比較することも難しい。俺は宵闇亭の仕事をこなすだけの生活に満足していた。目のまえの仕事だけをこなして生きて来たし、これからもそうやって日々を消費するのだと思っていた。
そんな惰性にまみれた生活をぶち壊したのはハルイだ。いまだに、何が俺の琴線に触れたのかさっぱりわからないが……恋など、まあ、そんなものだろう。
おまえが好きだ、と言うことさえわかっていれば、もうどうでもいい。
「あー。あと一個いいです?」
「まだ何かあるのか……おまえ存外に無駄話が好きだな……」
「今更なんすけどーそういやちゃんとセックスした記憶ってなくてー……おれ、美味しくないかもよ?」
「味など知るか。おまえがいい」
指を絡め、大真面目に見下ろすと、ハルイが笑う。照れくさそうに、笑う。
そして俺の首に腕を絡め、半裸のまま抱き着いた。
「……おれも、ゼノさまがいい。前世も今世もまるっと含めて、おれの人生のなかで一番好きです」
「…………………」
「…………え、うそ、泣いてる? 黒館さま、泣いちゃってます?」
「ないてない。グッときてグワッとしただけだ。その呼び方やめろ、俺は名で呼ばれたい。あともう一回言ってくれ」
「……ゼノさまも無駄話だいすきじゃん」
ゼノさまが好きです、と告げられたその言葉を、俺は生涯忘れることはないだろう。
黒の期間が迫るとある日。
俺は愛しい者を手に入れたのだ。
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