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騒がし芳し宵闇亭
【04】フール―
しおりを挟む「以上、ギャリオさんからの中間報告です」
言うべきことをすべて告げ、以下補足の説明に入る。
「いまのところ予定している面接の半分、良いペースで進んでいます。大きな問題点もありません。強いて言えば、ユツナキが……と」
「は? ユツナキ? ……一番心配していなかった奴なんだが、それはどういうことだ。言ってみろ」
「はい、あの、『こいつに我慢って概念叩き込んだ奴誰だよすげーなうけるでもまあ精神上の問題はねーよ』とのことで」
「……ハルイか……」
「ハルイさんですね。まあ、甘味というご褒美を目の前にすることにより彼女も学習する、という事実は確かに発見ではありましたから。あの教育方法が、ユツナキに無理を強いているわけではない、とわかったのは朗報です」
「ああ、確かに……」
「カザナに関しては二回目の面接が終わったところです。いまのところは問題なし」
「……そうか」
心底安心されたように息を吐き、ゼノ様は椅子に凭れた。
この時期の宵闇亭はとにかく多忙だ。黒に飲み込まれた世界は、活力で満ち溢れ、そしてその無駄な栄養は無駄に溜まり、やがて毒となる。その毒を、吐き出すには宵闇亭を利用するのが手っ取り早い。
黒の期節はとにかく、シンプルに忙しい。
その上花狩りの後は、ゼノ様はいつもやきもきと気を揉まれていらした。
調香師ギャリオは、花を買い取りに来る。
けれど、彼の仕事はそれだけではない。
群青と鉄紺の声を聞き、感情を嗅ぎ、誰も彼もが何かを我慢していないか。不満を抱えていないか。皆それなりにきちんと言葉を放てているか。……その心の診察をまかされているのが、彼だ。
個人的に好きか嫌いかと問われたら視界に入れた瞬間殺したくなるのだが、これはどんな殿方においても私は同じ反応をすると思うので割愛したい。
いや、最近はリットンさんならどうにか我慢できるようになってきた。全世界の灰の種族がリットンさんとイエリヒさんだったらいいのだけれど、勿論そんな世界はあり得ないので仕方ない
以前は私がこの世界で唯一殺意を抱かない殿方だったゼノ様は、いつもいつも、こちらが心配になる程私達に心を砕いてくださる。
特にゼノ様が心の健康、という点で気にかけているのはカザナだろう。
私はまあ、相手を殺したくなるという習性をどうにか耐える術を身につけたし、ユツナキも言葉を偽り我慢するタイプではない。言葉が不自由なものでも辛い時があれば手を上げる。どこか不調があれば、言いやすい誰かに言えばいい。
そういう風に、私達はお互いを支えているのだが……事、カザナに関しては、特殊過ぎてどうにもできない事情がある。
感応型、と、レルド様は呼んだ。
宵闇亭、青色上三の仮色カザナは『相手に合わせてどんな性格でも演じる』。
けれどこれは、カザナの演技ではない。
カザナは、相手に対して自分の性格を勝手に合わせてしまう。まるで、色を変える保護色の生き物のような性質を持っているのだ。
故にカザナに何を問おうとも、カザナの本心はわからない。
私が彼女に何かを問うても、返ってくるのは私が求めている言葉だけだ。
私が怒ってほしいと思えば、カザナは怒る。
私が泣いてほしいと思えば、カザナは泣く。
そういうふうに、彼女は勝手に性格が変わってしまう。そういう風に、勝手に言葉を吐いてしまう。
それでも最近は自我が出て来たんだと笑う彼女の笑顔は、果たして私が望んだ答えではないのだろうか? 本当に? 本当にそれはカザナの自我なの? 私が言わせているわけではなくて?
そんな事を考え始めると、こちらの方が、精神が参ってしまいそうになるのだ。
カザナが本当に無理をしていないのか。本当に嘘偽りなく毎日を健康に過ごしているのか。
その判断ができるのは、感情の機微を嗅ぎ分ける調香師だけだ。いえ、他にもきっと、選択肢はあるのだろうけれど……今のところ、宵闇亭はギャリオに頼るほかない。
「前回はギャリオの手が空かなかったからな……」
「南の方に長くとどまっていらした、と聞きましたが」
「とどまっていたというか、いざこざに巻き込まれて長らく監禁されていたようだ。結局和解……というか、停戦した合間に逃れて来たらしい」
「……想像以上に壮絶な事情でした。世界は思いの外、混乱しているのですね」
「いつだって似たような歴史を繰り返しているだけだ。レルドの半生を聞いた方が壮絶だぞ、たぶんな。この街もひと時の安寧に浸っているだけだ。まあ、もとより黒と白は相互理解に欠けるしな……」
「ゼノ様は、特別に白を憎んでいらっしゃるわけではないでしょう?」
「ん? ああ……まあ、別にどうでもいいな。懇意の白が居れば普通に話すとは思う。いまのところ個人的に会話をするのはシェルファくらいのものだし、アイツとは懇意にはなりたくないがな。俺は、宵闇亭が長く続けばその他のことは割合、どうでもいい」
ギャリオに精神往診を依頼されるのも、宵闇亭の従業員を思ってのことだろう。
この方の愛情を目にする度、目をあけて初めて見たものが白ではなく、黒であったことに感謝をする。
特に私は、この二度目の命にとても感謝をしているから、黒館様を敬う気持ちは格別だ。
「報告は了解した。ギャリオに感謝と、引き続き残りの仕事を頼むと伝えてくれ。カザナは面倒だろうが、特に目をかけてやってほしい。フールー、おまえもご苦労だった。……嫌でなければこれを持っていけ」
コトリ、と机の上に置かれた小瓶を前に、私は馬鹿正直に首を傾げてしまう。
文脈から察するに、私に対する贈り物、だと思う。
が、今までゼノ様は『群青』に物を与えることはあっても、『フールー』に何かを与えるようなことはなかった。勿論、労いの言葉は多く頂いているけれど。
はて、と顎に手を当てる私に対し、ゼノ様はひどく言いにくそうに頬杖をつく。
その仕草は照れ隠しに他ならない。よく、ハルイさんとお話している時に見る仕草だ。
「あー……香油は嫌いじゃないだろ。ギャリオに交渉して、予定よりも多く仕入れた。おまえはいつも他よりも多くの仕事をこなしてくれる。たまには贔屓してもいいだろう」
「はあ、まあ、その……とても、大変、嬉しく思いますが」
「……本当か? 表情がぴくりとも動いていないが」
「驚きすぎて感情が顔にまで届いていないんです。一体、どういう風の吹き回しですか」
「平等でいなければならない、という呪いにかかっていたんだ。それがまあ、なんだ……多少俺が我を通しても、誰も怒りはしない、と、散々言われてやっとそう思えて来た」
「主にハルイさんにですね」
「うるさい……いや、まったくその通りだが、おまえ、そんなズバリと口ごたえするような性格だったか?」
「出過ぎた発言を謝罪いたします。……多少私が我を出しても、きっと黒館様は怒らない、と思ったもので」
「……その呼び名は好かん。親愛を込めるならば名を呼べ」
「失礼いたしました」
殊勝に頭を下げ、顔を上げた瞬間にやけそうになり、慌ててぐっと唇を噛む。
ああ、いけないいけない。感情を出してはいけない、はしたない。顔を両手でぺしぺしと叩く。
と、机の向こうのゼノ様がにやついているのが目に入り、尚私の頬に力が入る。
「……なんでしょう。私はギャリオと違い、感情を嗅ぎ分けるなどという器用な真似はできませんので、言いたいことがあればどうぞお言葉で」
「いや……おまえ、存外にかわいいな、と……」
「なるほど、『ゼノさまがぽろっと零す唐突なドストレート口説き文句心臓に悪い』というハルイさんのお言葉、今しがた理解いたしました」
「待て。その話はなんだ、ちょっ……詳しく聞かせろ!」
「嫌です、群青トークは殿方禁制です」
「ハルイも殿方だろう!」
「恋する殿方は参加可能ですので」
参加条件に異議がある、と言う言葉は聞こえなかったふりをする。
大丈夫、私達の黒館様は、とても寛大で優しい方だ。ほんの少しの我儘も、言葉遊びも、楽しく見逃してくれるだろう。
この方は、群青を、鉄紺を、宵闇亭を何よりも愛しているのだから。その愛の上に胡坐をかき、私はこらえきれない感情を少々口の端に乗せた。
「お駄賃、ありがたく頂きます。フールー、引き続き宵闇亭のお仕事、励ませていただいます」
この世界風に膝を下げて挨拶を返すと、ため息一つですべてを許してくださった甘いゼノ様は、喜んでもらえたならそれでいい、と呟く。
「おまえの記憶力、洞察力、冷静な判断と対処、間違いのない報告、すべて頼りにしている。それは俺からの賄賂だと思え。まあ、毎回駄賃を持たせるわけにはいかないが……」
「心得ております。それでは、私は夜の準備を致しますので」
礼儀正しく執務室を後にした私は、手の内に忍ばせた香油の瓶をからりと転がす。うふふ。私は知っている。昔の私は知らなかったこの感情を、今の私は『幸福だ』と認識できる。
私は幸福だ。とてもとても、恵まれている。
もう誰も殺さなくていい。もう誰の首も切らなくていいし、誰の首も絞めなくていい。目に金属の釘を刺さなくていい。舌をエンマで抜かなくていい。
殺さなくていい、ただそれだけでも涙が出るほどに優しい世界だった。
それなのに宵闇亭の主は私を必要としてくれる。宵闇亭の皆は、私を慕ってくれる。こんな幸福があっていいのだろうか。
「……いけない、気を、ひきしめなければ」
ぐっと顔に力を入れる。
私はうっかりするとすぐに前世の癖で殿方を殺そうとしてしまうのだけれど、それを耐えるときのように腹と顔に力を入れた。……私が殿方への殺意を堪える顔が恥じらいを堪えているようで愛おしい、と、褒めてくださる方が多く、大変申し訳ない気持ちになるものだが……好いてくださるならば、どんな理由であろうと嬉しいものだ、と思うことにする。
ギャリオはいるだろうか、と顔をだした厨房は、今日も花の匂いで満ちている。
しばらくは香油作りのせいで、まかないご飯も花の香が付きまとう。私は気にならないし、群青は華やかだと喜ぶ者が多いけれど、ハルイさんは気になるらしい。本来の料理を知る者と、知らぬ者の差なのだろう。
残念ながら目的の猫背の男はいなかったが、ハルイさんは笑顔で『フールーさんが探してたって言っとくよ』と応えてくださった。今日もほれぼれするほど、爽やかだ。
そうだ、と思い立ち、私はこっそりと香油の瓶を手の内で転がしながら、ハルイさんに向き直る。
「これは参考までに教えていただきたい群青トークなのですけれど。ハルイさんは殿方のどこに性的な魅力を感じますか?」
「え。性的な……え?」
「参考までに。ぜひ。とても大事なことなのです。ぜひ。仕事で活用したいのです」
「いや、うん? そう? なの? ええーと魅力……ボ、ボタン多めに外してはだけてるシャツから見える胸元の筋肉……とか……?」
「なるほど。参考にさせていただきます」
好意には、好意で返すべきだ。親愛には親愛を、そして、賄賂には賄賂を返すべきだろう。私はたぶん間違っていない。うん。
さて、ゼノ様に耳打ちする賄賂を手に入れた私は、心置きなく部屋で香油を焚くことができる。『ミノトちゃんにちゅーをしたらみんなに怒られた』としょぼくれていたユツナキも呼ぼう(ただし、キスの件はもう少し怒った方が良い、ギャリオに見つからなくて本当に良かった)。あとは、ギャリオに引っ付かれて文句を垂れ流していたカザナも。
「うふふ」
私は幸福だ。
この幸福を噛み締めながら、宵闇亭に漂う花の香をぬい、過去を振り落とすようにと少し、早足に歩いた。
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