CRoSs☤MiND ~ 過ぎ去りし時間(とき)の中で ~ 第 二 部 藤 原 貴 斗 編 * 罪の意識 *

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第 一 章  束縛の始まり

第一話 事 故

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 藤原貴斗は余りの惨劇な光景を見て暫し呆然としていた。駆けつけた警察官達が野次馬の対処、事故の調査をしている。救急隊員達は軽傷者のその場での手当て、負傷者の救出に懸命になっていた。
「ハッ!」と俺は我に返る。
 こんな事をしている場合ではない、早く涼崎さんを探さなねば。この事故に彼女が巻き込まれていない事を祈りつつ周囲を探索する。しかし、見つからない。何台か停まっていた救急車が負傷者を乗せると次々にサイレンを鳴らしながら走り去って行く。それを見て一瞬、ネガティヴ思考が働いて嫌な事を考えてしまった。
 目の前を走り去ってゆく救急車のどれかが涼崎さんを運んで行ったのではないかと。だが、回りの状況は酷い有様、特に公衆電話付近は。そこは宏之との待ち合わせをしていると言ったその場所だった。・・・、それしか思い浮かばない。
 俺は決意し、調査中の警官の一人に冷静に尋ねることにした。今の俺は余り上手く喋れないが相手は警察官だ。出来るだけ丁寧に話さないとまずいだろうな。
「お尋ねしていいですか。今の救急車の中に涼崎春香という人物は居なかったでしょう」
「君、今ここは立ち入り禁止だ。下がった、下がった」
「急いでいるんです!」
「その方と君の関係は?」
「大事な友達だ!」
「何か証明できる物は持っていますか?」
 そう言われ、とりあえず何時も財布の中にいれてある学校が発行している身分証明書を提示した。そして、その警官は俺のそれを確認した。
「確かに同じ学校の生徒がいましたがそれだけでは君と関係が本当にあるのか分かりませんよ。それに君が面白半分で聞いているのかもしれないし」
〈クソッ、学校が同じだけじゃ駄目なのか、こっちは必死だって言うのに・・・。ちっ、俺よりは強そうではない、力でねじ伏せてやろうか・・・、だが、それはまずいだろう。今後の事を考えると・・・〉
 ほんの僅かの間、俺は拳に力を込めたが、直ぐにそれを緩めて、ない頭を振り絞って自分の持ち物から彼女との関連性を示すものを探り当てる。
 そういえば、この前の祭りの時の写真、携帯の画像データとして保存しておいたはず・・・、携帯をジーンズの裏ポケットから取り出し画像を検索する。そしてそれを確認した。小さくて見づらいが今はそれに賭けるしかない。
「それじゃ、携帯のこの画像に写っている写真、この女の子」
 そう言ってそれを警官に示した。その写真にはこの前、撮ったばかりの数少ない心の許せる仲間達が写っていた。その中に涼崎も含まれている。
「少し、見づらいですが余りにも君の表情が真剣なのでいいでしょう。通常、友達程度ではお教え出来ないのですがね、確認してみます」
「あっ、有難うございます」
 あれで駄目だったら、本気で目の前の警察官を脅してしまいそうだったが何とかなった。
 後は彼女の所在を聞くだけだ。事が通ると目の前の公務員は腰にぶら下げていた無線を取り出し何かを確認し始める。それからのその警察官は手際よく、俺に対応してくれる・・・。
 俺が思った事を実行していたら、今頃、数人の警察官に取り囲まれ、連行されていたところだろう。馬鹿な事をしなくて〝ほっ〟としたし、今では俺の対応してくれる目の前の男に本気で感謝している。返って来る答えはまだ分からんが。
「先程の事故の確認をしたいのですが、被害者の中に聖稜高校の学生で涼崎春香という人物は含まれて居たでしょうか?涼しいに山偏に奇数、偶数の奇のサキ、春が香ると書いて涼崎春香です、ドーゾ」
「被害者氏名確認、涼崎春香、該当者一人一致、ドーゾ」
「彼女の運ばれた病院先をお願いします、ドーゾ」
 暫くして、警官が声を掛けてくる。
「君、場所が分かりましたよ」
「ドッ、何処ですか?」
「場所は国立済世総合病院、場所は・・・」
「本当に有難うございました」
 礼を言うと自分の乗ってきたMXBの所まで戻る。自転車に跨りながら携帯のWebで場所を確認した。ここからだと自転車で行くには時間が掛かり過ぎる、電車?バス?駄目だ!二度手間。
 財布の中を確認する。3万5千円・・・、チッ、今は金の事なんて気にしていられる状況じゃない。俺の脳裏には詩織とのデートの為に無駄遣いはしないという選択肢は全く浮上してこなかった。
 俺はタクシーで行く事にした。さすがに駅前なのでタクシーが多く停まっている。空車と書かれている一台のタクシーの所へ駆け寄って窓をノックし運転手に呼びかけた。
「どちらまで」
「国立済世総合病院。急いで!」
 俺は急ぎそれに乗り込んで、そう行き先を告げた。
「了解いたしました」と言うと運転手は車を発進させた。
 移動中、運転手が何か話し掛けて来たようだった。だが、不安で心が押し潰されそうで全く耳に入っていなかった。それから約30分掛かってようやく目的地に到着する。
 金を払い釣りを受け取らずそのままタクシーを降り急いで病院の中に駆け込み病院内の受付へと向かった。
 病院内の受付は凄い込みようで、これでは自分の順番が来るまで相当掛かりそうだ。そう思った俺は廊下を歩いていた一人の看護婦を呼びとめ、それらしい場所を尋ねていた。その看護婦は丁寧に場所と行き方を教えてく、それを聞くとそこから走り去ろうとした時、『病院内では走らないように!』と注意されてしまった。
 早歩きで目的地へと向かう。ようやく辿り着いた時、まだ頭上の手術中のランプは光っていた。
 周りを確認したが涼崎の両親らしき人は見当たらなかった。というか俺意外誰も居ない。まさかまだ連絡されていないのでは?と思って電話を掛けることにした。
 病院内では携帯などの電子機器は使用禁止となっているので表に出て電話を掛ける。携帯のメモリーから涼崎の電話番号を引き出し、通話ボタンを押した。
『プルルルゥー、プルルルゥー、プルルルゥー♭』と呼び出し音がなった後に向こう側で誰かが出たようだ。
「もしもし、藤原という者ですが」
「エッ、もしかして貴斗さん?どうしたんですかぁ、珍しいですねぇ」
 その変わったイントネーションの声で涼崎春香の妹、翠である事が分かる。
「急用だ、君の両親を出してくれ。父親でも、母親でもいい」
「どうしたんですかぁ~?」
「居るなら、いいから早く」と俺のその口調に驚いたのかすぐに彼女は反応してくれる。
「ちょっとまってねぇ!ママァ~~~ん電話だよぉーーーーーーっ!」
 彼女の母親を呼ぶ声が受話器越しに聞えてくる。それから少ししてオットリした口調の女性の声が聞こえてきた。
「ハイ、翠の母親の葵と申します」
 なんとも穏やかに彼女の母は俺に自己紹介してきた。そんな事している余裕などある筈が無いのに俺も釣られて自己紹介してしまった。
「涼崎春香の友達の藤原貴斗と申します」
「あら、アナタが貴斗さんなのですね?」
 まるでその人は俺の事を知っているかのような口調でそう言ってきた。でも今はそんな事を気にしている場合ではない。この様子だとまだ警察から連絡が届いていないのだろう。だから用件を早急に伝える。
「驚かないで聞いてください、涼崎春香さんが事故に・・・、病院の場所は双葉大町の国立済世総合病院。いいですか双葉大町の国立済世総合病院です」
 そう告げると相手の返事を聞かず電話を切った。電話を掛け終わった俺はまた元の場所へと戻って行く。約1時間経つ。その間、近くに有ったベンチシートに腰を下ろし、俺はうな垂れていた。いまだ手術中のランプは消えない。
 そのランプを見上げていると幾つか〝コツンッ、コツゥンッ、コツンッ〟病院の床を踏み鳴らす足音が俺の耳に届いてきた。その足音が目の前で止む。そして、その内の一人が言葉を掛けてきた。
「貴斗さん・・・」
 心配そうにそう声を掛けてきたその主は翠であった。
 俺は顔を上げる。そこには俺の知っている彼女の顔と春香の両親らしき人達が立っていた。
「初めまして、春香と翠の父親の涼崎秋人と申します。ホラ、お前も挨拶しなさい」
「先程はどうも有難うございました。改めて自己紹介させて頂きますわ、母の葵です」
 父親の秋人は物腰が確りしていて威厳のある人のように思えた。そして、母親の葵はその口調から察するとオットリしている様な性格に思えた。その二人を見ると、とも慌てている様子は無い。何でそんなに冷静で居られるのか理解できなかった。
「貴斗君でしたね?君が家内に連絡をしてくださったそうですね。誠に感謝しております」
〈感謝される様な事はしていない、俺の所為で彼女がこんな目にあったんだ〉
 心の中でそう叫んでいた。ただ心の中で叫ぶだけ。
 記憶喪失の前は如何だったか知らないが、言葉に出来るほど今の俺は強い精神などありはしない。
「私は勤務先に警察から電話があったので急いで家に向ったわけです。ちょうど私が家に到着した時、君から連絡が有ったようですね」
 秋人がちょうど話し終えた時、走ってくる足音が聞こえてきた。そしてその足音が止む。
「ハァー、ハァー、ハァーッ」という息を切らせる音が聞こえて来た。
 それが聞こえる方を見る・・・・・・・・・、今、最も顔を合わせたくない奴、柏木宏之、俺の親友その人であった。
「あら、宏之さん如何してこちらへ」
 葵のその言葉を聞いて宏之が顔を上げる。
「俺の所為で、俺の所為で、春香が、春香が・・・・」
 いつも陽気にしている宏之が急に静かに泣き始めた。この時、涙を流す宏之を初めて目の当たりにした。しかし、宏之は今こう言った〝俺の所為だ〟と馬鹿な何を言っているんだ?これは俺の所為だ!
「宏之、何馬鹿な事を。涼崎さんが事故ったのはお前の所為だって?違う、俺の所為だ」
 その言葉で初めて宏之は俺の存在に気付いた様だった。
「貴斗、何でお前がここに居るんだ!?」
 それは彼にとって当然の疑問だっただろう。
「お前には関係ない」とこう答えを返してしまっていた。
  何故この時、こんな言葉を発したのか自分でも分からない。しかも、無理に冷静を装ってまで・・・。
「それでも、涼崎さんが事故ったのはお前の所為ではない」
「ハァン?なに言ってんだ」
「二人とも止めなさい!」
 今にも言い争いをし始めそうな俺達二人に春香の父親が諌めるのではなく、宥める様に優しい口調で仲裁に入ってきた。
「宏之君、貴斗君、今はただ娘の安否だけを気遣ってください」
 秋人がそう言ってから更に1時間の時が過ぎ様としていた。
 一向に手術中のランプは赤く光ったままだ。
 シートを春香の家族に譲り、リノリウムの床に腰をすえて、ただ時間が経つのだけを待っていた。 そんな沈んでいる俺に対して春香の父親が傍に現れ話を掛けてきた。
「貴斗君、君がここに来た理由を話して貰えますか?」
 何故この人は俺の名前をハッきりと呼べるのだろうか?面識は無いのに。そう疑問に思ったがその人の質問を優先させた。ここに来た経緯をこと細かく彼に説明した。
 その人は目を瞑り何かを考えている仕草を見せる。
「フム、成る程それで貴斗君、君は自分の所為だというのだね」
 そんな彼の答えに対して抑揚の無い声返す。
〔・・・・・・・・・、はい〕
「話は変わるが、君の父親の名前は藤原龍貴さんではないのかね?」
 何の脈絡もなくその人はそんな事を聞いてきた。しかし、すぐそれ答えられなかった。なぜなら俺は記憶喪失のため両親や過去の人物関係といった物をもっていないからだ。
・・・、確か麻里奈さんが言っていた俺の両親の名前はと思い出してみる。すると確かに父親の名前が彼の言っていた名前と一致する。確証は無いが答えを返す事にした。
「ハイ、そうですが」
「ホォ~、やはりそうでしたか。君のお父さん、専攻は違った物でしたが大学時代、私の恩師でね。色々とお世話になったのですよ・・・・・・・・・・、君も随分と大きくなったモノだ」
「俺を知ってるんですか」
「一度だけ君に会っています。君がまだ、言葉すら喋る事の出来ない小さな子の時ですがね。ところで、ご両親はお元気ですか?」
 それになんて答えたら良いのか分からなかった。なぜなら俺の両親は死んでいるらしかったからだ。でもこれ以上この場を暗くしたくなかった。
「いつもと変わらず元気してる」
「そうですか、それではご両親に宜しくお伝え下さい」
 俺の言葉を言い終えた頃、春香の父親は俺のそばを離れ宏之の方へと向かった。多分、アイツがここへ来た理由を聞く為であろう。
 それからまた一時間の時が経っていた。
 既にあの事故が起こってから四時間以上経つ、それでもなお赤いランプは俺を責める様に点灯したままだ。それから数分してやっとの事でそのランプは消灯する。
 到頭その重い扉が開かれ担当医らしき医者が出てきた。
「涼崎春香さんの御家族の方は」
 その執刀医がそう言うと春香の両親が医者の前へと歩み出る。そこから彼等の会話が俺の耳に届いてきた。
「患者の容態ですが外傷も少なく、お嬢さんの顔に大きな傷が残る様な事も有りません」
 その会話に疑問を持った。何故、それならこれ程手術の時間が掛かったのだろうか?当然の疑問。その疑問も後ですぐ解決することとなった。その理由は涼崎の前に彼女より重傷の患者がいて、それの対応をしていたからだそうだ。
 彼女の手術時間は一時間くらいで終わった。それで事故現場からこんな遠くの病院に運ばれて来たのだと納得がいく。運命や奇跡、何って言葉は嫌いだけど、この時だけはその言葉に感謝した。何故ならあの惨劇の中、重傷を負わなかったから。
 思考を巡らしていると彼等の会話が終了したようだった。しかし、この時、俺は彼等の中で最も重要な会話を聞き逃していた。考え事をしていた俺の所に春香の父親が歩み寄って来た。
「娘の容態は、君達が思っている程、深刻ではない、だから後は私達に任せて君達は帰って休みなさい」
 その言葉を聞いて俺は安堵して胸をなでおろした。やっと落ち着いた気分になった。
「・・・・・・、また彼女の見舞いに来る」とだけ言い残し、俺はこの場を離れた。
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