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第 肆 話 人、降りる神の厳霊(いかづち)
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日曜日、今日は週一回だけ武と経司、そして美姫は二人の姉弟の祖父、双樹の剣術道場で朝から剣道の稽古をしていた。
ここら辺で家の道場はそれなりに有名で門下生も結構多い。それに年齢層も幅広かったりする。
「籠手有り、一本!赤帯、鹿嶋武の勝ち」
美姫の声で武と経司はお互いに礼をして元の場所に戻り面を外す。
「ウム、今の試合にて今日の練習は終わりじゃ。みな整列」
先ず神棚に礼をして師範である俺の爺ちゃんと二人いる師範代の八坂徹(やさか・とおる)さん、それと美作優(みまさか・ゆう)さんに礼をして解散。
他の門下生達がいなくなった後、俺と経司は道場の掃除を始めた。
経司はバケツから雑巾を取り出しそれを絞りながら小さな溜息を吐いてみせた。
「ハァ~、無性に腹が立つ。どうして練習を真面目にやらない武に負けるんだ」
「経司、まあ、まあ、そう言うなって。さっきの稽古試合はたまたま俺の運が良かっただけ。勝数にすればお前の方が多いだろう」
「そうだけどな・・・、だが、本来勝敗にたまたまは無いんだぞ。でも武の剣の才、俺よりすごい筈なのにそれを無駄にしているのが腹に立つんだ。もったいない」
「別に好きでやってるわけじゃない。爺ちゃんが無理に言うからやってるだけだ。・・・・・・、それより家で飯、食ってくだろう?」
「いつも済まないな」
「いいって、いいって俺達幼馴染みだろう。それにろくに家では食って無いんだろう?」
床の雑巾掛けを終えた頃に武や経司より先に道場から上がっていた美姫が私服姿に前掛けをした状態でここに現れた。
「武、経君、何をやっているの早く着替えてこっちへいらっしゃい」
「道着を洗いますからちゃんと洗濯籠の中に入れておいてね。もちろん経君のも一緒よ」
「美姫さん、いつも有難う御座います」
経司に美姫は軽く微笑むと道場から出て行った。
* * *
昼食を摂りながら彼等は最近ずっと放送されている怪奇事件の話しをしていた。
「本当、別の場所ではあんな風になってんのかねぇ~。やっぱ信じられないぜ」
「今の科学技術なら音声、静止画像、動画なんでも簡単に加工出来てしまうからテレビから流れる映像だけで判断するのは難しいだろうな」
「私は嘘か本当は分からないから余計に怖いわ」
「武、よいか?ちゃんと夜道では美姫を護るのじゃぞ」
「そんな心配要らないよ、だって俺より姉ちゃんの方が強いから」
「武ちゃん、そんな事を言わないで美姫さんを宜しくお願いしますね。経司さんもどうか・・・」
「あっ、ハイもちろんです。武と一緒の時は出来るだけそうします」
あの緊急報道があってからすでに一週間、俺達の周りでは何一つ可笑しな事はない。いたって平常な日々を過ごしていた。
これでいい、俺達がそんな訳の判らない事に巻き込まれるはずがない。そう思い願っていた。
* * *
更に二週間が経つ、ニュースでは毎晩の様に怪奇事件の話で持ち上がってるのに、やっぱり俺の周りでは何一つ変な出来事は起こっていなかった。
だけど、今、俺は美姫姉ちゃんとやや早歩き状態で学校から家に向かっていた、いつもより遅い時間に。
今日は経司も大地も一緒じゃない。経司は部活動中に家から連絡があったらしくて途中で帰ってしまったと姉ちゃんが言っていた。大地は今日学校に自体、来ていない。
「ねぇ、武。私すごく不安なの、どうしてなのか分からないけどすごく怖い」
「大丈夫だって、何の心配もないさ。それに・・・・・・、なんか遭っても絶対姉ちゃんだけは護るから」
「ウン・・・・・・、ねえ、武・・・、その・・・・・・手、握っていい?」
「ハァ、しょうがないな」
そう言うと姉ちゃんは直ぐに俺の手を強く握ってきた・・・、結構痛い。でもこんな美姫姉ちゃんを見ているとなんだ、かんだ言っても女の子なんだなと思う。
姉ちゃんの手を引きながら早く家に着ける様に近道をしようと近所の大きな公園の中の林を抜けて行こうとした。しかし、その選択は大きく見誤ったものだった。
林の奥からなにやら黄色く光るものが二つ。木々の間から注ぐ月明かりがそのモノを少しだけ照らし出していた。怪しく黄色に光る水晶体だけの双眸、全身白い体毛に覆われ身の丈二メートル近く、腕は長く掌が地面についていた。
獣神、その名を白猿という。そして、目の前に居るのはその白猿の中でも最も低位の者だった。
武達の距離からそれが何なのか見えないがその白猿の足元に人の体と思しき物が転がっていた。捕食ではなく、遊び終わった玩具のように・・・。頭はもぎ取られ、体の関節は人の意思では曲げる事の出来ない方へ曲がっている。その体中いたる所に牙や爪で抉られた後が生々しく残っていた。
その周囲の叢はその人物から流れ出た血で埋め尽くされていた。そして、その血の海の上には幾つかの肉片が散らばっていもる。
間近でそれを見たら吐き気だけでは済まないほど惨殺的なものだった。
白猿は武達の気配に気付き目をそちらに向けた。
〔ウキッ、匂いがする、臭いがする。ウキキキキキぃーーーーーーッ、天津と同じ匂いがする。殺してやる殺してやる。ウキキィーーーーーーーーーッ〕
白猿はゆっくりとその場所から武達の方に歩み寄り二人に聞えるようにそう人語で話しかけていた。更にその言葉をいい終えると物凄い勢いで間合いを詰め襲い掛かってきたのだ。
美姫は物の怪に脅え、その場で震え身動きが取れなくなってしまう。
「ウワッ、駄目だ、やられる。これじゃ夢の中と一緒じゃないカッ!俺はどうなってもいい、でも姉ちゃんだけは」
白猿が今にも振り上げた腕を降ろそうとした時に武の体に稲妻が走るような痺れと共に何かが流れ込んできた。
〈汝、我が魂の正当なる後継者。・・・・・・、汝、我が力を継承したくば我が名を告げよ。我が名は武甕槌〉
〈誰だ、俺に語りかけるのは?頼む力を、姉ちゃんを護る力を貸してくれ〉
〈今一度言う、我が力を継承したくば我が名を告げよ。我が名は武甕槌〉
〈タケミカヅチ?頼む、俺に力を貸してくれっ!〉
〈承知した〉
その心の会話は刹那な邂逅だった。すると俺の中に何かの力が目覚める。
気が付いた時には俺の腕は振り下ろされていた化け物の腕を自分の左手で受け止めていた。そして思いっきりそいつの胴体を蹴り飛ばしていた。
化け物は呻きながらも宙で身軽に体を捻り地面へと着地していた。
〔ウキキッ、ウキキキキキ、臭いがする、嫌な臭いがする。殺す殺す殺す殺す殺す殺す〕
「タケミカヅチ、どうすればあの化け物を倒せる?どうすればいいんだ」
〈ワレの言葉を復唱せよ・・・、我が右手に降りしは〉
「我が右手に降りしは・・・・・・・・・」
〈天の詔雷、我の力に鳴りて、邪を祓う。〉
「テンのショウライ???ワレのチカラにナりて、ジャをハラう」
〈伏厳霊の尊、我の招きに応じ、その名を轟かせ示せし。〉
「フシイカヅチのミコト、ワレのマネきオウじ、そのナをトドロかせシメせし?」
『紫電っ!!』
俺と武甕槌という者の最後の言葉は不思議と重なっていた。俺の体はその言葉のあと自然に動き、右手の拳を化け物めがけて打ち放っていた。
そして、その拳から一直線に青紫の光が空間を切り裂き物凄い速さで走ってゆく。それは見事に化け物の体の真ん中を捕らえ貫き、それを喰らったその相手はその場を切り裂く物凄い絶叫と共にのた打ち回り、しまいには霧の様になっていつしか消え去っていた。
他に化け物がいないか周囲の気配を探っていた。しかし、何も居ないと判ると俺は姉ちゃんの方に振り向き、恐怖で腰が抜けたのだろう彼女と同じ目の高さの所まで腰をかがめた。すると美姫姉ちゃんは俺の制服を掴み、子供の様に泣きじゃくり始めた。
部活の後シャワーを浴びたのか?姉ちゃんの髪の毛からほのかに甘い香りが漂い俺の鼻腔をくすぐっていた。そして、俺の男心をまどわ・・・・・・す、ってそんな馬鹿な事を思っている場合じゃない。
直ぐにでも姉ちゃんを宥めこんな場所からオサラバしないと。それにこれ以上遅くなれば連絡を入れているけど爺ちゃんもミサおばあちゃんも心配する。
「姉ちゃん、泣くな。もう大丈夫だ。悪い奴は俺がやっつけたから・・・・・・、立てるか?」
俺がそう言うと姉ちゃんは首を横に振って応えてきた。立てないようだと直ぐに理解する。嫌だけど今は仕方がない。俺は姉ちゃんを前に抱きかかえ立ち上がった。
「姉ちゃん結構重いぞ」
「たっ、武。ワッ、私そんなに太っていないわよ。五十キロ無いのに・・・・」
さっきまで泣いていた涙を目じりに残した顔で不満そうに訴えてくる。だけど、それを無視して家に向かって走り出した。
人を抱えながら走るのは結構辛かったりするぞ。それにやっぱり美姫姉ちゃん・・・、重い。たしかに姉ちゃん見た目かなりスレンダーだけど。俗に結う筋肉太りって奴かな。
「武?今何気に失礼な事を想像してない」
「美姫姉ちゃんは筋肉太りだって思っただけだ」
正直に答えてやると俺の胸中に姉ちゃんは肘鉄を喰らわして来やがった。
「痛ぅーーーッ、痛いな。そんな事するとここに捨ててくぞ」
「武がお姉さんに失礼な事を言うからいけないのよ。それにそんな事をして私が死んだら一生化けて出てあげますからね」
「それは勘弁して」
やっとの事で家に辿り着いた俺は玄関の扉を抱えている姉ちゃんに開けてもらい中に入る。そして、玄関口の廊下に彼女を座らせた。
「爺ちゃぁーーーん、ミサおばちゃ~~~ん。ただいまぁーーーーーー」
「お爺様、お婆様ただいま帰りました」
二人でそう帰宅の挨拶をすると双樹じいちゃんとミサおばあちゃんが心配そうな顔付きでやってきた。
「二人とも遅かったな。じんちゃん、ほんのちょっとだけ心配したぞ」
「良かったですわ、二人とも無事に帰ってきて。さあ、さあ、早くおあがりなさい。それと美姫さん、もう夕食の支度終わっていますから心配しなくても大丈夫ですよ」
まだ立てないだろうと思うけど、姉ちゃんをそこに捨てて先に中に入って二階の自室へと向かって行った。
夕食中に爺ちゃんにも婆ちゃんにも今日の事を聞かれなかった。美姫姉ちゃんはあの出来事を玄関先で話していないのだろうか?
知らないなら別に俺から二人に話す事は無い。爺ちゃんはどうだか知らないけど婆ちゃんの方は不安に思うだろうから。
飯を食べ終わってから直ぐに風呂に入る事にした。そして今は入浴中である。
今に至っても俺の中にさっき力を貸してくれた武甕槌を感じる。そして、其奴に問いかけた。
「確かタケミカヅチっていったな?お前はいったい何者なんだ?どうしてお前は俺に力を貸してくれた?あっとその前に俺の名前は武」
〈語らずとも知っておる。・・・、我は天津、この国を統べし一族の一人の霊。そして武、汝は我の正当なる後継者〉
「何だ、その正当なる後継者って?」
〈我が先代より受け継ぎし精神、魂質、体質の総てを受け継ぎし者の事〉
「よく分からないな、もっと分かりやすく言ってくれよ」
〈・・・・・・、体質とは肉体的な我等、天津の子孫と言うべきか、魂質が発する波長が合えば、仮令、魂魄の存在だけになろうとも、この様に我と言葉を交える事が可能。そして精神、武、汝が我の持つ、異種な能力を行使するための力〉
「若しあの時、何もしないで諦めていたらお前は俺以外の誰かに降りる可能性もあったのか?」
〈無論、あったであろう・・・、がしかし武、汝ほど我を受け入れる総ての資質を持った適格者はそうおるまい。ことほかに我とて我の力を委ねる者を選ぶ〉
「ふぅ~~~ん、なるほどねぇ。あんまし嬉しくないけど選ばれし者って奴か。じゃぁ~~~、さっき俺達が倒したあの化け物みたいなのは?」
〈我を降ろしておいて良くもそう言ってくれる。酷いものだ。しかし、これからの戦いの事を思えばその程度の戯言。・・・・・・、武、汝の問いだがあの者達は人、人間に災いをもたらしそれより出でる瘴気を糧に生きる我等が倒すべき敵〉
「何で今頃になってそんな奴等が出てきた」
〈我等、天津がそれら災いをもたらす者を一掃し、高天原と我々は呼んでいる魂魄界に戻って千数百年。我等はその者達が再び地上に出ぬよう力ある皇と神器を残した筈なのだが・・・・・・、いつしかその使命を忘れ今日に至ったのだろう〉
〈故、我は再び勅命を受け天より降り、武、汝に力を貸したと言う事だ〉
どうしてか武甕槌の言う事をすべて信じきる事が出来なかった。それがどうしてなのか分かるはずも無い。ただ、判ることは魑魅魍魎や化け物と戦わなければ多くの人間、俺達同族の命が失われると言う事だ。
「なあ、タケミカヅチ、そのしゃべり方どうにかならないのか?今風に出来ないのか」
〈我は現世に降り立ったばかりだ。だが、少しも経てばいかようにもなろうぞ〉
そんな会話を心の中でしながら長く浸かっていた湯船から体を出し脱衣所に向かっていった。
何の偶然か知らないが俺の中に武甕槌が降りてきてしまった。
こんな事に巻き込まれたくなかった。そう願っていたのに。
でも、もう仕方がない。今は俺の出来る事をしよう。なるようになるさ・・・・・・・・・。
ここら辺で家の道場はそれなりに有名で門下生も結構多い。それに年齢層も幅広かったりする。
「籠手有り、一本!赤帯、鹿嶋武の勝ち」
美姫の声で武と経司はお互いに礼をして元の場所に戻り面を外す。
「ウム、今の試合にて今日の練習は終わりじゃ。みな整列」
先ず神棚に礼をして師範である俺の爺ちゃんと二人いる師範代の八坂徹(やさか・とおる)さん、それと美作優(みまさか・ゆう)さんに礼をして解散。
他の門下生達がいなくなった後、俺と経司は道場の掃除を始めた。
経司はバケツから雑巾を取り出しそれを絞りながら小さな溜息を吐いてみせた。
「ハァ~、無性に腹が立つ。どうして練習を真面目にやらない武に負けるんだ」
「経司、まあ、まあ、そう言うなって。さっきの稽古試合はたまたま俺の運が良かっただけ。勝数にすればお前の方が多いだろう」
「そうだけどな・・・、だが、本来勝敗にたまたまは無いんだぞ。でも武の剣の才、俺よりすごい筈なのにそれを無駄にしているのが腹に立つんだ。もったいない」
「別に好きでやってるわけじゃない。爺ちゃんが無理に言うからやってるだけだ。・・・・・・、それより家で飯、食ってくだろう?」
「いつも済まないな」
「いいって、いいって俺達幼馴染みだろう。それにろくに家では食って無いんだろう?」
床の雑巾掛けを終えた頃に武や経司より先に道場から上がっていた美姫が私服姿に前掛けをした状態でここに現れた。
「武、経君、何をやっているの早く着替えてこっちへいらっしゃい」
「道着を洗いますからちゃんと洗濯籠の中に入れておいてね。もちろん経君のも一緒よ」
「美姫さん、いつも有難う御座います」
経司に美姫は軽く微笑むと道場から出て行った。
* * *
昼食を摂りながら彼等は最近ずっと放送されている怪奇事件の話しをしていた。
「本当、別の場所ではあんな風になってんのかねぇ~。やっぱ信じられないぜ」
「今の科学技術なら音声、静止画像、動画なんでも簡単に加工出来てしまうからテレビから流れる映像だけで判断するのは難しいだろうな」
「私は嘘か本当は分からないから余計に怖いわ」
「武、よいか?ちゃんと夜道では美姫を護るのじゃぞ」
「そんな心配要らないよ、だって俺より姉ちゃんの方が強いから」
「武ちゃん、そんな事を言わないで美姫さんを宜しくお願いしますね。経司さんもどうか・・・」
「あっ、ハイもちろんです。武と一緒の時は出来るだけそうします」
あの緊急報道があってからすでに一週間、俺達の周りでは何一つ可笑しな事はない。いたって平常な日々を過ごしていた。
これでいい、俺達がそんな訳の判らない事に巻き込まれるはずがない。そう思い願っていた。
* * *
更に二週間が経つ、ニュースでは毎晩の様に怪奇事件の話で持ち上がってるのに、やっぱり俺の周りでは何一つ変な出来事は起こっていなかった。
だけど、今、俺は美姫姉ちゃんとやや早歩き状態で学校から家に向かっていた、いつもより遅い時間に。
今日は経司も大地も一緒じゃない。経司は部活動中に家から連絡があったらしくて途中で帰ってしまったと姉ちゃんが言っていた。大地は今日学校に自体、来ていない。
「ねぇ、武。私すごく不安なの、どうしてなのか分からないけどすごく怖い」
「大丈夫だって、何の心配もないさ。それに・・・・・・、なんか遭っても絶対姉ちゃんだけは護るから」
「ウン・・・・・・、ねえ、武・・・、その・・・・・・手、握っていい?」
「ハァ、しょうがないな」
そう言うと姉ちゃんは直ぐに俺の手を強く握ってきた・・・、結構痛い。でもこんな美姫姉ちゃんを見ているとなんだ、かんだ言っても女の子なんだなと思う。
姉ちゃんの手を引きながら早く家に着ける様に近道をしようと近所の大きな公園の中の林を抜けて行こうとした。しかし、その選択は大きく見誤ったものだった。
林の奥からなにやら黄色く光るものが二つ。木々の間から注ぐ月明かりがそのモノを少しだけ照らし出していた。怪しく黄色に光る水晶体だけの双眸、全身白い体毛に覆われ身の丈二メートル近く、腕は長く掌が地面についていた。
獣神、その名を白猿という。そして、目の前に居るのはその白猿の中でも最も低位の者だった。
武達の距離からそれが何なのか見えないがその白猿の足元に人の体と思しき物が転がっていた。捕食ではなく、遊び終わった玩具のように・・・。頭はもぎ取られ、体の関節は人の意思では曲げる事の出来ない方へ曲がっている。その体中いたる所に牙や爪で抉られた後が生々しく残っていた。
その周囲の叢はその人物から流れ出た血で埋め尽くされていた。そして、その血の海の上には幾つかの肉片が散らばっていもる。
間近でそれを見たら吐き気だけでは済まないほど惨殺的なものだった。
白猿は武達の気配に気付き目をそちらに向けた。
〔ウキッ、匂いがする、臭いがする。ウキキキキキぃーーーーーーッ、天津と同じ匂いがする。殺してやる殺してやる。ウキキィーーーーーーーーーッ〕
白猿はゆっくりとその場所から武達の方に歩み寄り二人に聞えるようにそう人語で話しかけていた。更にその言葉をいい終えると物凄い勢いで間合いを詰め襲い掛かってきたのだ。
美姫は物の怪に脅え、その場で震え身動きが取れなくなってしまう。
「ウワッ、駄目だ、やられる。これじゃ夢の中と一緒じゃないカッ!俺はどうなってもいい、でも姉ちゃんだけは」
白猿が今にも振り上げた腕を降ろそうとした時に武の体に稲妻が走るような痺れと共に何かが流れ込んできた。
〈汝、我が魂の正当なる後継者。・・・・・・、汝、我が力を継承したくば我が名を告げよ。我が名は武甕槌〉
〈誰だ、俺に語りかけるのは?頼む力を、姉ちゃんを護る力を貸してくれ〉
〈今一度言う、我が力を継承したくば我が名を告げよ。我が名は武甕槌〉
〈タケミカヅチ?頼む、俺に力を貸してくれっ!〉
〈承知した〉
その心の会話は刹那な邂逅だった。すると俺の中に何かの力が目覚める。
気が付いた時には俺の腕は振り下ろされていた化け物の腕を自分の左手で受け止めていた。そして思いっきりそいつの胴体を蹴り飛ばしていた。
化け物は呻きながらも宙で身軽に体を捻り地面へと着地していた。
〔ウキキッ、ウキキキキキ、臭いがする、嫌な臭いがする。殺す殺す殺す殺す殺す殺す〕
「タケミカヅチ、どうすればあの化け物を倒せる?どうすればいいんだ」
〈ワレの言葉を復唱せよ・・・、我が右手に降りしは〉
「我が右手に降りしは・・・・・・・・・」
〈天の詔雷、我の力に鳴りて、邪を祓う。〉
「テンのショウライ???ワレのチカラにナりて、ジャをハラう」
〈伏厳霊の尊、我の招きに応じ、その名を轟かせ示せし。〉
「フシイカヅチのミコト、ワレのマネきオウじ、そのナをトドロかせシメせし?」
『紫電っ!!』
俺と武甕槌という者の最後の言葉は不思議と重なっていた。俺の体はその言葉のあと自然に動き、右手の拳を化け物めがけて打ち放っていた。
そして、その拳から一直線に青紫の光が空間を切り裂き物凄い速さで走ってゆく。それは見事に化け物の体の真ん中を捕らえ貫き、それを喰らったその相手はその場を切り裂く物凄い絶叫と共にのた打ち回り、しまいには霧の様になっていつしか消え去っていた。
他に化け物がいないか周囲の気配を探っていた。しかし、何も居ないと判ると俺は姉ちゃんの方に振り向き、恐怖で腰が抜けたのだろう彼女と同じ目の高さの所まで腰をかがめた。すると美姫姉ちゃんは俺の制服を掴み、子供の様に泣きじゃくり始めた。
部活の後シャワーを浴びたのか?姉ちゃんの髪の毛からほのかに甘い香りが漂い俺の鼻腔をくすぐっていた。そして、俺の男心をまどわ・・・・・・す、ってそんな馬鹿な事を思っている場合じゃない。
直ぐにでも姉ちゃんを宥めこんな場所からオサラバしないと。それにこれ以上遅くなれば連絡を入れているけど爺ちゃんもミサおばあちゃんも心配する。
「姉ちゃん、泣くな。もう大丈夫だ。悪い奴は俺がやっつけたから・・・・・・、立てるか?」
俺がそう言うと姉ちゃんは首を横に振って応えてきた。立てないようだと直ぐに理解する。嫌だけど今は仕方がない。俺は姉ちゃんを前に抱きかかえ立ち上がった。
「姉ちゃん結構重いぞ」
「たっ、武。ワッ、私そんなに太っていないわよ。五十キロ無いのに・・・・」
さっきまで泣いていた涙を目じりに残した顔で不満そうに訴えてくる。だけど、それを無視して家に向かって走り出した。
人を抱えながら走るのは結構辛かったりするぞ。それにやっぱり美姫姉ちゃん・・・、重い。たしかに姉ちゃん見た目かなりスレンダーだけど。俗に結う筋肉太りって奴かな。
「武?今何気に失礼な事を想像してない」
「美姫姉ちゃんは筋肉太りだって思っただけだ」
正直に答えてやると俺の胸中に姉ちゃんは肘鉄を喰らわして来やがった。
「痛ぅーーーッ、痛いな。そんな事するとここに捨ててくぞ」
「武がお姉さんに失礼な事を言うからいけないのよ。それにそんな事をして私が死んだら一生化けて出てあげますからね」
「それは勘弁して」
やっとの事で家に辿り着いた俺は玄関の扉を抱えている姉ちゃんに開けてもらい中に入る。そして、玄関口の廊下に彼女を座らせた。
「爺ちゃぁーーーん、ミサおばちゃ~~~ん。ただいまぁーーーーーー」
「お爺様、お婆様ただいま帰りました」
二人でそう帰宅の挨拶をすると双樹じいちゃんとミサおばあちゃんが心配そうな顔付きでやってきた。
「二人とも遅かったな。じんちゃん、ほんのちょっとだけ心配したぞ」
「良かったですわ、二人とも無事に帰ってきて。さあ、さあ、早くおあがりなさい。それと美姫さん、もう夕食の支度終わっていますから心配しなくても大丈夫ですよ」
まだ立てないだろうと思うけど、姉ちゃんをそこに捨てて先に中に入って二階の自室へと向かって行った。
夕食中に爺ちゃんにも婆ちゃんにも今日の事を聞かれなかった。美姫姉ちゃんはあの出来事を玄関先で話していないのだろうか?
知らないなら別に俺から二人に話す事は無い。爺ちゃんはどうだか知らないけど婆ちゃんの方は不安に思うだろうから。
飯を食べ終わってから直ぐに風呂に入る事にした。そして今は入浴中である。
今に至っても俺の中にさっき力を貸してくれた武甕槌を感じる。そして、其奴に問いかけた。
「確かタケミカヅチっていったな?お前はいったい何者なんだ?どうしてお前は俺に力を貸してくれた?あっとその前に俺の名前は武」
〈語らずとも知っておる。・・・、我は天津、この国を統べし一族の一人の霊。そして武、汝は我の正当なる後継者〉
「何だ、その正当なる後継者って?」
〈我が先代より受け継ぎし精神、魂質、体質の総てを受け継ぎし者の事〉
「よく分からないな、もっと分かりやすく言ってくれよ」
〈・・・・・・、体質とは肉体的な我等、天津の子孫と言うべきか、魂質が発する波長が合えば、仮令、魂魄の存在だけになろうとも、この様に我と言葉を交える事が可能。そして精神、武、汝が我の持つ、異種な能力を行使するための力〉
「若しあの時、何もしないで諦めていたらお前は俺以外の誰かに降りる可能性もあったのか?」
〈無論、あったであろう・・・、がしかし武、汝ほど我を受け入れる総ての資質を持った適格者はそうおるまい。ことほかに我とて我の力を委ねる者を選ぶ〉
「ふぅ~~~ん、なるほどねぇ。あんまし嬉しくないけど選ばれし者って奴か。じゃぁ~~~、さっき俺達が倒したあの化け物みたいなのは?」
〈我を降ろしておいて良くもそう言ってくれる。酷いものだ。しかし、これからの戦いの事を思えばその程度の戯言。・・・・・・、武、汝の問いだがあの者達は人、人間に災いをもたらしそれより出でる瘴気を糧に生きる我等が倒すべき敵〉
「何で今頃になってそんな奴等が出てきた」
〈我等、天津がそれら災いをもたらす者を一掃し、高天原と我々は呼んでいる魂魄界に戻って千数百年。我等はその者達が再び地上に出ぬよう力ある皇と神器を残した筈なのだが・・・・・・、いつしかその使命を忘れ今日に至ったのだろう〉
〈故、我は再び勅命を受け天より降り、武、汝に力を貸したと言う事だ〉
どうしてか武甕槌の言う事をすべて信じきる事が出来なかった。それがどうしてなのか分かるはずも無い。ただ、判ることは魑魅魍魎や化け物と戦わなければ多くの人間、俺達同族の命が失われると言う事だ。
「なあ、タケミカヅチ、そのしゃべり方どうにかならないのか?今風に出来ないのか」
〈我は現世に降り立ったばかりだ。だが、少しも経てばいかようにもなろうぞ〉
そんな会話を心の中でしながら長く浸かっていた湯船から体を出し脱衣所に向かっていった。
何の偶然か知らないが俺の中に武甕槌が降りてきてしまった。
こんな事に巻き込まれたくなかった。そう願っていたのに。
でも、もう仕方がない。今は俺の出来る事をしよう。なるようになるさ・・・・・・・・・。
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そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。
そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。
だが彼は知らない。
ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。
しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。
これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。
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