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第 二 章 変わり行く何か

第七話 ただ流れ行く日々

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2002年1月6日、日曜日

 いつの間にか日が進み新しい年を向かえ数日が過ぎていた。
 永蔵のおっさんに助けられてから俺の存在の意味に疑問を感じ始めていた。
 自分の人としての心を閉じてしまっていた。
 周りの連中が俺の事を眺めたら、俺の姿は遊ぶ意味が無くなって放置された人形のように見えるんだろうな。
 誰に話しかけられても返事する事がなくなっている。
 それに何が起きてもそれに気付く事が無いでいる。
 唯、暗く閉じた部屋の片隅で蹲っているだけだった。
 今こんな精神状態だったんだ。だけど、恋人の春香の見舞いには行っていた。
 それは俺が意識してとっている行動ではなかった。
 勝手に体が動き彼女の所へ誘導されるかのように導かれていただけだったんだ。
 春香の所へ行けば彼女から何の話も聞けることもないし、俺からは何かを語ってやることもなかった。
 唯、体に刻み込まれたプログラムを実行しているだけのような感じだったんだ。そして、気が付けばまた自分の部屋の隅っこで膝を抱え暗くなっていた。
 今の俺のこの静かに暗くなっている状態を妨げるようにインターフォンの音とドアを強く叩く音が聞こえてきた。そんな音がしても気にならなかった・・・、気付かなかった。
 それすら気付かないくらいに俺は腐っていた。やがてその音もやむ。諦めて返ったようだ・・・?
「オイ、宏之!何そんなに暗くなってんだ!!!しっかりしろよ」
「宏之、一体どうしちゃったって言うのよ?あんた、余計酷くなっているわよ!」
 どうやってここへ侵入してきたのか、知っている奴等がそんな言葉を投げかけて来た。
「オイ、どうすんだ隼瀬?こんな状態の宏之を説得しろ、って俺に言うのか?」
「お願い、慎治!」
「チッ、判ったよ、言うだけは言ってやる」
「・・・、有難う」
「お前ら、何しに来た?騒がしい・・・、帰れ」
 勝手に話を進めている二人に対して、酷く暗い声でそう口走っていた。
 暫くの沈黙が訪れ初めに言葉を出したのは慎治だった。
「オイ、宏之!凉崎さんがあんな状態でお前が暗くなっちまうのは分けるけどよ、隼瀬がお前の事をすっごく心配してんだ。そんなお前を見て隼瀬、こいつは凉崎さんが目を覚ますまで・・・・・・・・・、お前を支えてやりたいって言うんだ」
「お前の『傍に出来るだけ居たい』って言うから態々、実業団行きを蹴って就職活動始めたんだぞ!・・・、彼女にそこまでさせておいて、宏之!お前はなんとも思わないのか?」
「彼女の気持ちの応えてやろうとは思わないのか?」
〈慎治・・・、俺がこんなになっちまったのは春香のせいだけじゃない〉
〈それに隼瀬が何でそんな事をするのか分からな。俺を心配してくれるのは有難いけど・・・・・・、それをすんなりと受け入れていいかどうか何て分からないんだ〉
「・・・、宏之なんか言ったらどうなんだ?」
 慎治の言葉に返す気力何ってもってはいない。だから何も答えることはできなかった。
 黙ったままの俺に今度は隼瀬が口を動かし始めていたんだ。
「慎治、アリガト。そこから後は自分で言うわ」
「宏之、今のあたしがアンタに何が出来るのか何て漠然としてて分からないわ。でも、それでもアタシはアンタの支えになりたい、春香の代わりになってあげたい。あたしは・・・」
 その後の言葉、隼瀬が何を言っていたのか知る由も無かった。
 なぜなら俺自身で自分の心を暗闇の中へと閉じてしまって聴覚の機能何って役に立っていなかったからだ。聞えるはずがなかった。
 そんな俺を見て二人は話しかける無意味さを知ったのか?言葉を掛ける事を諦め、慎治も隼瀬もこの場からいなくなっていた。

2002年3月1日、金曜日

 今日は聖陵高校の卒業式だった。だけど、どうせ俺は留年なんだろうし、若し出来たとしてもそんなのに出る気は無かった。
 今の俺に時間の流れなんて関係なかった。
 夕方頃だっただろうか?
「ヒロユキィ~~~、いるんでしょ?あがるわよ」
 勝手に俺の家へと一人の女が上がりこんできた。
 それは隼瀬だ。彼女はいつの頃からか勝手にこの家に上がりこんで勝手な事をやっていた。
 彼女がここで何をしていようと気にする事はなかった。気に掛けてやる事もなかった。
「もぉ、まったくまた散らかしっぱなし、掃除するからちょっとそこどいて」
 隼瀬の奴は卒業式の帰りだったのか?制服のままだった。
 返事をせず、彼女の言われた通り今いた場所から、懶に体を転がして動かしていた。
「あっ、それと私が掃除している間に制服に着替えていてね」
 隼瀬は何でそんな事を言うんだろうか?しかし、命令を忠実に受け入れるロボットの様に彼女の言葉に従っていたんだ。何の感情も持たない、持つ事をと許されていないロボットのように・・・。隼瀬が掃除を終え、俺の方にやってきやがった。
「準備で来た?学校に行くわよ」
「・・・、何でだ?」
 久しぶりに言葉を出したような気がする。
 今までも何度か彼女や慎治の言葉に相槌を打っていたかも知れない。だが、それらはすべて忘却の彼方へ逝ってしまっていた。
「いいから着いてきなさい!!」
 強要するような言葉を出すと隼瀬が先に出て行く。そして、俺は彼女のそれに従うよう玄関の外へと向かっていた。

*   *   *

 今、聖陵の理事長室に来ていた・・・、隼瀬によって来させられていた。
 その部屋の中にはこの学校の理事長と元担任、御剣先生、それと俺のクラスの数学を担当していた翔子先生がいた。
 隼瀬の奴は廊下で待っているようだった。
 この部屋に入ってから初めに声を掛けてきたのは御剣先生だった。
「柏木君、来てくれましたね。ハァ~~~、今までどれだけ心配したことか」
 御剣先生は右手の中指を掛けている淵無し眼鏡の真ん中の結合部に当て、溜息を吐きながらそんな事を、口を動かし声に出していた。
「今日ここへ来てもらったのは柏木君とB組の凉崎春香さん、二人の卒業証書を渡すためです」
「御剣先生・・・、俺は留年じゃないのか?」
「無断欠席が多かったので本当はそうしなければならなかったのですが・・・、理由はあとで洸大理事長と翔子先生が聞かせてくれるでしょう」
 その後、理事長から卒業式でやるようにその証書を春香の分も含めて頂いた。
 春香のそれを貰った筒に丁寧に丸めいれた。そんな事をしても意味無いのに・・・。
 それから、御剣先生は色々な物を俺に渡さし、彼はこの場から出て行った。そして、今、ここには理事長、翔子先生と俺の三人がいる。
「今一度言わせてもらう、卒業おめでとうじゃ、柏木宏之君」
「ご卒業おめでとう御座います柏木宏之くん」
「・・・、有難う御座います。・・・、・・・、・・・、本当に俺、卒業させてくれるんですか・・・」
「本当は御剣殿が言っていように君は留年だったはずなのじゃが」
「・・・、君がそうなってしまったのは我が孫が関係しているようじゃったの。その事は翔子より聞いておる。誠に申し訳ない事をしてしまったじゃよ」
「謝って済む事ではないと分かっておりますが柏木くん、本当に申し訳御座いませんでした・・・、ですが、他にも理由があるのですが・・・」
 翔子先生は最後口ごもるように何かを呟いたが、俺の耳には届かなかった。しかし、この二人が言葉にしている人物とは・・・、貴斗のことだったと理解できる。
 貴斗と洸大理事長、翔子先生の関係を慎治のあの迷惑な押しかけの時に聞かされていた。
 血の繋がった関係でありながらあいつの記憶喪失のせいでそれが言えないって事を聞かされていたんだ。
 洸大理事長と翔子先生が言った言葉に対して、反論を返すような言葉を上げていた。
「アイツは・・・、貴斗は何も悪くない、アイツは何も悪くないんだ!だからそんな風に謝らないでくれ!!!」
 反論するように少しだけ感情がこもった声で謝ってくる二人にそんな事を言っていた。
「優しいのじゃな・・・、あの方の血は争えんというこか・・・」
「・・・、そんな事はない」
 理事長が最後何かを言っていたがその言葉は俺の耳に届かなかったし、俺もそんな風に答えていた。
「確かに貴斗ちゃんの事もありますが・・・、それだけではないのです。ですが、お許しくださいね。その事に付いては私もお爺様も貴方に教えて差し上げられないの。本当に申し訳御座いません」
 先生はそれを言葉にすると深々と頭を下げてきた。
「翔子先生、そんな事をしないでくれ。そんな事をされたら俺・・・、惨めに思えて来るぜ」
 それから十数分話しをしてからここを退出した。
 理事長室から出るとずっと待っていたのか隼瀬がそこにいたんだ。
「宏之、ちゃぁ~~~んと卒業証書貰えた?」
「・・・、いたのか隼瀬?」
「あたしの質問に答えろ!」
「もらった・・・、春香の分も一緒に」
「今から春香の所へ行くの?」
「・・・・・・、行く」
 そう言葉に出すと足を動かしていた。
 移動中、隼瀬の奴は色々と話してくれていた。
 だけど、そんな彼女に何にも答えてやる事は出来なかった・・・。悪いと知っていたが答えてやる気がなかった。
 唯一、その会話の中で分かった事は彼女の就職先が決まったと言うこと。
 時間の流れに身を任せ春香の居る病院へと向かう。

*   *   *

 隼瀬を病室の外で待たせたまま春香のいるここへ入って来た。
 偶然だったのか?ここに入ると俺がここへ来る事が判っていたように春香の両親と翠がいた。
「宏之君、いつも娘の所に来てくださって有難う御座います」
「俺が好きでやっている事だから気にしないでください。それと今日は春香に聖陵高校の卒業証書を持ってきました」
「ありがとうございます」
 その言葉を春香の両親から聞いた後、もって来た筒から彼女のそれを出し理事室で洸大理事長がやってくれた同じ事を寝ている春香の前でやった。
 春香は俺の言葉に返事も両手も出すことはなかった。だから、その言葉を言い終えると静かに卒業証書を春香の胸の上に乗せた。
 それをすると彼女の両親と妹の翠が拍手をしていたんだ。そして、俺の両頬からは静かに涙がつたう。
 春香の為にこの泪をどれだけ流しただろうか?
 今も尽きる事なくそれを流していた。

2002年5月5日、子供の日の祭日

 あの事故からもう直ぐ八ヶ月が過ぎようとしていたんだ。
 最近、俺は俺の傍に居てくれる隼瀬のお陰で少なからず自分を取り戻し始めていた。だけど、春香の前に立つとその気持ちも沈み掛けてしまう。
 現在は、毎日ではなかったけど出来る限り春香の見舞いに行っていた。
 今も春香の前の椅子に腰掛け彼女の手を握りながら彼女を見つめていた。
 今日は俺以外に貴斗のヤツが居た。
 最近になってやっとコイツと顔を合わせても喧嘩しなくなった。
 なんだか少しだけどホッと安堵するんだ。
 貴斗のヤツは俺と違って春香との距離を置きジーーーっとこちらを眺めているだけだった。
 長い沈黙が訪れていた。最初に言葉を発したのは俺の方だった。
「いつになったら春香は目覚めるんだ?」
「・・・・・、さあな」
〈ったく、なんでいつもそう口調を淡々としてやがるんだ〉
「・・・・・・・・・、白雪姫」
「はぁん?今何って言ったんだ?」
「お前が凉崎さんにキスをすれば目覚めるんじゃないのかと言った」
 貴斗のヤツは良く真顔で突拍子もない事を言う。
 いつもだったらそんなヤツの言葉に対して笑ってやるが今日は違った。
「ハッ、笑えない冗談だ」
「フッ、そうか・・・・」
「ああ、そうだよ」
「なら俺がする」
「それこそ、笑えネェ冗談だ」
「冗談だ」
 本当に面白いヤツだ。突っ込みとボケ好きの慎治がコイツをからかいたくなる気分になるのがよく分かるぜ。
 どうしてか少なからず罪悪感を覚えたが俺はヤツの言葉に従うように春香に口付けをした。
 その行為が終わっても彼女には何の変化も現れなかった。
 当たり前だよな。物語みたいな事がそう易々起こる筈がない。
 その結果を貴斗に報告しようと思って振り返り言葉を掛けた。

「・・・・・・・・・・、貴斗、駄目みたいだ」
〈何だ?・・・、アイツ言いたい事だけ言ってどっかに消えやがった〉
 それからほんの少しだけ春香の顔を覗いてからこの病室を退出した。
 ここから出るとき扉を開けると廊下の窓際に貴斗のヤツが遠くを眺めるように立っていた。
「オイ、貴斗、何で黙って出て行った?」
「仮令、其れが演出だとしても、俺は他人のキスシーンをマジマジと見れるほど酔狂じゃない」
 コイツはムスッとした顔で淡々と俺の問いに答えてきやがった。
 移動しながら貴斗と世間話を交わしていた。
 たまに俺が藤宮の話題を振るとヤツの表情が陰りを見せる。
 どうしてだろうか?彼女と上手くいっていないのかと思ってしまう。 更に隼瀬の事を話せばヤツの表情は何となく怒りを表すような感じだった。

2002年8月25日、日曜日
 更に日が流れあの事故から一年が経とうとしていた。
 俺の精神は隼瀬お陰で大分良くなってきていたんだ。しかし、春香に逢うと、とても後ろめたいモノを感じてしまう。それはなぜなんだろうか?
 今日も春香の見舞いに来ていた。
 ここへ来るたびに彼女にしてやる事は同じだった。
 今もそれをしている。ここへ来て三〇分くらい経ってからだろうか?
「藤原です、お見舞いに来ました」
 冷たそうな口調だったけど丁寧な言葉で俺の知っているヤツが病室の中にいる春香に挨拶を言ってから入室してきた。
 俺ほどじゃないがコイツも週一くらいでここへ来ていたんだぜ。そして、ヤツは俺を見ると、
「宏之」といつもの口調で俺に呼びかけてくるだけだった。
「貴斗か?」
 振り返りざまヤツを確認するようにそちらを向くが直ぐに体勢を春香の方へ戻していた。
 どうしてそんなことをするかは・・・、それは貴斗の酷く悲しそうな目を見たくなかったからだ。
 春香がこんなになっちまったのを貴斗は自分を責めるようにヤツの所為だって言ったその時のコイツの目を見ると俺の眼がヤツ以上に悲しくなってしまうのが怖かった。だから貴斗の顔を見れない時もある。
 俺達は互いに言葉を交わすことなんてしないで暫く長い静寂にここを支配されていた。
 そんな状況を切り開くようにここへ春香の父親が登場する。
「宏之君、貴斗君、いつも娘の見舞い有難う御座います」
「ここに来る事くらいしか俺には出来ない」
〈春香を目覚めさせてやる事なんて俺には出来ない・・・、俺は超能力者でもましてや神様なんかでもないから・・・・・・、今の俺に出来る事といえば・・・・・・・・・〉
 秋人にあんな畏まって言われるとどうしても気分がブールになる。
「君達、二人に少し話したい事があるのだがいいかね?」
 嫌な予感がした。だからここを直ぐに動けなかった。
 こんな俺を見た貴斗は強引に連れ出そうと行動を起こしてくる。そして、それに促されるまま病室の外へと出ていった。
 俺達、三人がここへ出ると春香の父親から話し始めてきたんだ。
「二人とも出てきてくださったみたいだね」
 秋人は俺にもう春香の見舞いに来なくていいって言ってくる。どうしてそんな事を言うんだ?
『今、君の事を思っている方の事を大切にしてあげて下さい』
って誰の事を言っているんだ?
 もしかして隼瀬の事か?俺とあいつは恋人とかそんな関係じゃないのに何で秋人はそんな事を言ってくるんだろう。
 春香の事を忘れろ、って言うのか?だが俺は彼のその言葉に対して、
「ハイ」と曖昧に返事をしてしまっていた。
 頭の中が混乱してきた俺はそれだけ言い残すといつの間にか病院の外へと足を運んでいた。

*   *   *

 青く晴れ切った空を芝生の上に座り、ボーーーっと眺めていた。
 秋人にあんな事を言われてしまったから次第に俺は春香との思い出を心の奥の押し込め鍵を掛けようとした。だが、その瞬間、俺を追って来たのか貴斗のヤツが現れ言葉を掛けてきた。
「俺は信じる。どんな事があっても春香さんが目覚めた時、そばにいるのはお前だって事をな。だから、お前が見舞いに来ないというなら、俺が代わりに来る。彼女が目覚めるまで」
 ヤツはそれだけ口に残すとまるで一陣の風のようにここから消えて行った。
 何であそこまでアイツはそんな行動をとろうとするんだろうか?
 何でアイツはそこまで俺を信頼してくれるのだろう?・・・、それを貴斗に聞いたからってアイツの事だ、簡単には教えてくれないだろう。
 貴斗にあんな事を言われてしまったから鍵を半掛けしたまま春香の思い出を心の奥にしまってしまった。しかし、そうしようと思った事自体、既に忘却の彼方へと追い遣られていた。
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