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終 章 自分なりの決断

第二十話 Faith

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 両親の帰国以来香澄と逢えない毎日が続く、だけど春香の方はそれ程多くないが彼女の方からバイト先に顔見せに来ていたんだ。
 慎治に二人の事を忠告され、永蔵のおっさんには恋愛について励まされたのに俺はいまだ二人の女のこの間を彷徨っていた。
 それに春香に強く言われたのにも拘らずいまだ貴斗と一人で顔を合わせていない。
 そんなある日、俺は夢の中で忘れていた大事な何かを見ていた。

2004年11月4日、木曜日

 ベッドの中で思い出すのもとても悲しく辛い記憶を夢で見ていたんだ。



「ヒロユキお兄ちゃん・・・、そんな悲しい顔しないで私はいつもお兄ちゃんといっしょだから。私はヒロユキお兄ちゃんとも・・トおにいチャンともずっと一緒だから、それとタ・・お兄チャンを怨まないでね」



 そこで目が覚めてしまった。
 俺の目からは泪が流れていた。
 それは悲しく辛いことだけど大切な思い出だった。
 それなのに今の今まで忘れていた。
 心の深層に隠してしまっていたんだ。
 大事な事を・・・、それは俺の妹の事だった。
 七歳の頃まで一つ下の妹がいた。
 だけど、ある事故により妹はこの世から去ってしまった。
 その事故とは今から約十四年前の両親が働く研究所で起きた。

1990年7月22日、日曜日

 俺と妹の雪菜は日曜日になると両親の働く研究所へ良く遊びに行っていた。
 それとたまに俺の従兄って子が遊びに来る事もあった。そして今日はその子も来ていた。
 雪菜の奴はその男の子を俺と同じくらい慕っていた。ちょっとばかり寂しい気分だ。
 そいつは俺と同い年のくせに頭一つ分くらい大きかった。
 なんだかずるいぞ。
 でも俺はそいつのこと嫌いじゃない。
「ヒロ、行くぞぉ~~~」
「おおぉーーーまかせとけぇ!」
 俺とそいつは両親の働く研究所前の芝生でキャッチボールをしていた。
 妹は俺達の近くにあった、座るのに丁度手頃な大きな石の上に座り楽しそうに俺達のそれを眺めていたんだ。 
 運動神経に自信があった。だから相手がどんな球を投げてきてもグローブの中に収めていた。
 向こうも同じくらい上手かった。でも、俺の運動神経が良いって事を気付かせてくれたのはその少年だったんだ。だから飽きる事を覚えないでそいつと長い間キャッチボールを続けることができた。
 それをする事に疲れて、挟む様な感じで俺も従兄も雪菜の隣に座って休んでいた。そして、その時それは起きたんだ。
『ドォゴォーーーーーーーッン!!?』
 何かの爆発音が俺達の背にしていた建物から聴こえて来たと思った瞬間、爆風の勢いに吹き飛ばされていた。
 それのせいでどのくらいか分からないけど俺は気絶をしていた。
 目が覚めた瞬間、自分の事を確認する。掠り傷程度で大きな怪我はなかった。
 それが分かると直ぐに俺は雪菜と従兄を探していた。
『うっぅぅ』と言う呻き声が聞こえてくる。
 その声の聞こえる方に走って行った。
 そこには雪菜を護り包むように従兄が妹を抱きかかえていた。・・・、二人とも夥しい血を流していた。俺は混乱していた。
「おい、お前、雪菜大丈夫か!」
「ぼっ、ボクは・・・、だいじょうぶ・・・、ユッ・・・、ユキは?」
 そいつは凄く血を流してるくせに自分よりも俺の妹の事を心配していた。
 どうする事もできないまま、たじろぐ事しか出来なかった。
 どれだけ時間が過ぎたか分からない。
 それは数秒?それとも一時間くらい?過ぎていたのかもしれない。
 俺の両親も従兄の両親も俺達がいつもここで遊んでいることを知っていた。だから四人はここへ駆けつける事が出来たんだと思う。
「みんな無事かぁーーー!」
「ヒロちゃん、ユキちゃ・・・・?イヤぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「・・・・・・・・・・・」
 俺の父さんはここにいる皆の無事を確認するようにそう言ってきた。
 母さんは雪菜の状態を見ると悲鳴を上げていた。
 従兄の両親はこの場に光景に唖然としていた。
「美鈴、美奈さん二人とも落ち着きいなさい。もうすぐさっき呼んだ救急隊員もここへ駆けつける」
 伯父さんはすごい早さで雪菜とその息子の応急処置をしていた。
 それと同じくらいの時に救急車が駆けつけ傷付いた二人を乗せこのひどく破壊され荒廃とした場を去っていく。
 救急車のサイレンの音が聞え、そして去って行く、建物全体から赤々と燃え上がる炎と雪菜と従兄が居た場所一面に広がる真っ赤な血がその光景が俺の目に焼きついてしまっていた。ただ呆然とそこに立っているだけだった。
 それから直ぐに両親に連れられて病院へと向かった。
 雪菜が入院して一週間たった頃のことだった。
 ガキだった俺は妹の容態がどれだけ深刻なものだったか理解できていなかった。
 そんな妹の隣に座りその手を握っていた。
 雪菜は今にも消えそうなくらい弱々しかったけど俺に笑顔を向けながら言葉を綴っていた。
「ヒロユキお兄ちゃん・・・、そんな悲しい顔しないで・・・、心配しないで私はいつもお兄ちゃんといっしょだから。私はヒロユキお兄ちゃんともタカトおにいチャンともずっと一緒だから。それとタカトお兄チャンと仲良くしてね」
「当たり前のこと聞くなよ、雪菜!俺も雪菜もタカもずっと仲よく一緒だ!」
「ユキうれしい、ありがとうヒロユキおにいちゃん、だいすき」
 妹の雪菜はそれだけ言葉にすると安らかな顔で静かな眠りへと就いた。
 永遠の眠りに・・・。
 妹が息を引き取るとそれを待っていたかのように医者が現れ妹を手術室へと連れて行ってしまったんだ。
 何の為に妹がそこに連れて行かれたのかその時の俺にも未来の俺にも知らされない事だった。
 閉じていた過去の記憶の箱の紐を解きその事を思い起こしていた。
 それは俺が大切にしていた妹の雪菜との別れ、貴斗が俺の従兄弟であると言う事実の記憶。そして、その時以来、俺は火を恐れるようになってしまった、トラウマ事。
 何で今頃になってこんな事を思い出したんだろうか?
 そんなことを疑問に抱きながらすでに起きていた両親と一緒に朝食を食らい、そのあと二人にバイトに行くことを告げ働きに出て行った。
 バイトから帰ってきてからは夢の真実を確かめようとお袋じゃなく親父に聞いていた。
 お袋に尋ねれば、こないだみたいに気を失っちまうんじゃないかと思ったから。
 親父の司にそれを聞くときっぱりと肯定された。
 だけど、それを知ったためまた複雑な心境になってしまってもいたんだ。
 それは俺が迷っていた春香と香澄の関係に結論を出そうと思っていた数日前の事だったんだ。

2004年11月7日、日曜日

 今いつもの様に仕事場で来店する客を席に通していた。
 どれくらいの客を招きいれた頃だろうか?俺が迎え入れ様とした新たな客が俺に向かって変な言葉を掛けてくる。
「さっすがぁ~が私、ばっちりね」
「お客さんどうかしたんですか?」
「ねぇ、君いつここの仕事おわるの?オネェさんに教えてくれない?」
「お客様にそのような事を教えてはいけないと言われていますので済みません」
〈マジ?逆ナンかよ!しかもかなり美人のお姉さんだぜ?〉
〈仕事がなかったらお近づき願いたいくらいの人だ!〉
「なぁ~~~んだそんなこと言わないでオネエさんに付き合ってよぉ」
 なんでか、その人は食い下がるように執拗に言ってきた。
「駄目なもんは駄目なんです」
〈くそっ、マジもったいねぇ〉
「君にさっ、藤原貴斗君の事で話しがあるのよ」
 その人からどうしてか貴斗のヤツの名前が出てきた。
「何で、あんたが貴斗の名前を?」
「私に付き合ってくれたら教えてあげるわ!どう付き合う気になった?」
「わかった、後2、30分くらいで今日の仕事終わるから何か飲んで待っててくれよ」
「遠慮するは終わるまで外で待っているから終わったら出てきてね」
 その女の人はそれだけ言うと時間を無駄に使わされただけでこの店になんの貢献する事なく出て行ってしまった。就業時間までバイトに勤しみ、約束どおり、
「あっ、ほんとに待っててくれたんだ?」と外で待っていた彼女に声をかけていた。
「なによそれ、信じてなかったの?オネェサンの心はズタズタぁ~~~
まっ、いいわ。君に会うのは初めてじゃないけど初めましてね、神宮寺麻里奈、私の名前よ」
「ナンですかその言い方は?」
「気にしないで、それと私の事、麻里奈って呼んでね」
「じゃぁ、麻里奈さんさっき言ってた貴斗の事、聞かせてくれよ。あっ、それと俺は柏木宏之」
「知ってるわよ。それと急かさない、せかさない。おいで飲みながらそのことは話しましょ」
 彼女にそう言われ繁華街の飲み屋へと連れてかれた。

☆ 繁華街プールバー・ララバイ ☆

 辺りから喧騒とともにビリヤードの球を突く音、ボールとボールが弾け合う音が聞こえてきていた。とても雰囲気のいい場所だった。
「宏之君、お金の事は気にしないでじゃんじゃん飲みなさいね。お姉さんが奢ってあげちゃう」
「ありがとう、それより貴斗のこと聞かせてくれよ」
「ホントにアナタってせっかちねぇ、そんなんじゃ駄目よ」
 それからしばらく飲んでからやっと麻里奈は貴斗の事を聞かせてくれた。
 それはシラフだと話すのも嫌だろうし聞いているのも辛いくらいの事だった。
 だから彼女は酒を飲みながらそれを聞かせようとしたんだろうな。
 俺の従兄、貴斗は俺の知っている以上に辛い人生を送って来たようだった。
 自分だけが悩んで苦しんでいた訳じゃないんだ。
 やっぱり俺って甘ったれだったようだぜ。
「なぁ~~~、麻里奈さん」
「何、宏之君?」
 彼女、結構飲んでいるのに口調はまともだった。まるで藤宮並みの酒豪っぷり。
 俺はというと、かなり出来上がっていた。
「なんでぇ~~~、そんなことを俺に聞かせてくれるんだぁ?」
「それはヒ・ミ・ツっ」
「教えてくれねぇのかよ」
「大人の女ってのは秘密が付き物なのよ覚えておきなさい」
「へい、へい」
 またしばらく麻里奈の飲み付き合わされた。
 飲みの終わりの帰り際、彼女は永蔵のおっさんの知り合いだって教えてくれたんだ。
 酔った頭でこれまでの事を考え整理していた。しかし酔っている所為もあって簡単にはいかなかった。
 かなり酔っていたから今、繁華街のどこをどう向いて歩いてるのか何って分からなかった。
 それは、どこかの路地を曲がった時のことだった。
 俺の星がチラツク眼前に知った奴二人が現れた。俺の場合、酔いが最高点になるとイヤな感じで人に絡む、絡み酒の体質だった。だから普段は極力そうならないくらいに飲むのを止めていた。だけど今日は麻里奈の所為でそうも行かなかった。そして、目の前の二人に絡むように声をかけていた。
「ヘェ、慎治、良いご身分だな。俺の彼女と一緒にいるなんて」
「何で、あんたがここにいんのよバカ宏之ぃ~~~!シンちゃんはとぉ~~~ても優しいのよ。何回も何回も私を強く抱いてくれたのよ、あんたと違ってねぇ~~~。べぇ~~~っだぁ」
 香澄も俺と同じで酔っているようだった。だが中途半端に酔っているらしく彼女も俺に絡むように言葉を出し、逆撫でようとしている。そして、それに乗ってしまう。
「てめぇ、俺の女を抱いたのか?」
「それがどうした!てめぇ、が確りしてネェからこんな風になっちまうんだ!てめぇが優柔不断だからこんなになっちまったんだ、何か答えてみろよ!」
「てめぇ見たいな奴に、中立者気取りのヤツの俺の何が判ってるってんだ!」
「てめぇ、ヨカよっぽど周りの事分かってるよ」
「周りだけだろ、俺のこと知った風にしやがって俺の事なんかちっとも判ってないくせに!」
 確かに慎治の言っていることは正しかった。
 聞き入れるには耳が痛かった。
 俺だって自分の事どれだけ知っているかなんってわかりゃしない・・・、他人から見ないと分からないって事だってあるだろうし。
・・・、だけど、酔いの勢いに任せ甘ったれた事を言っちまっていた。
 慎治がどれだけ周りを気にしているのか知っていたくせに酷い事を言っちまったんだ。
 奴はさらに言葉を続け俺の怒りの感情を逆撫でる。
「アァ、それがどうした!オウヨッ、何回も抱いてやった隼瀬を貪ってやった。テメェの事なんか忘れさせる位な!」
「てぇめぇ~~~~~~~~~!」
 慎治のその言葉に到頭、俺は怒りに我を忘れ奴に殴り掛かろうとその場を動き出していた。
 拳を振り上げ慎治にそれを向けようとした瞬間、それを誰かによって簡単に阻止される。
 それをしたやつの顔を酔った目でまじまじと確認していた。
 俺より先に慎治や香澄の方が先にそいつの名前を挙げていた。
「貴斗、何でお前がここに?」
「ぇッ?貴斗?」
「余りにも暇だったから、ぶらっと、散歩」
「貴斗、放せよ!」
〈何でお前がこんなところに?〉
 そう言うとヤツは力任せに突き押した。
 それの所為で後ろによろめき倒れそうになるが今度は手を再び貴斗に捕まれ、倒れる事はなかった。
 俺の足場がしっかりした事を確認すると貴斗はすぐに手を放してきた。
「そうじゃないダロッ、オマエ入院してたはずじゃ?」
「今朝、強引に退院させてもらった、退屈だからなぁ、病院」
「バカなこと言ってんな、お前全治5ヵ月って聞いてたぞ!」
 それは春香が始めて貴斗の事を俺に教えてくれた時の事で今はもっと深刻な状態になっているのを知っていた。とてつもない不安がよぎりはじめる。
「アンタ、何やってんのよ、貴斗、アンタに何かあったらしおりン凄く心配すんのよ」
「心配ない、香澄。宏之、色々と迷惑掛けたな・・・・・・」
 こいつは俺達が言った事も気にせず何故か謝って来ていた。それもほんの僅かの事でいきなり怒り交じりの声を俺に向けていた。
「だがこれ以上俺の幼馴染みを傷つけるナッ、すべてを思い出した。俺が記憶喪失じゃなかったら絶対宏之、お前に香澄を預けたりはしなかったんだ!」
 コイツがどうしてそんな事を言っているのか理解できなかった。
 だがその言葉で再び怒りが爆発した俺は叫ぶようにヤツの名前を呼び、拳を震わせ今にも殴り掛かろうとしていた。
「タカトォーーー、貴様ぁーーーっ!!」
「慎治、俺はコイツと話がある」
 怒りを露わにした俺を無視するように貴斗は慎治と何かを話していた。その後、香澄も慎治も直ぐにこの場から消え去ってゆく。
「こぉんのぉやぁろぉーーーーーーlっ!」
 それを待っていたかのようその言葉と共に貴斗のヤツに攻撃を仕掛けていた。
 貴斗は俺の攻撃を避け様ともせず、その場に突っ立っているままだった。
 何発かヤツを殴ると急速に怒りは収まりを見せていた。
「貴斗、何で避けなかったんだ!?お前だったら俺のこんなヘナチョコなパンチ何ってことないだろ」
「同じ事を二度言わせるな。お前が俺を殴りたけりゃ幾らでも殴らせてやるとな・・・、・・・、・・・。だが、命をくれやるのは見逃してくれ。宏之、すべて思い出した。だからそれだけは許せ」
「・・・?」
「まだ・・・、酔いが醒めていないようだな。少しここで待ってろ」
 貴斗はそう言葉に残すとどこかの店の壁に背を凭れ地べたに座っている俺を置き去りにして行ってしまった。だがヤツは怪我していない方の腕に何かを持って直ぐに戻ってきた。
「宏之、飲めっ」と言って貴斗は何かを投げつけてきた。
 それを確りと受け取った。・・・、水の入ったペットボトルだった。
「ゴクッ、ゴクッ、ゴキュッ、プハァ~~~、アンガト」
「酔い、醒めたか?」
「あぁ、楽になった。何でお前がここにいるんだ?何しにここへ現れたんだ。それにお前こんな所にいて大丈夫なのか?お前みんなが知っているほど大丈夫じゃないだろ」
「一度に多く質問するな・・・。麻里奈さんに聞いた。お前の気持ちを確認したいから俺はここへ現れた。・・・、俺の容態知っているのか?いや、何故それを知っている?」
「・・・・・・・・・・・」
 俺のほうはというと何も言えず沈黙するだけ。そしてコイツもそんな俺に何も声をかけてこなかった。しばらく静寂が訪れてしまった。
 大分ましになった俺は座っていた場所から立ち上がり貴斗の姿を確認していた。
 するとヤツの方から口を動かしてきたんだ。
「俺は今、詩織と別れ春香と付き合っている」
「笑えねぇ冗談はよせよ」
「俺は春香と付き合ってる。彼女を好きなだけ犯し、貪り、汚し、いらなくなったら・・・・・・、捨てる」
 貴斗は絶対にこんな事を軽々しく言うヤツじゃない。
 だけど、俺はそれを知りつつも怒りを覚え、またコイツに殴りかかっていた。
「春香にそんな事したら只じゃおかねぇぞぉーーーーーーッ!」
 再び、怒気を吐きながら貴斗に攻撃を仕掛けていた。だが、今回はヤツにそれを簡単にかわされていた。
 直ぐ貴斗の方に振り返った。だけど俺の次の攻撃はなかった。
 それを見た貴斗は冷静な口調で言葉をかけてきた。
「今、俺が言った春香の事でお前は凄い怒りを覚えたな。何でだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「わかってんだろ?自分にとって関係ない奴等何て罵られ様が汚され様がどんな災いがそいつ等に降りかかろうと気にも留める事がない。どんな災難、大事故が起きて、それによって多くの命が失われて、その時は多くの連中が嘆き、悲しみ、怒り、哀れみ、悼みいるだろう。だが、それは上辺だけのこと。当人の家族や友人達と違い、時とともにその心は風化する。もし、俺達が出来事を記録に残すという方法を知らなければ、全て忘却の彼方へ。ずっとその思いを持ち続けるのは遺族と最も親しかった者たちだけだと思う・・・。それは所詮他人事に過ぎないからな。遠い他人同士が本当の意味で共感など有り得ない、見た事もないやつの心など理解できるはずも無い。だが、実際に自分たちの身の親、大事な友達、最も愛する人にそんなことが遭ったらどうする?今、宏之がとった行動みたいに本当に怒り、嘆き、悲しんだりする。この国ってのはよ俺達男が何人もの女性と同時に結ばれるって事が許されてないんだ。それくらいお前だって分かってるだろ?」
「あぁ、うんなぁ事ぐらい分かってる」
「だったら宏之、自分の気持ちにもっと正直になれ!何が一番大切なのかよく考えろ」
 コイツはそれだけ言うと小さく折ってある紙を渡してきた。
「何だよ、これは?」
「俺がここから去ってから読め!」
 貴斗はそれだけ言うと俺に背を向けどこかへ行ってしまいそうになった。
 だから直ぐに呼び止め、今抱いている疑問を問いかけていた。
「分かった・・・、一つだけ聞かせてくれ!何でお前はそこまで俺を信頼し助けようとする。俺がお前と従兄弟って関係の理由じゃ駄目だからな!」
「・・・・・・・・・・・・」
「答えろ貴斗!」
「・・・、思い出しちまったんだな俺との関係。それは・・・、ユキ・・・、雪菜ちゃんのためだ」
 貴斗は自分の心臓のある位置を親指で指しながら俺の妹の名前を言ってきた。
「意味がわかんねぇぞ!分かりやすく答えろよっ!!!」
「俺は雪菜ちゃんによってこの命をながらえさせてもらった」
 貴斗は俺にヤツのすべての行動理念みたいなモノを教えてくれた。
 貴斗も十四年前の事故で瀕死の状態だった。
 雪菜も貴斗もどちらが先に命を落としてもおかしくない状態だったらしい。だけど、貴斗の方がより酷く心臓に大きなダメージがあった。
 それでも精神的にヤツの方が強かったらしく適性のこともあったらしく先に逝ってしまった妹の損傷が無かったそれを貴斗に移植し何とか一命を取り留めたと言うんだ。
 しかも当時の移植技術では貴斗自身助かったのも奇跡らしかった。
「ユキの為に俺はお前に何かがしてやりたかった。助けになりたかった。俺のココロのどっかにユキの事があったから記憶喪失だった時の俺でもお前と親密な関係でいられたんだと思う」
「貴斗、お前・・・、アリガト」
「カッ、感謝されるようなことしてない。俺に感謝するならお前の気持ちに決着をつけてからだ・・・、それと感謝するなら俺じゃ無く・・・、ユキにしてやれ」
 貴斗は照れるように俺から顔を背けそんな事を言っていた。
 それから貴斗と別れる際、ヤツは笑いながら言ってきた言葉があった。
『もしお前が一夫多妻を求めるんなら中東かどっかへ行っちまえ』ってな。
 俺は貴斗のその冗談に苦笑してしまった。
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