シーラカンスと黒い翼

石谷 落果

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case1 ウツミ・ルイ

ウツミ・ルイは水球を弾く②

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『力を無駄に使うな!』
 ぼくの頭上をぷかぷかと浮かぶ、シーラカンスのメリアは脳天目掛けて1番大きな前ヒレを叩き落とした。
 目の前に白い光が飛び散って、遅れて鈍い痛みが頭に走った。
「いったー! ありえない!」
 棍棒を垂直に振り下ろされたような衝撃に、ぼくは顔をしかめた。
「減るもんじゃないし、いいでしょ」
 頭上を見上げると、メリアは古代魚らしい5つのヒレを器用に動かして空を泳いでいる。骨と石の中間のような固い素材で構成された骨格は、ぼくが標本や図鑑で知っているシーラカンスよりもやや丸みを帯びていて、幼い容姿をしている。
『減らないのはルイの体力だけだ。自然は間違いなくすり減る』
 シーラカンスがもう一度、ヒレを振り上げたので、ルイはとっさに立ち上がって身を逸らした。
 メリアは反動でくるりと身体を一回転させた。尾びれが空気を仰いで、ぼくの頬を撫でる。
「いいじゃないか。少し遊ぶくらい」
 ぼくは痛む頭頂部をさすりながら、唇を熱帯魚のように尖らせた。
『ちょっとした悪戯のつもりが人を殺めてしまう、そんな取り返しのつかない事件が後を絶たないことを知ってるだろう? 支配能力の暴走は、誰にでも起こり得る可能性を孕んでいる。三大災害と呼ばれる風壊、炎罰、氷死、いずれの大災害も人が意図的に発生させたわけじゃない。コントロールを失ってしまった結果なんだよ』
 メリアは三角形の尖った口をゆっくりとぱくぱくと開閉してそう言った。
「そうやって自分で見てきたかのような……。メリアが言うなら本当なんだろうけどさ、君はなぜそれを知っているの?」
『あくまで我々は、宿主が生まれたからそばに居るだけだからだ』
「うーん、わかんない」
 ただ、ひとつわかっていることは、ぼくが物心ついた時には、すでにメリアはそばにいて、ずっと変わらず、老いる事もなく、ぷかぷかと頭上を浮いているということだ。ここが水深数百メートルだと言わんばかりに縦横無尽に自由気ままに遊泳する。メリアは人よりも人らしく言葉を発し、ぼくの知らない知識や聞き覚えのない情報を硬い頭骨の内側に蓄えている。そして、気味の悪いことに、視界から消えてもぼくにはメリアがなんとなくどこにいるかわかる。
 メリアを認識する瞬間は唐突だった。朝、目覚めた時にはいなかったが、昼食を食べて眠気に襲われて曖昧な意識の後には存在していた。日常の隙間にひっそりと現れた。
 初めは空を飛ぶ鳥と同じで、古代魚に似た空を泳ぐ生き物がいると思っていた。この世界には形容しがたい姿を持つ、変わった進化を選ばされた生物が山ほどいる。環境に適応する洗練された遺伝子がシンプルでスタイリッシュとは限らない。しかし、幼なじみのミクモ・エノにはシーラカンスのようなの姿をした生物が見えなかった。午後の授業が始まる前、裏庭へ彼女を引っ張って連れていき、何度も指を差して、円を書いてと示しても、両眼をまん丸にして激しくまばたきを繰り返すだけだった。
 
 あの日、表現しようのない不安感に襲われたぼくは、プライマリースクールを飛び出して、父のいる雑貨屋に走った。普段通り、背の高いカウンターに座って穏やかな笑みを浮かべている父に、自分の身に起こっている現象を訴えた。しかし、実の父でさえ友人のエノと同様で、シーラカンスの姿はどこにもないと言った。
 その時の父は、落ち着いた表情で何かを伝えようとしていたが、ぼくは逃げるように雑貨屋を後にして自宅へ向かったのだ。
 今でも当時の光景は、鮮明に思い出すことができる。
 
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