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case0 プラント=クシー
風壊①
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テレス=クシー博士がリノモス国のアマランガ海岸を訪れたのは、息子の明るい表情を見るためだった。この日の海岸は天気が良く、薄雲すらない。天涯まで突き抜けるような空だった。
クシー博士は自然と笑みのこぼれてしまいそうな爽快な景色を前に、じっと構えたまま動けなかった。砂浜に両脚を突き刺して、願いが叶うことを祈った。
息子のプラントは浮かない顔をして、父のごつごつした手を握る。
「プラントは空と海どっちが好きかい?」
「……人に聞く前に自分が答えなきゃ。パパはいつも僕にそう言うでしょ」
クシー博士は優しく唇を噛んだ。
「私は両方とも好きだよ」
プラントは熱帯魚のように口を尖らせた。わ
「なんだよ、つまらない」
砂を蹴るプラントを、クシー博士は覗き込んだ。
「そうかな? 入道雲の映える暑い季節は心が童心に戻れる。寒中に飛び込む海の鋼のような冷たさは身も心も引き締めてくれる。そして何より、空も海も圧倒的にシンプルだ。同じ組成の気体、または液体が分散しているだけ。大気の七十八%が窒素で、二十%が酸素だ。海水は様々なミネラルが溶け込んでいるが、本質は水だ。わたしたちはそんな単純な分子に生かされている」
「やっぱり、つまらないじゃないか。単純過ぎるよ」
「私はそこが好きなんだ」
プラントは眉間しシワを寄せる。目の下のクマが日差しを強く吸収している。
「際限なく複雑な物質や技術を欲しがる我々も、こと生存するということに限ってはたった数個の原子をつなぎ合わせた分子に頼っている。屈服せざるを得ないさ」
クシー博士はプラントの頭をゆっくりと撫でた。ブロンド色でストレートな細い髪が指先をくすぐった。
プラントはじっと目をつむって掌の感触を味わっていたかと思うと、ゆっくりとクシー博士の脇にもたれかかった。
「パパの抱いている感情は屈服じゃなくて崇拝だよ。人類がどれほど文明を極めようと最期には自然に殺されることを直感しているんだ。僕は空も海も好きじゃない。ただ、どちらかと言えば空の方が嫌いだ。……鳥が憎いから」
クシー博士はプラントを抱き寄せた。彼の痩せ細った体は震えていた。時折右肩を睨みつけては、喉元に掌を押し付ける。
クシー博士は自然と笑みのこぼれてしまいそうな爽快な景色を前に、じっと構えたまま動けなかった。砂浜に両脚を突き刺して、願いが叶うことを祈った。
息子のプラントは浮かない顔をして、父のごつごつした手を握る。
「プラントは空と海どっちが好きかい?」
「……人に聞く前に自分が答えなきゃ。パパはいつも僕にそう言うでしょ」
クシー博士は優しく唇を噛んだ。
「私は両方とも好きだよ」
プラントは熱帯魚のように口を尖らせた。わ
「なんだよ、つまらない」
砂を蹴るプラントを、クシー博士は覗き込んだ。
「そうかな? 入道雲の映える暑い季節は心が童心に戻れる。寒中に飛び込む海の鋼のような冷たさは身も心も引き締めてくれる。そして何より、空も海も圧倒的にシンプルだ。同じ組成の気体、または液体が分散しているだけ。大気の七十八%が窒素で、二十%が酸素だ。海水は様々なミネラルが溶け込んでいるが、本質は水だ。わたしたちはそんな単純な分子に生かされている」
「やっぱり、つまらないじゃないか。単純過ぎるよ」
「私はそこが好きなんだ」
プラントは眉間しシワを寄せる。目の下のクマが日差しを強く吸収している。
「際限なく複雑な物質や技術を欲しがる我々も、こと生存するということに限ってはたった数個の原子をつなぎ合わせた分子に頼っている。屈服せざるを得ないさ」
クシー博士はプラントの頭をゆっくりと撫でた。ブロンド色でストレートな細い髪が指先をくすぐった。
プラントはじっと目をつむって掌の感触を味わっていたかと思うと、ゆっくりとクシー博士の脇にもたれかかった。
「パパの抱いている感情は屈服じゃなくて崇拝だよ。人類がどれほど文明を極めようと最期には自然に殺されることを直感しているんだ。僕は空も海も好きじゃない。ただ、どちらかと言えば空の方が嫌いだ。……鳥が憎いから」
クシー博士はプラントを抱き寄せた。彼の痩せ細った体は震えていた。時折右肩を睨みつけては、喉元に掌を押し付ける。
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