宇宙船地球号2021 R2

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第5話 004 東北ユーラシア・日本支部間DMZ内廃墟ビル

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 ビルの外壁には多数の銃弾の跡があった。三階以上の窓ガラスはそれぞれ粉々に砕け散っており、もはや廃墟のビルと表現した方が良い状態だった。

「中には誰もいないようね」
 最上階の中央にあった一室のドアを開けながら、絵麻が言う。

 次の瞬間にはその中へと足を踏み入れる。それを見た俺も彼女の後へと続いた。

 同種の侵入を防ぐため、先刻、近くにあったテーブル、椅子など様々な家具でビルの入り口にバリケードを造った。
 その後、八神の呼びかけにより、ビルの安全を確認するため、俺たちは手分けしてこの廃墟ビルの中を探索することになった。

 俺と絵麻は上の階の担当が割り振られたため、俺はこうして彼女と行動を共にしている。一方の美雪、八神、洋平の三人は下の階を調査中だ。

 入ったばかりのその部屋には、正面の壁際に大きなクローゼットが置かれており、中央には小さな丸テーブル、窓際にはクイーンサイズのベッドがあった。
 この部屋の家具の配置やいくつかの部屋の様子からすると、このビルは元々ホテルだったのかもしれない。

 だが、ビルの上部に着けられた看板はボロボロで、内装も外装もかなりの部分が破損しており、それは俺の想像の範囲の域を出なかった。

「下も問題ないわね」
 いつの間にかベッドが置かれた付近の床に寝そべっていた絵麻が、ゆっくりと立ち上がりながら言った。

 同種がどのような挙動をするか今の俺たちには予測不可能だ。身体能力の限界も不明で、いつ、どこから襲われるかもわからない。だが、想定できないことを心配しても仕方がないので、とりあえず俺たちの間では、人間が隠れそうな場所を逐一チェックし周囲の安全を確かめることになっていた。

 突然、ガタリ、と音が鳴った。先ほど視認したクローゼットの方角からだ。
 俺はナイフ、絵麻はコルトパイソンを握りしめ、そのクローゼットの扉へと近づいて行った。

 中からこそこそと話し声が聞こえた。これにより中の者たちが同種ではないと判断したのか、絵麻がそっと扉を開けた。

 俺と同じくらいの年齢の男と十二歳くらいの女の子がそこにはいた。
 彼らの周辺には大量のペットボトルや缶詰などの数々。足元には食べかすや飲みかけの物が散乱しており、彼らは少し怯えた表情で肩を寄せ合っていた。

 ふたりは俺と絵麻が同種ではないと判断したのか、ゆっくりと立ち上がりクローゼットの中から這い出してきた。

 男の背丈は俺より低く、黒い髪は肩くらいまであり、かなり太めの体形をしていた。
 日本支部乗組員用の制服を身に着けていることから、おそらく男は日本支部の何かしらの部署に所属しているのであろうことがうかがえた。その制服のデザインは薄茶色を基調としたIT部の物とは違い、多少青みを帯びた色がところどころに点在していた。あまり見たことのない模様だったので、彼がどこの部署の所属なのかはわからなかった。

 女の子はややピンクがかった髪の色でその長さは腰くらいまであった。
 白いピン留めで前髪を止めており、その小さく華奢な身には裾の青い白のワンピース。さらにその上から白のカーディガンを羽織っていた。これを見た俺は、この宇宙船地球号で彼女は最も若い世代の人間かもしれない、と推察した。

「その制服――そのマーク、もしかして62周期の人?」
 開口一番、男が訊いてきた。

 俺の制服の左袖には黄色のワッペンが貼られており、コールドスリープに入った人間が目覚める周期を表す数字がその中に印字されている。男が述べた数字は俺が今回目覚めた周期そのものだった。

 早野耕太、と名乗った後、男は自分が61周期の人間であると言った。そして、女の子の方は如月芽衣という名らしく、60周期に目覚めた、とのことだった。

「ちょっと待て――早野……早野でいいよな。なんでおまえたちは、コールドスリープに入ってないんだ?」
 少し挙動不審になりながら、俺は確認した。

 宇宙船地球号に居住する人間は、惑星アナスタシアへの長い航行のため一年間船内活動を行った後、多少の誤差はあるが、特別な役職の者以外はその周期毎に一斉にまたそれぞれの周期のコールドスリープ・ルームにおいて十年の眠りへとつくことになっていた。年齢を重ねる期間を少しでも抑えるための措置だ。

 そして、一年という期間船内活動を行う理由は、コールドスリープ用カプセルに滞在する期間が長いと身体に悪影響を及ぼす可能性が高いことがひとつ。次に乗組員は船内・船外での各種メンテナンス作業、一般の人は地球上で行っていたビジネスの継続のため、というようなものがその主だった。
 つまり俺と早野の場合であると、ちょうどふたりの周期が入れ替わるタイミングのはずで、睡眠するコールドスリープ・ルームの場所も違う俺と早野がここでこうして顔を合わせていること自体が、ほぼありえないこと、と述べても過言ではなかった。

「俺が目覚めた時には、すでに同種がその辺をうろついていて、カプセルにたどり着くことさえできなかった」
 少し悲し気な表情をして早野が答えた。

 よく彼の姿を見てみると、長期間風呂に入ってないのか、肌は埃で浅黒くなっており、ところどころすり傷が残ったままだった。如月芽衣と名乗った女の子も同様で、彼らの長い同種との戦いの経過を物語っているように思えた。

「芽衣ちゃん――面倒だから、芽衣と呼ばせて貰うわ。芽衣は確か60周期と言ったわよね。同種はその頃からいたの?」
 絵麻が訊いた。台詞とは違い声は若干優しい感じだった。

 この質問に、芽衣はこくりと頷く。
「うん、もういた。芽衣がコールドスリープの部屋から出て、そのまま学校に行こうとしたら、そこにはもう同種がうようよしていたよ」

 彼女の言葉どおりだとすると、彼女は早野より一年近く前に同種と遭遇しており、俺たちと出会うまで生き延びた、ということになる。おそらく十以上の違いがある俺たちでさえ半日も経たず全滅しかけたというのに凄まじい生命力だな。
 俺は心の中で深く感嘆した。

「ということは、二年前にはもう同種は存在していた……そうなるわね」
 と言って、絵麻は細めの顎へと手を持っていく。

 そのまま何やら考え込み始めようかとした時だった。ガチャリと部屋のドアが開く音が聞こえた。
「あれ? 人数増えてますね」
 と、女の声がした。

 見ると、美雪、洋平、八神の三人がそこには立っていた。

 彼らはクローゼットの前へとやってきた。そして、全員が一か所へと集まった。

「自己紹介は後にするとして……とりあえず、昼ご飯を食べよう。朝から何も食べてないだろ? 俺たち」
 クローゼットの中にある缶詰やペットボトルを目にしながら、洋平が提案してきた。
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