宇宙船地球号2021 R2

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第24話 015 日本支部東京区新市街下部(1)

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 陽気な音楽が流れてきた。

 車のクラクションの音。楽しそうな会話の声。子供たちの笑い声、大人たちの笑い声。ロックコンサートが開かれているのかプロスポーツの試合が行われているのかわからないが、時折歓声も聞こえてくる。
 それらがひとつの集合体となって、この血だらけの無機質な空間に響き渡った。
 
 全員が無言だった。
 結局、コールドスリープ・ルームを素通りすることになった。
 襲われている人々を助けなかった葛藤、さらに63周期の人たちが目を覚ます前に、あの部屋の状況が変わるのだろうかという疑問もあった。
 だが、何もしなかった。
 何もできなかった。
 俺たちはすべてを振り切ってあの場を離れたのだ。

 日本支部東京区新市街が近づく度に、心が締めつけられていく。
 単純な罪悪感に苛まれているというわけではなかった。
 
 俺じゃなくて良かった。
 私じゃなくて良かった。
 僕じゃなくて良かった。
 後発組じゃなくて良かった。

 家族だってあの中にいないし、親しい友人や恋人もいない。
 だって、仕方ないじゃないか。うん、仕方がない。
 良くやってるよ、俺たちは。こうして冥福を祈ってるんだから。

 思いたくもない言葉が俺の頭を埋め尽くした。
 それはこの場にいる全員同じであるはずだ。

 日本支部東京区新市街の大きなエントランスがはっきりと前方に見えた。

 そこから漏れてくる灯りがネオンのように切り替わる。
 俺たちがこの凄惨な現場にいる事がフィクションなのかと勘違いするほど、その中では人々が通常の生活を送っているかのように思えた。

 徐々に大きくなっていく喧騒。それを耳にした俺たちの空間を移動するスピードも自然とあがる。

 壁という壁を蹴り続け、鳥のように俺たちは飛び続けた。最終的にはもはや、浮く、という表現は正しくないだろう、と思うほどの速度になった。
 そして、絵麻を先頭にして俺たちはそのエントランスを潜った。
 
 ようやくたどり着いた。
 避難所はここだ。
 俺たちは助かったんだ。
 形容しがたい負い目に背中を引かれながらも、俺はその時そう思った。

「何なの、これ?」
 絵麻が掠れ声を零した。

 俺の身体が重力維持装置の影響範囲に入ろうかというタイミングだった。
 背中越しなので表情はうかがえない。彼女は何故か呆然と立ち尽くしていた。

 胸の鼓動の高まりを抑えきれず、もはや絵麻の言葉なんて聞いていなかった俺は、期待感を膨らませて新市街の敷地へと降り立った。
 次の瞬間には顔を上げ、嬉々として周囲を見渡す。

 そこには何もなかった。

 あるのは奥を取り囲む闇と時折上から照らされるネオンだけ。
 他には何もない。

 背後にいた他のメンバーもそれを目にしている俺たちに続いて、エントランスの中へと降下してくる。
 この情景を見て一様に絶句したのか誰もが声を発しなかった。

「新仕様超強化合成アクリル板ね。私がコールドスリープする前に噂は耳に挟んだことはあるけれど、まさか完成していたなんて……」
 隣に並びかけてきた芹香が、天井を見上げながら言った。
「なんで、ビルがあんな風になってるんですか?」
 次に美雪が声を震わせながら訊いた。

 まだ天井を確認していなかった俺は、彼女たちの台詞を聞いてようやくその方角へと顔をやった。
 瞬時に垣間見えたその異常な光景。
 それは、俺の中肉中背の身体を困惑の色で埋め尽くすことになった。

 遥か頭上には、暗闇を背景にした明るく光るアーケードがあった。至る所にそれは張り巡らされており、ここからではいくつものブルーライトケーブルが天井を這っているかのように見えた。
 立ち並ぶ大型のビル。区画整理された細長い道。それを通るミニチュアカーのような新市街専用エレクトロニクスカーの数々。ドーム型の球場、ランドマークタワー、少し離れた位置にある高級住宅街、新区役所の大きな姿もそこにはあった。
 ネオンがあらゆるところから飛び交い、そのひとつが下にいる俺の顔を照らしつける。
 
 街並みはまさしく俺が知っている東京区新市街そのものだった。
 それ自体は何も変わりはない。

 だが、俺がいう異常な点とは、それが全部逆さまになっていることだった。

「重力維持装置を逆に利用したのね。新仕様超強化合成アクリル板は、宇宙船の窓ガラスの約千倍の強度と噂で聞いたことがある……だから、この船全体の重力装置に反抗させて、このような芸当ができたということなのかな。けれど、そんなことのためだけに、こんな大げさなことをするかしら。どうも、それだけではないような気がするけれど……」
 そう述べながら、芹香は顎に手をやって考え込んだ。
「芹香先生、それどころではありません」
 美雪が焦燥を帯びた表情で言う。

 少し離れた場所にいた芹香の腕を引っ張っり、俺たちの元へと引き戻す。
 彼女がそうした理由は、すぐにわかった。

 暗闇の中から大量の同種たちがふらふらと現れる。彼らはしばらくその付近を蠢いていた。俺たちの存在にまだ気がついていないのか、束の間はその状態が続いた。

 だが、やがてその時は来た。
 内一体がパッとこちらへ顔を振り向けた。それはあたかも短距離走のスタートを切るような合図のようだった。
 そして、いつの間にか俺たちを取り囲むような位置を取っていたその同種の群れは、四方八方から一斉に走り出した。
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