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第40話 025 日本支部東京区新市街地下閉鎖病棟A・ドーム出口間桁橋(2)
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同種の歯から粘りのある唾液が滴り落ちる。それが集合体となり、橋の白いコンクリートに水たまりを造った。
さらにその水たまりに彼らの足がつく。その場で大量の水滴を飛散させながら、こちらへと向かってくる。
それに呼応するかのように大量のうめき声が、俺たちの身体を包み込んだ。
そこで、ポーン、という場違いな音が鳴った。
空気が固まったかのようだった。
同種の顔は一様にその音の方向――俺たちの背後へと向いた。
それは早野も洋平も同様だった。
この隙に攻撃を行えば良かったのだが、反射的に俺の視線もそちらの方へと移動した。
長い黒髪の女の子がそこにいた。
年齢と身長は芽衣と同じくらい。打ち上げ花火が刺繍された大正時代を感じさせる着物に足元は足袋、さらに高いソールのついた草履をはいており、この宇宙船地球号においてはかなり異質な服装だった。
手には手毬のようなものを持って、黒い大きな目を俺たちの方へ向けていた。
その隣には洋平より少し低いといったくらいの大男。盲目なのだろうか、自然な形で目を閉じている。
こちらは一枚の長く黒い着物に侍結びをした帯を撒いており、その懐には鞘に入った長い刀が二本差してあった。
そして、黒髪の女の子は手毬をこちらに掲げたかと思うと、口をゆっくりと開く。
「我が名は柳生十兵衛元親改め夜叉丸が娘、柳生十兵衛姫神楽。妾の名において命ずる――見よ、刑馬」
刑馬と呼ばれたその大男は、その閉じていた目を見開いた。
「赤目……」
洋平が彼の目玉を表してそう声を零した。
彼の表現は まさしく的を得ていた。その大男の目玉は同種の一種である赤目が持つ目玉とほぼ同じだった。
俺たちが驚愕の表情を浮かべている最中、何かが終わったといった感じで大男はその目を閉じた。
うめき声がぴたりと止んだ。それを不可思議に思った俺は視線を元の位置へと戻した。同種たちはいずれも苦しそうに顔を歪め、その動きを止めていた。
俺たちを襲おうとしてこちらへと向かおうとするが、身体が動かないといった感じだった。
ここで我に返った。
この機会を逃すまいとランボー・ナイフでその同種たちに切りかかった。同種が無防備な今こそ反撃の狼煙をあげる時だ。
だが、そのタイミングで、
「これ、そこの者。かの者たちを相手にしているような時間はない。妾についてまいれ」
と、黒髪の女の子が呼びかけてきた。
そのまま大男と共に後方に身体を向けた。
着物を着て、時代錯誤を感じさせるふたり。身長があべこべなこともあってか、奇妙な雰囲気を並び立つふたりの背中は醸し出していた。
俺は彼女のこの台詞で冷静になった。
動きを止めた同種たちの奥に動きを止めていない同種が大量にいたのだ。
「早野立て」
と言って、早野を引き起こす。さらに洋平を伴って、扉の向こう側へと消えた黒髪の女の子と赤目の大男の背中を追った。
すでに例のふたり組は、ドアの向こう側に消えていてその姿は見えない。窮地を救ってくれたことから鑑みると、悪い人たちではなさそうだ。
彼らには色々と聞きたいことがあるが、今はこの場を切り抜けることを優先しなければならない。うめき声の不協和音がまた後ろから近づいてきている。
橋の先にもまだ同種がいるかもしれないし、弾薬もない。いかにあの大男に特殊な能力があるとはいえ、先程の女の子の言質からすると、何かしらの制限がありそうだ。
危機的状況であることは未だ変わりない。
「圭介、洋平。それにしても、ヤギュウジュウベエヒメノカグラってやけに長い名前だね」
背後で早野が感想らしきものを述べた。
若干体力に余裕ができたのか、いつもの顔色に戻っていた。
「いや、早野。そっちじゃないだろ、気にするのは。あの目だ、あの目。あれって超能力だよな」
洋平が早口で捲し立てる。
その隣では、芽衣が、うんうん、と頷いている。
「超能力、超能力か……ああ、俺もそう思う」
ランニングを続けながら、同調した。
「あれがあれば、もう同種が何体いても問題はなさそうだな。しかし、同種の動きを止めるなんて、あの超能力凄いよな」
そう述べてから、洋平はまた感嘆の吐息を漏らす。
「ちょ、ちょっと待って、みんな……あのね、芹香先生は違うと思うな」
芹香が俺たちの意見を否定した。
ぜえぜえ、と青い息を吐く。麗と八神に連れられ這う這うの体でここまで来たようだ。
「芹香先生。あれって超能力じゃないんですか?」
俺の思考を遮るかのように、絵麻と共に先を走っている美雪が訊いた。
「ああ、芹香先生。俺もそう思っているんだけど……どう思う?」
美雪の質問に追随した。
全速力で走っているためか、息が途切れ途切れになる。
「美雪ちゃん、圭介君。まだ確信には至ってないけれど。たぶん、あれは超能力ではないと思う。ある程度大枠は私の推測通りじゃないかな。ううん、あれだけではなく、この疫病の正体も――原因はそうじゃないかと思ってたのだけれど、あの大きな男の人の目とさっき起こったことでかなり自説に自信が持てたわ。人間がなぜ同種のような存在になってしまうのかということも……そう、医療用ナノテクノロジーで説明がつくと思うの」
長時間のランニングの疲れからか顔面を蒼白にさせながら、芹香が言った。
さらにその水たまりに彼らの足がつく。その場で大量の水滴を飛散させながら、こちらへと向かってくる。
それに呼応するかのように大量のうめき声が、俺たちの身体を包み込んだ。
そこで、ポーン、という場違いな音が鳴った。
空気が固まったかのようだった。
同種の顔は一様にその音の方向――俺たちの背後へと向いた。
それは早野も洋平も同様だった。
この隙に攻撃を行えば良かったのだが、反射的に俺の視線もそちらの方へと移動した。
長い黒髪の女の子がそこにいた。
年齢と身長は芽衣と同じくらい。打ち上げ花火が刺繍された大正時代を感じさせる着物に足元は足袋、さらに高いソールのついた草履をはいており、この宇宙船地球号においてはかなり異質な服装だった。
手には手毬のようなものを持って、黒い大きな目を俺たちの方へ向けていた。
その隣には洋平より少し低いといったくらいの大男。盲目なのだろうか、自然な形で目を閉じている。
こちらは一枚の長く黒い着物に侍結びをした帯を撒いており、その懐には鞘に入った長い刀が二本差してあった。
そして、黒髪の女の子は手毬をこちらに掲げたかと思うと、口をゆっくりと開く。
「我が名は柳生十兵衛元親改め夜叉丸が娘、柳生十兵衛姫神楽。妾の名において命ずる――見よ、刑馬」
刑馬と呼ばれたその大男は、その閉じていた目を見開いた。
「赤目……」
洋平が彼の目玉を表してそう声を零した。
彼の表現は まさしく的を得ていた。その大男の目玉は同種の一種である赤目が持つ目玉とほぼ同じだった。
俺たちが驚愕の表情を浮かべている最中、何かが終わったといった感じで大男はその目を閉じた。
うめき声がぴたりと止んだ。それを不可思議に思った俺は視線を元の位置へと戻した。同種たちはいずれも苦しそうに顔を歪め、その動きを止めていた。
俺たちを襲おうとしてこちらへと向かおうとするが、身体が動かないといった感じだった。
ここで我に返った。
この機会を逃すまいとランボー・ナイフでその同種たちに切りかかった。同種が無防備な今こそ反撃の狼煙をあげる時だ。
だが、そのタイミングで、
「これ、そこの者。かの者たちを相手にしているような時間はない。妾についてまいれ」
と、黒髪の女の子が呼びかけてきた。
そのまま大男と共に後方に身体を向けた。
着物を着て、時代錯誤を感じさせるふたり。身長があべこべなこともあってか、奇妙な雰囲気を並び立つふたりの背中は醸し出していた。
俺は彼女のこの台詞で冷静になった。
動きを止めた同種たちの奥に動きを止めていない同種が大量にいたのだ。
「早野立て」
と言って、早野を引き起こす。さらに洋平を伴って、扉の向こう側へと消えた黒髪の女の子と赤目の大男の背中を追った。
すでに例のふたり組は、ドアの向こう側に消えていてその姿は見えない。窮地を救ってくれたことから鑑みると、悪い人たちではなさそうだ。
彼らには色々と聞きたいことがあるが、今はこの場を切り抜けることを優先しなければならない。うめき声の不協和音がまた後ろから近づいてきている。
橋の先にもまだ同種がいるかもしれないし、弾薬もない。いかにあの大男に特殊な能力があるとはいえ、先程の女の子の言質からすると、何かしらの制限がありそうだ。
危機的状況であることは未だ変わりない。
「圭介、洋平。それにしても、ヤギュウジュウベエヒメノカグラってやけに長い名前だね」
背後で早野が感想らしきものを述べた。
若干体力に余裕ができたのか、いつもの顔色に戻っていた。
「いや、早野。そっちじゃないだろ、気にするのは。あの目だ、あの目。あれって超能力だよな」
洋平が早口で捲し立てる。
その隣では、芽衣が、うんうん、と頷いている。
「超能力、超能力か……ああ、俺もそう思う」
ランニングを続けながら、同調した。
「あれがあれば、もう同種が何体いても問題はなさそうだな。しかし、同種の動きを止めるなんて、あの超能力凄いよな」
そう述べてから、洋平はまた感嘆の吐息を漏らす。
「ちょ、ちょっと待って、みんな……あのね、芹香先生は違うと思うな」
芹香が俺たちの意見を否定した。
ぜえぜえ、と青い息を吐く。麗と八神に連れられ這う這うの体でここまで来たようだ。
「芹香先生。あれって超能力じゃないんですか?」
俺の思考を遮るかのように、絵麻と共に先を走っている美雪が訊いた。
「ああ、芹香先生。俺もそう思っているんだけど……どう思う?」
美雪の質問に追随した。
全速力で走っているためか、息が途切れ途切れになる。
「美雪ちゃん、圭介君。まだ確信には至ってないけれど。たぶん、あれは超能力ではないと思う。ある程度大枠は私の推測通りじゃないかな。ううん、あれだけではなく、この疫病の正体も――原因はそうじゃないかと思ってたのだけれど、あの大きな男の人の目とさっき起こったことでかなり自説に自信が持てたわ。人間がなぜ同種のような存在になってしまうのかということも……そう、医療用ナノテクノロジーで説明がつくと思うの」
長時間のランニングの疲れからか顔面を蒼白にさせながら、芹香が言った。
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