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第42話 026 日本支部東京区新市街地下コールドスリープ・ルーム前通路(2)
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「……そなたは阿呆と言ったかのう」
俺たちに並びかけた姫が、洋平に向かって確認した。
「誰があほうだ。俺は洋平だ」
そう言葉を返して、洋平は鼻息を荒くした。
「であれば、阿呆ではなく洋平という名の阿呆。それは阿瑠賀放至かのう? おお、今は鉄砲という名に変わったのじゃった。その鉄砲かのう?」
「どちらにしても阿呆じゃねえか。まあいい。これか?」
と訊き返しながら、洋平が姫の目の前にネイルガンをやる。
「やや、よく見れば釘がついているではないか。となると、あの場所にたくさんあった鉄砲とは別物ということになるかのう」
少し興奮した口調で、姫が言った。
「ねえねえ、姫ちゃん。たくさんあったって、それどこにあったの?」
といつの間にか、彼女の横にいた芽衣が尋ねた。
ふたりとも同じような身長なので並ぶと姉妹のように見える。
それは良いとして、姫の口振りからすると武器庫のような部屋があるということのように思えた。
もしそうであるのであれば、完全に弾薬を切らしてしまった俺たちにとっては朗報だ。
「この先じゃ。詳しくいうなれば、大きな玉手箱がたくさんある部屋の少し先に行ったところになるかのう」
天井を見上げるような仕草をしながら、姫が言った。
大きな玉手箱がたくさん、ということはおそらくコールドスリープ・ルームのことを指しているはずだ。
「村一番の鍛冶屋の又佐が言うておうた。かような鉄砲は見たことがないとな。どうやって動かせば良いかわからぬとも言っていたかのう。まったくもって、使えぬ奴じゃ。しかも道半ばではぐれよって、あの阿呆は」
そう続けて、姫は少し腹立たし気な顔を見せる。
「姫、その鉄砲がある場所はどんなところだった? 同種が大量にいるような危ない場所だったか?」
同種の不在を祈りながら、俺は訊いた。
現在一発の銃弾も持たない俺たちが多数いる同種の脅威を逃れてその場所にたどり着けるとは到底思えない。
「……同種? おお、お主らの言葉ではあの化け物のことじゃったのう。そういえば、その同種とやらはいなかったのう。じゃが、躓くところが多くてそういう意味では危ないともいえるが……」
姫は俺が期待していた通りの台詞をほぼ述べてくれた。
後半の部分は少し気になるところではあるが、同種がいないということだけでも十分有益な情報だ。
小一時間くらいを経た後、
「……姫様。玉手箱の部屋です。圭介殿……いや、圭介と呼ばせていただこう。圭介、右手が玉手箱の部屋だ」
沈黙を保っていた刑馬がようやく口を開いて、そう言った。
俺は右側へと顔を向けた。
62周期・63周期のコールドスリープ・ルームでの、あの嫌な記憶が蘇った。
ドアはその時と同じく開いている。
だが、同種のうめき声が一切聞こえてこないことから鑑みると、おそらく中はそこまで危険ではないだろう。
だが、
「あれ? 何かおかしくない?」
先頭を麗と共に進んでいた早野が、自問するかのように訊いた。
「そうね、早野。確かに変ね……」
言葉尻を濁しながら、麗が同調する。
ふたりの元へと駆け寄ってコールドスリープの状況を確認した。
「何だ、これ。全部開いている……」
次の瞬間、図らずもそう声が零れた。
コールドスリープ・ルームの中のカプセルの蓋はすべて上がっており、視認できる限り誰の姿も見えなかった。
コールドスリープ・ルームは原則的に入れ替わりで使用されるので、いずれかの周期の人間が必ず入っているはずだ。
滞在期間は十年周期だから、少なくとも十年後付近に目覚める予定の人間がカプセルの中にいなければおかしい。
そう断言しても差し支えはない。
急いでコールドスリープ・ルームのドアの左側へと顔をやった。
そこには周期が記載されているプレートがあるはずで、周期がわかれば誰もいなくなってしまった原因がわかるかもしれない。
だが、プラスチックのケースからプレートは抜け落ちており、その姿は周囲のどこにも見当たらなかった。
「あのドームでのあの同種の数……やっぱりおかしいと思ってたわ。開かれたカプセルのドア。その中にいるはずの人々の不在。辻褄は全部合う。そう、ここにいた人間がすべて同種に変わったとしたら納得できる」
俺の横に並びかけながら、絵麻が推察を述べた。
「それはそうとして、ひとつ疑問なのだけれど……そもそもここは日本支部なのかしら?」
麗が誰ともなくそう訊いた。
「イエス、マイロード……レヴィ・ジェット・リー。自分が見る限り、あのドームにいた同種の中に日本人らしき人間は、ほぼいませんでした」
早野が敬礼しながら答えた。
確かに彼の述べた通りだった。
同種のあまりに人間離れした姿に意識はまったくしていなかったが、日本人らしき黒髪を持つものはあまりいなかったような気がする。
麗の疑問ももっともで、もしここが日本支部だとしたら、同種はほとんど日本人のはずだが、ドームにいる同種たちは明らかにそうではなかった。
「話はそれくらいにしろ。ここにいても何もわからない。先に進むぞ」
俺の困惑を遮るかのように、八神が全員にそう呼びかけた。
俺たちに並びかけた姫が、洋平に向かって確認した。
「誰があほうだ。俺は洋平だ」
そう言葉を返して、洋平は鼻息を荒くした。
「であれば、阿呆ではなく洋平という名の阿呆。それは阿瑠賀放至かのう? おお、今は鉄砲という名に変わったのじゃった。その鉄砲かのう?」
「どちらにしても阿呆じゃねえか。まあいい。これか?」
と訊き返しながら、洋平が姫の目の前にネイルガンをやる。
「やや、よく見れば釘がついているではないか。となると、あの場所にたくさんあった鉄砲とは別物ということになるかのう」
少し興奮した口調で、姫が言った。
「ねえねえ、姫ちゃん。たくさんあったって、それどこにあったの?」
といつの間にか、彼女の横にいた芽衣が尋ねた。
ふたりとも同じような身長なので並ぶと姉妹のように見える。
それは良いとして、姫の口振りからすると武器庫のような部屋があるということのように思えた。
もしそうであるのであれば、完全に弾薬を切らしてしまった俺たちにとっては朗報だ。
「この先じゃ。詳しくいうなれば、大きな玉手箱がたくさんある部屋の少し先に行ったところになるかのう」
天井を見上げるような仕草をしながら、姫が言った。
大きな玉手箱がたくさん、ということはおそらくコールドスリープ・ルームのことを指しているはずだ。
「村一番の鍛冶屋の又佐が言うておうた。かような鉄砲は見たことがないとな。どうやって動かせば良いかわからぬとも言っていたかのう。まったくもって、使えぬ奴じゃ。しかも道半ばではぐれよって、あの阿呆は」
そう続けて、姫は少し腹立たし気な顔を見せる。
「姫、その鉄砲がある場所はどんなところだった? 同種が大量にいるような危ない場所だったか?」
同種の不在を祈りながら、俺は訊いた。
現在一発の銃弾も持たない俺たちが多数いる同種の脅威を逃れてその場所にたどり着けるとは到底思えない。
「……同種? おお、お主らの言葉ではあの化け物のことじゃったのう。そういえば、その同種とやらはいなかったのう。じゃが、躓くところが多くてそういう意味では危ないともいえるが……」
姫は俺が期待していた通りの台詞をほぼ述べてくれた。
後半の部分は少し気になるところではあるが、同種がいないということだけでも十分有益な情報だ。
小一時間くらいを経た後、
「……姫様。玉手箱の部屋です。圭介殿……いや、圭介と呼ばせていただこう。圭介、右手が玉手箱の部屋だ」
沈黙を保っていた刑馬がようやく口を開いて、そう言った。
俺は右側へと顔を向けた。
62周期・63周期のコールドスリープ・ルームでの、あの嫌な記憶が蘇った。
ドアはその時と同じく開いている。
だが、同種のうめき声が一切聞こえてこないことから鑑みると、おそらく中はそこまで危険ではないだろう。
だが、
「あれ? 何かおかしくない?」
先頭を麗と共に進んでいた早野が、自問するかのように訊いた。
「そうね、早野。確かに変ね……」
言葉尻を濁しながら、麗が同調する。
ふたりの元へと駆け寄ってコールドスリープの状況を確認した。
「何だ、これ。全部開いている……」
次の瞬間、図らずもそう声が零れた。
コールドスリープ・ルームの中のカプセルの蓋はすべて上がっており、視認できる限り誰の姿も見えなかった。
コールドスリープ・ルームは原則的に入れ替わりで使用されるので、いずれかの周期の人間が必ず入っているはずだ。
滞在期間は十年周期だから、少なくとも十年後付近に目覚める予定の人間がカプセルの中にいなければおかしい。
そう断言しても差し支えはない。
急いでコールドスリープ・ルームのドアの左側へと顔をやった。
そこには周期が記載されているプレートがあるはずで、周期がわかれば誰もいなくなってしまった原因がわかるかもしれない。
だが、プラスチックのケースからプレートは抜け落ちており、その姿は周囲のどこにも見当たらなかった。
「あのドームでのあの同種の数……やっぱりおかしいと思ってたわ。開かれたカプセルのドア。その中にいるはずの人々の不在。辻褄は全部合う。そう、ここにいた人間がすべて同種に変わったとしたら納得できる」
俺の横に並びかけながら、絵麻が推察を述べた。
「それはそうとして、ひとつ疑問なのだけれど……そもそもここは日本支部なのかしら?」
麗が誰ともなくそう訊いた。
「イエス、マイロード……レヴィ・ジェット・リー。自分が見る限り、あのドームにいた同種の中に日本人らしき人間は、ほぼいませんでした」
早野が敬礼しながら答えた。
確かに彼の述べた通りだった。
同種のあまりに人間離れした姿に意識はまったくしていなかったが、日本人らしき黒髪を持つものはあまりいなかったような気がする。
麗の疑問ももっともで、もしここが日本支部だとしたら、同種はほとんど日本人のはずだが、ドームにいる同種たちは明らかにそうではなかった。
「話はそれくらいにしろ。ここにいても何もわからない。先に進むぞ」
俺の困惑を遮るかのように、八神が全員にそう呼びかけた。
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