宇宙船地球号2021 R2

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第52話 030 南マケドニア・北ギリシャ連合支部廃棄街下水道(2)

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 洋平が身体を向けている先の水路に、鮫のヒレと思われるものが大量に浮かんでいるのが見えた。水を切り裂きながら、こちらへと恐怖心を煽るかのように近づいてくる。
 地下研究施設にいた鮫を彷彿とさせるが、そのサイズから想定すると、そこにいた鮫よりはかなり小型のようだ。

「橋を渡って挟み撃ちにするぞ、早野、圭介、芽衣は俺についてこい」八神が俺たちに指示を送ってくる。「各自銃器で対応しろ。ああ小さいとナイフで切りつけるのは至難の業だ。ネイルガンも鮫の肌で釘が滑る可能性がある」
「おお、ようやく試射を兼ねた実戦ができるということですね。八神さん、了解です」
 早野は嬉々とした感じでそう言うと、俺の背中を軽く押し前へと誘った。

 八神たちと共に橋の向こう側に渡ると、俺はピースメーカーをボストンバッグから抜き出した。
 そのまま前へと構える。
 弾はすでに装填済み。後は鮫の群れ目がけて弾を放つだけだ。
 このピースメーカーは、ARSENAL塔で空の銃を持ち出す際、早野に勧められたリボルバーで、正式名称はCOLT SINGLE ACTION ARMY 1st GENERATION Ranger Model NICKEL FINISH SPECIAL EDITIONという長ったらしいものだ。
 通称はピースメーカー、またはSAAともいう。俺が持つこのタイプは外観が銀色に塗装されている。銀色塗装のバージョンは元々モデルガンだったらしいが、早野によると十数年ほど前に実銃に格上げされたとのことだ。

 ピースメーカーのフル装填されたリボルバーをキリキリと回す。心の準備はすでにできている。
 緊迫した空気を肌で感じながら、俺は水面から鮫が飛び出してくるのを待った。

 水路を挟んで俺の正面にいるのは麗だった。
 彼女はARSENAL塔で使っていたベレッタ二丁を前に構えている。
 背後にいるのは美雪だ。お馴染みのアサルトライフルを手にしている。最後列の洋平が腕に抱えているものも、同タイプのアサルトライフル。その手前にいる絵麻が装備している銃器は、いつもと同じコルトパイソンだった。

 俺の手前にいる八神もそのアサルトライフルを構えており、背後の芽衣は九九式短小銃をハンドガンに改良した九九式拳銃、通称九九式を二丁手に持っていた。
 その塗装は両方とも迷彩柄。さらにその後ろで殿を担当する早野も同じ九九式二丁だが、こちらは二丁とも単色の黒で塗装されていた。

「ねえ、圭介お兄ちゃん。姫ちゃんたち大丈夫かな」
 芽衣がぼそりと呟く。
 と同時に、九九式二丁の撃鉄が引かれる音が聞こえてきた。
「まあ、刑馬さんがいるから大丈夫だ。たぶん、守るという意味合いでは俺たちメンバーの中で刑馬さんほど適格な人もいないと思う。少なくとも俺があそこにいるよりは全然マシだ」
 率直な意見を返した。

 残りの刑馬、姫、芹香、又佐は俺たちから少し離れた場所におり、そこで身を寄せ合っている。
 いざという時は先頭にいる刑馬が彼女たちを保護する手筈だ。
 この先俺たちに何かあった場合、その場を離れるか、彼が目を開いて敵を動けなくするか、アーチェリーで敵を殲滅するか。いずれかで対処することになるだろう。
 刑馬の使うアーチェリーの威力は凄まじいものがあるので、できればこの閉鎖されたような場所でそれを使って欲しくはない。

 そして、メンバーの配置確認が終わった瞬間に、小型鮫の群れは俺たちのいる方角へと一斉に襲い掛かってきた。
 向かってくる鮫の群れのスピードはある程度速い。
 だが、俺たちが放った銃弾は面白いように彼らにあたり、彼らの血が蛙の群れが飛び跳ねるように辺りを舞った。
「タイミングの問題かはわからないけど簡単だね、芽衣ちゃん、圭介」
 早野が背後から声をかけてくる。
「そうだね、早野お兄ちゃん。同種さん、可哀想だけれど、これから早野お兄ちゃんと芽衣の九九式が火を吹くぞ」
「……芽衣。一応言っておくが、俺のピースメーカーも忘れるなよ――しかし、早野。ほんと、あいつら不気味なほど狙いやすいな」
 そう言って、彼らの意見に同調した。

 状況は、端的に言うと早野の言葉通りだった。
 小型鮫は簡単に仕留めることが可能で、緑色のライトが反射された水路に、死体となったそれらは次々と力なく沈んでいく。
 地下研究施設の鮫とは違い、死の間際に足掻くような素振りもなかった。

 だが、個体数はそれなりに多いようで、一度その姿がなくなったかと思うと、また奥からスピードをあげて新たな小型な鮫が何体も現れる。
 もちろん生き物が息たえる様子を見るのは楽しいものではないが、俺たちはシューティングゲームのようにそれらを殺戮していった。
 あまりにも簡単に死んでくれるので、彼らは、俺、早野、芽衣さらに洋平にとっては新しい銃器の良い練習台となってくれたとも言えるかもしれない。

 十分ほど経つと彼らの姿は完全になくなって下水道の水路は血の海になった。
 罪悪感を感じたせいなのかはわからないが、俺を含めた全員が無言でその光景を見つめながら、下水道の先にあった階段を登った。
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