宇宙船地球号2021 R2

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第54話 031 南マケドニア・北ギリシャ連合支部廃棄街下水道・貯水槽(2)

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「八神さん、圭介……ね、ねえ。引き返した方が良くない?」
 絵麻が訊いてきた。
 先程と同様で暗闇の恐怖に怯えているのだろう。
「……そうだな。絵麻の言う通りかもしれん。嫌な予感がする」
 意外なことに、八神も絵麻の意見に同意した。
 また例によって先に進むのかと思っていたが、今回は迷う様子もなく足をエントランスへと向ける。
 次の瞬間だった。
 大きな崖崩れのような音が聞こえた。
 その方向へと顔を向けると、ちょうどエントランスのコンクリートの扉が下へとその身を動かしている最中だった。

「お、おい。あれってやばくないか?」
 洋平が狼狽えた声を出した。
 誰の返答も待たず走りだそうとする。
 だが、八神が彼の肩を手で掴み引き留めた。
「洋平。もう間に合わない。しかもあれは俺たちが手動でどうこうできるタイプの門ではない」
 と、告げる。
「そうだな、八神さん。洋平、絵麻、もうどうしようもない。あのエレベーターに乗ろう」
 首を軽く横に振ってから、彼らに呼びかけた。
 
 特段誰からの反論もなく、俺たちはそのままぞろぞろとエレベーターに乗り込んだ。
 入る前から想像はしていたが、中はボロボロで見える範囲すべてに錆や汚れがついていた。
 もちろん上へ向かっている間も、あちらこちらから鉄が軋む音がした。

 結局エレベーターはひとつ上の階にいっただけだった。俺たちの身体が完全にその場から離れると、そのタイミングで機体はまた自動的に下へと向かった。
 モーター式であったことこともあり、鈍い音を立て動くその姿は、次に使用した際にはもう作動しないような印象を俺に与えた。
 それはあたかも俺たちのこの先の行く末を予言しているかのようだった。

 そして、その上の階はモノレールの駅ターミナル――ではなく、大きな中庭だった。天井の境目が見えないことから疑似昼夜モードが稼働しているようだが、夜モードのライトタイプの時間帯となっており、ちょうど太陽が沈んだ時くらいの明るさ設定になっているので、見えないことはないがその照明はかなり薄暗かった。
 周囲は洋平の身の丈より少し高いくらいの木々が、その身長を揃えて立ち並んでおり、少し遠く大きな洋館が見えた。若干それらの木々が造り上げた道が迷路のように入り組んでいるが、おそらく三十分程度歩けばその洋館にたどり着く程度の距離だ。
 それ以外はどこを見渡しても何もない。
 モノレールの駅ターミナルなどもっての他だった。

「トラップのようにも思えるわね」麗が言う。「地図通りに道を進んだのに、あったのはモノレールではなくあの洋館だけ。それに私たちがここに来たのを図ったかのように下がったあのエントランスの門……」
「レヴィ・ジェット・リー。確かに誰かに陥れられているような気がしますね」
 早野が追随する。
 彼の手にはすでに九九式があり、いつでも戦闘に挑めるよう準備は整っているようだ。
「で、でも俺たちをトラップにかけて誰が得するんだ?」
 洋平が声を震わせながら、尋ねてくる。
 台詞を終えるや否や、アサルトライフルを握りしめる音をさせた。

「おお、早野お兄ちゃん、洋平。戦闘準備だね」
 芽衣が九九式を振り回しながら言う。
「なるほど。いよいよ来たってわけだな、芽衣。となると、この村一番の鍛冶屋であるこの又佐の出番というわけかい。姫様を守るのはやっぱりおいらしかいねえからよ」
 又佐も腕捲りをしながら、威勢の良い言葉を吐く。
 彼の手にはネイルガンがあった。

 技術力はあるが銃器を扱うのが下手で、彼以外の意見の一致で拳銃の所持を禁止されていた。だが、又佐が何も持たせないのかと騒ぎ立てるので、面倒臭がった八神によりネイルガンを与えられた。

「又佐君はこっちね……」又佐を自分の身の方へと引き寄せながら、芹香が言う。「でも、誰が得するかはわからないけれど、その可能性はあるわね」
「あのメモと写真……あれ自体が俺たちをここにおびき寄せるための罠ということか。いや俺たちじゃなくても、レジスタンス軍を……」
 それを聞いた俺は、自問してから考えを頭の中で整理しようとした。
 だが、俺の思考を遮るかのように
「おい、皆の衆。誰とは誰じゃ? 妾に申してみよ」
 と、姫が声をあげた。
「姫。ほんと馬鹿だな、お前。誰っていえばそりゃ……あれだよ。誰だろうな?」
 姫を蔑んだわりに、洋平は挙動不審な物言いをする。
「姫様、洋平にはわからぬのです」
 近くにいた刑馬が、ぼそりと彼なりの結論を述べた。
「どうやらそのようじゃ、刑馬。それにしても、重々は承知していたけれど、やはり洋平は阿呆じゃのう」
 そう言って、姫は目を細める。
「誰が阿呆だ。みんな誰かわからないんだよ」
 と若干声を荒げながら、洋平が言葉を返した。

 そこで、ミシッという音がした。
 白い薄汚れたローブのようなものを身に纏った同種が、木々の陰から薄いうめき声を漏らしながら現れた。
 こちらへゆっくりと向かってくる。
 身体をこれ以上ないくらい左右に揺らしており、通常の同種よりはかなり行動が遅かった。
 これなら簡単に対処できる。
 そう判断したが、次の瞬間目を見開く結果となった。

 なぜなら彼が身に着けていたそのローブらしきものは、俺たちが地下道のレジスタンス軍のアジトで見たあの旗そのものだったからだ。
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