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第61話 033 中欧連合支部チェコ管理区域洋館・如月芽衣ルート(2)
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部屋を出た。
照明は先程と何ら変わりなく、明るいとまではいかないが、オレンジ色程度はある。
だが、それが逆に何か不気味な雰囲気を醸し出しているように芽衣には思えた。
通路は延々と奥まで続いていた。
早野や洋平は閉まっているドアを見つける度にノブを回す。だが、中は多少床に紙が散乱しているだけの何の変哲もない部屋ばかりだった。
落ちている紙にしても、付近の情報がわかるようなものは一切見当たらない。まるで、誰かに選別され持ち出されたかのように思えた。
それはドアが開いている部屋も同じだ。
また、時折死体が床に置かれているケースもあったが、それらは一様に動く素振りを見せなかった。クローゼットのような家具もドアが開かれているものが多く、先ほどのように不意を突かれる心配はほとんどない。
「なあ、早野。死体の服装――やっぱりレジスタンス軍の人たちだよな」
「何体かここまでに見てきたけど……そうだね。僕もそう思うよ」
「レジスタンス軍の人たちも災難だよな。同種に変わってしまって、また俺たちに殺されて」
「洋平。殺された方が彼らにとって、幸せなのかもしれない。誰もあんな風になってまで生き続けたくないよ」
「そりゃ一理あるかもな。しかし、犬以外の同種――俺たちがここにたどり着くまでに倒した同種も、すべてその元レジスタンス軍だったんだろうな」
「すべてじゃないとは思うけど……でも、おそらく家具のドアが開かれているのも、彼らがここに入ってきた時に、開けたんじゃないかな」
「同種に変わる前に、ということか。ありえるな」
家具の置かれていない一室に入ると、洋平と早野の間で状況を分析するような会話がなされた。
芽衣が口を挟んでも彼らと同じ意見しかないので、とりあえず今は沈黙を保つことにしておいた。
部屋を出てさらに通路の奥まで行くと、やがて研究施設のような場所にたどり着いた。
両側の横に長いガラス窓の奥は薄い赤い色の溶液に満たされていて、何やら気味の悪い物体が至る所に浮かんでいる。
先刻芽衣たちが殲滅した同種の犬タイプの姿もあった。
動かないところを見ると死んでいるはずだが、その目はじっと芽衣を見つめているような気がした。
「たぶん、ここがゴールだね」
早野が少し長かった旅の終焉を告げる。
彼の視線の先を追ってみると、地下へと続く行く低い階段があり、その先にはEXITと書かれたドアがあった。
洋館に似つかわしくないその標識を見た芽衣も、間違いなくあれは出口だろうと推察した。
「どうやら、そのようだな」
そう言うと、洋平はボストンバッグをおもむろに床へと置いた。
「どうしたの? 洋平」
何をしようとしているのかわからなかったので、尋ねた。
「……早野、芽衣。ここで待っていろ。みんなを呼びに行ってくる」
と述べると、洋平は研究施設のドアをガチャリと開けた。
「洋平、気をつけてね。八神さんや圭介たちを探している最中同種に出くわすかもしれない」
早野が通路へと身体をやった洋平に声をかける。
「ああ、問題ないぜ。犬コロはたぶんいないし、いてもおそらく動きの鈍い同種だけだからな」
そう返答すると、洋平はそのまま元来た道を引き返していった。
喧騒が止んだ。
こうして静かな空間にいると、早野とふたりでいた時のことをまた思い出す。
一年間孤独に生きてきて誰にも救いを求められず絶望していた芽衣が早野に出会ったあの日のこと。その日に同種に襲われてふたりで逃げ出したこと。
ネイルガンの素材を集めて、ふたりでそれを造ったこと。
夜寝袋に包まって、そのネイルガンを手に持ってふたりで同種に怯えながら寝たこと。
ネイルガンで初めて同種を倒した日のこと。そのネイルガンでも、助けられなかった人たちがいたこと。同種に変わってしまった人たちをネイルガンで撃ち殺したこと。
スーパーマーケットに入って食料を得ようとしたら、ネイルガンを手に持っていたことから強盗と勘違いされ、中に立てこもっていた人たちに追い払われたこと。
その後、大量の同種に囲まれ、ネイルガンを使いふたりで道を切り開いたこと。
そんな日々がずっと続いた。
命の危険なんて何度感じたことがあるかわからないくらいだ。
けれど早野が芽衣を助けてくれた。早野が芽衣に力をくれた。早野が芽衣を生かしてくれた。早野が芽衣に生きる希望を与えてくれた。
そう、芽衣が今着ているこの芹香がくれた迷彩服とブーツ以外は、全部早野がくれたものと言っても良いくらいだ。
早野の背中をもう一度見た。
このだらしなく太った身体のどこにそんな力があるのかと不思議だ。
色んなことを彼と話してきたが、未だその理由はわからない。
そんなことを考えていると、何となくしゃがみ込んでいる早野の背中を抱きしめたくなった。
思ったら即実行。
芽衣はそろりそろりと早野の元へ近づこうとした。
その矢先のことだった。
ドタドタと通路を走る足音がした。ドアが開く。
洋平が焦った顔で、研究施設の中に飛び込んできた。
「おい、扉を閉めてバリケードを築くぞ」
部屋に入るなり、言う。
そして、肩で息をする洋平のその台詞が終わる前に、早野と共に何度も聞いたあのうめき声が芽衣の耳の鼓膜を振動させた。
照明は先程と何ら変わりなく、明るいとまではいかないが、オレンジ色程度はある。
だが、それが逆に何か不気味な雰囲気を醸し出しているように芽衣には思えた。
通路は延々と奥まで続いていた。
早野や洋平は閉まっているドアを見つける度にノブを回す。だが、中は多少床に紙が散乱しているだけの何の変哲もない部屋ばかりだった。
落ちている紙にしても、付近の情報がわかるようなものは一切見当たらない。まるで、誰かに選別され持ち出されたかのように思えた。
それはドアが開いている部屋も同じだ。
また、時折死体が床に置かれているケースもあったが、それらは一様に動く素振りを見せなかった。クローゼットのような家具もドアが開かれているものが多く、先ほどのように不意を突かれる心配はほとんどない。
「なあ、早野。死体の服装――やっぱりレジスタンス軍の人たちだよな」
「何体かここまでに見てきたけど……そうだね。僕もそう思うよ」
「レジスタンス軍の人たちも災難だよな。同種に変わってしまって、また俺たちに殺されて」
「洋平。殺された方が彼らにとって、幸せなのかもしれない。誰もあんな風になってまで生き続けたくないよ」
「そりゃ一理あるかもな。しかし、犬以外の同種――俺たちがここにたどり着くまでに倒した同種も、すべてその元レジスタンス軍だったんだろうな」
「すべてじゃないとは思うけど……でも、おそらく家具のドアが開かれているのも、彼らがここに入ってきた時に、開けたんじゃないかな」
「同種に変わる前に、ということか。ありえるな」
家具の置かれていない一室に入ると、洋平と早野の間で状況を分析するような会話がなされた。
芽衣が口を挟んでも彼らと同じ意見しかないので、とりあえず今は沈黙を保つことにしておいた。
部屋を出てさらに通路の奥まで行くと、やがて研究施設のような場所にたどり着いた。
両側の横に長いガラス窓の奥は薄い赤い色の溶液に満たされていて、何やら気味の悪い物体が至る所に浮かんでいる。
先刻芽衣たちが殲滅した同種の犬タイプの姿もあった。
動かないところを見ると死んでいるはずだが、その目はじっと芽衣を見つめているような気がした。
「たぶん、ここがゴールだね」
早野が少し長かった旅の終焉を告げる。
彼の視線の先を追ってみると、地下へと続く行く低い階段があり、その先にはEXITと書かれたドアがあった。
洋館に似つかわしくないその標識を見た芽衣も、間違いなくあれは出口だろうと推察した。
「どうやら、そのようだな」
そう言うと、洋平はボストンバッグをおもむろに床へと置いた。
「どうしたの? 洋平」
何をしようとしているのかわからなかったので、尋ねた。
「……早野、芽衣。ここで待っていろ。みんなを呼びに行ってくる」
と述べると、洋平は研究施設のドアをガチャリと開けた。
「洋平、気をつけてね。八神さんや圭介たちを探している最中同種に出くわすかもしれない」
早野が通路へと身体をやった洋平に声をかける。
「ああ、問題ないぜ。犬コロはたぶんいないし、いてもおそらく動きの鈍い同種だけだからな」
そう返答すると、洋平はそのまま元来た道を引き返していった。
喧騒が止んだ。
こうして静かな空間にいると、早野とふたりでいた時のことをまた思い出す。
一年間孤独に生きてきて誰にも救いを求められず絶望していた芽衣が早野に出会ったあの日のこと。その日に同種に襲われてふたりで逃げ出したこと。
ネイルガンの素材を集めて、ふたりでそれを造ったこと。
夜寝袋に包まって、そのネイルガンを手に持ってふたりで同種に怯えながら寝たこと。
ネイルガンで初めて同種を倒した日のこと。そのネイルガンでも、助けられなかった人たちがいたこと。同種に変わってしまった人たちをネイルガンで撃ち殺したこと。
スーパーマーケットに入って食料を得ようとしたら、ネイルガンを手に持っていたことから強盗と勘違いされ、中に立てこもっていた人たちに追い払われたこと。
その後、大量の同種に囲まれ、ネイルガンを使いふたりで道を切り開いたこと。
そんな日々がずっと続いた。
命の危険なんて何度感じたことがあるかわからないくらいだ。
けれど早野が芽衣を助けてくれた。早野が芽衣に力をくれた。早野が芽衣を生かしてくれた。早野が芽衣に生きる希望を与えてくれた。
そう、芽衣が今着ているこの芹香がくれた迷彩服とブーツ以外は、全部早野がくれたものと言っても良いくらいだ。
早野の背中をもう一度見た。
このだらしなく太った身体のどこにそんな力があるのかと不思議だ。
色んなことを彼と話してきたが、未だその理由はわからない。
そんなことを考えていると、何となくしゃがみ込んでいる早野の背中を抱きしめたくなった。
思ったら即実行。
芽衣はそろりそろりと早野の元へ近づこうとした。
その矢先のことだった。
ドタドタと通路を走る足音がした。ドアが開く。
洋平が焦った顔で、研究施設の中に飛び込んできた。
「おい、扉を閉めてバリケードを築くぞ」
部屋に入るなり、言う。
そして、肩で息をする洋平のその台詞が終わる前に、早野と共に何度も聞いたあのうめき声が芽衣の耳の鼓膜を振動させた。
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