宇宙船地球号2021 R2

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第63話 036 中欧連合支部チェコ管理区域洋館・右京芹香ルート(2)

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 芹香の言葉を合図とするかのように、檜の扉が壊れそうなほどの勢いで開く。
 続いて次々と窓が突き破られ、一呼吸の間もなくすべてが割れた。
 さらに、至るところから同種が現れる。

 侵攻してきた同種は、先刻の動きが鈍い種類の者たちではなく全員赤目だった。
 赤目たちはあっという間に陣を敷くかの如く扇を描く。ホールの中央にいた芹香たちを取り囲もうとしているのだ。
 これから鑑みると、やはり知性らしきものを赤目には感じるが、そんなことを分析している余裕はもちろんない。

「姫、芹香殿。早うお逃げ下され」
 状況に危機感を抱いたのか、刑馬がそう呼びかけてきた。
「ね、ねえ。刑馬さんはどうするつもりなの?」
 右側の通路に通じる扉へと走り出しながら、芹香は尋ねた。
 自分がこの場にいても足手まといになることは重々承知している。
 
「芹香殿。お気遣いかたじけない。ですが、私はしばらくここに残りまする」
 刑馬が素早く答えを返してくる。

 だらんと下にしていた日本刀二本をゆっくりとあげた。
 おそらくそこで同種の侵攻を防ぎ、姫や芹香が逃げる時間を稼ぐつもりなのだろう。

 引け目を感じながらも、芹香は右側の扉奥へと身体を入れた。
 視線の先には麗たちが先へ行ったと思われる通路。全速力でそこを駆け抜ける。
 彼女と合流したら、この状況でもなんとかなるはずだ。
 少しの希望を抱きながら走り続けた。

 すぐに食堂らしき場所が見つかり、そこに踏み込んだ。
 中の同種は麗たちが倒したのか、すべてが床にうつ伏していた。

 奥に目をやると、すぐに階段が目に入った。
「姫ちゃん、上に……」
 と言いかけて、台詞を止める。
 てっきり自分の後をついてきていると思い込んでいたのだが、姫の姿はどこにも見当たらなかった。

 もしかして、玄関ホールの階段を一人であがってしまったのかもしれない。
 左側の通路は赤目の同種に塞がれていたので、彼女が行く可能性があるのはそこだけだ。
 そう思った芹香は、急いで階段を駆け上がろうとした。

 だが、その上の階には同種が複数いた。

 その同種たちはなぜか芹香の顔を眺めるだけで、階段を下りて攻撃しようとはしてこなかった。
 あれなら、あの同種なら、私にでも……
 そう思った直後に、芹香は大きく首を横に振る。
 武器も持っていない私が、同種を倒せるはずがない。
 いかに動きが遅いとはいえ、力が段違いであろう同種が待ち受けるあの場へと行くわけにはいかない。一瞬でやられてしまうのがオチだ。

 赤目の同種のものと思われる足音が、先ほど自分が通った廊下の方角から聞こえてきた。
 連動するかのように、足が震える。
 恐怖から、思わず壁際へと身体が寄った。

 そのタイミングで、ヒールの角が何かを押し込んだ。
 クルっと壁が回る。
 勢いで反対側へと身体ごと投げ出された。

「痛い……」
 肘をさすりながら、ふらふらと起き上がる。
 目を開けると、すぐそこにコンクリートの壁が見えた。
 天井に薄暗い照明がついており、一応ながら付近一帯を見ることはできそうだ。
 急いで周囲を確認する。
 幸いなことに、どこにも同種の姿はなかった。

 先に続く道も見えたことから、どうやらここは部屋ではなく通路であるようだ。
 通路を構成している建築材がすべてコンクリートということもあり、先程までいた洋館の造りとは趣が違った。
 又、防音装置が働いているのか、壁の向こう側にいると思われる同種の声は聞こえてこない。
 
 芹香は少し揺らめきながら、その通路を歩き出した。
 ここはどこなのだろうか。
 疑問を持ったまましばらく進むと、それはすぐに判明した。

 通路の角ばったところに、モニターやデスクトップパソコンがひしめきあって置かれていた。
「こ、これは……」
 芹香は図らずも声を漏らした。 
 モニターは、この洋館の中の通路、部屋などを映していた。今現在、同種の群れが洋館内で暴れ回っている姿もそこから観察できる。
 けれど、八神や麗を含めた芹香の仲間の姿はそのどこにも見当たらなかった。

 これで、この洋館が造られた目的が朧げながらにわかってきた。
 おそらく同種に関して何かしらの実験がここで行われており、その被検体がここからモニターされていたということになるのだろう。
 洋館で被検体の行動記録を取って、データーをデスクトップパソコンで分析し、どこかの機関に送る。
 この推察が正しいとすると、同種はやはりただ単にパンデミックが発生し突然変異でああなったわけではなさそうだ。
 もちろん同種の被検体にするためには、それに変わるような物質を体内に感染させなければならない。つまり、外にいた同種はこの洋館でナノマシーンを埋め込まれた可能性が高いということだ。
 
 であるするならば、この区域に入る前にあったあの門のトラップは被検者を無理やり洋館へ誘導するために用意したのかしら。
 そりゃ、誰も好き好んで同種になんかなりたくないものね。
 でも、それだけであんなトラップを用意するのかな。
 ここの設備も使われなくなってだいぶ経つみたいだし、やっぱり全容はこれだけではわかりそうにない。
 デスクトップパソコンを調べれば何かわかりそうではあるけれど、今そんな時間は取れそうにも……

 埃が溜まっているモニター数個とその下にある長テーブルに目をやりながら、芹香はそう思った。

 そこで、コツコツ、という足音が小さく聞こえてきた。
 少し先の壁際から人影が現れる。

 ど、同種……まずい、ここにいることに気がつかれたら一巻の終わりだ。
 芹香は強く唾を飲み込んだ。
 そして、モニターが上にあるテーブルの陰に身を潜ませ、その場に頭から蹲った。
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