宇宙船地球号2021 R2

文字の大きさ
上 下
86 / 99

第86話 044 南欧連合支部北部イタリア管理区域ミラノドリームピースランド・柳生十兵衛姫神楽ルート(2)

しおりを挟む
 しばらく歩いていると、はげ山の懐付近に洞窟が見えてきた。
 同種から隠れられそうな場所だったため、姫は刑馬を連れ立って何を思うこともなくその中へと入っていった。

 岩で囲まれた曲がりくねった道を抜けると、やや開けた場所に出た。
 そこには案内をする者が複数人いて、姫が推察していた通りさらに奥に行けば同種から逃れられる場所があるという。
 姫はそれを疑うこともなく信じ込んだ。

 彼らは、危険な場所でわざわざ人を避難場所へと誘導している。
 もしかすると、仕事のお役目を全うしているだけかもしれないが、この状況下で中々できることではない。
 自らの窮地を顧みないその行動は賞賛に値する。
 刑馬も同様に感じていたのか、彼らについて何も言及することはなかった。

 その案内人に笑顔で見送られた後、見たことのない木々が生い茂る林の中にあった通りを二人はしばらくの間道なりに歩いた。

 奇妙な鳴き声がところどころから聞こえる。
 その鳴き声にしても、姫が知る限り耳にしたことはないものだった。

 奥に森のない山がいくつかある広場へと出た。
 きょろきょろと辺りを見回す姫。岩がところどころにあるが、その山々以外は先が見えない程広々としていた。

 そして、姫の周囲の観察が終わった瞬間だった。
 先ほど聞いたものと同じような鳴き声が、今度は大きな塊となって耳に入ってきた。
 姫は反射的に顔を上へと向ける。
 造られた青い空。その天井高くに、信じ難い形をした巨大な鳥が羽をはためかせ飛んでいるのが見えた。

「け、刑馬。そなた、あのような獣をみたことがあるか? な、何なのじゃ、あれは……」
 鳥を視界に入れた姫は、声を震わせながら言った。
 毛がひとつもなく、後頭部が尖っていてくちばしがやけに鋭く大きい。
 肌の質も汚く、触るとじめじめとした粘り気のある液体が手につきそうだ。
 神様か仏様の使いかと初め考えたが、あのような醜い姿は、姫の思う神々しい使徒のそれでは到底なかった。

「ありませぬし、わかりませぬ。姫様」
 刑馬はそう答えると、残念そうに首を横に振った。
「そうか。そなたも、わからぬのか……」ため息をつきながら、姫も声を漏らす。「と、とりあえず離れることにしようかのう。食いつかれでもしたらかなわん」
「姫様、落ち着いてください。あの者、今にもこちらへと向かってきそうな目つきをしておりますが、生きている者の瞳をしておりませぬ」
 刑馬がよくわからないことを言う。

 その怪鳥は空を舞いながら、ぐるぐると同じところを回っていた。たまにこちらへと近づいたかと思うと来た道を戻り、また同じ場所へと向かってきて旋回を始める。
 それを幾度となく繰り返した。
「……姫様。おそらく、あの鳥はからくり人形の一種なのではないでしょうか」
 しばらくの時を経た後、刑馬が言った。
「ほう、からくりとな……」
 姫は腹の底から唸った。
「よく見てみてください、姫様。生きているようには見えますが、あの者が通っている経路は、同じようなところ。生き物であるのであれば、あのような動きをするわけはございませぬ。からくり人形と考えるのが自然というものです。姫様にはわからないかもしれませぬが、この刑馬にはわかりまする」
 刑馬が得意げに胸を張りながら語る。
「お主の態度は気にいらんが……」彼の態度を見た姫は、少しムッとしながら言う。「どうやらそのようじゃのう。奇怪なところに奇怪な人形、そしてあの奇怪な動き。この宇宙船とやらの奇怪な民は何を考えているのかいまいち不明じゃの。いとをかし、いとをかし。じゃが、もう良い。刑馬、行くぞ」
 
 しばらく歩くと、また毛が一本も生えていない巨大な生き物が、白い柵の向こう側に現れた。
 生き物は二体おりそれぞれ別の形をしていて、仲があまり良くないのか、牛のような獲物の骸を賭けて争っているように見えた。
 それらはある範囲を自由に移動しているが、それらの目玉と手足は規則的に動いており、どちらも人形であることはすぐに判別できた。

 その二体がいた先の通りを右に曲がると、背の丈のわりに手足の短いこれまた巨大な生き物が目の前に現れた。
 こちらも先ほどと同じく一定の範囲で行動しているが、その目玉は姫と刑馬を捉えたり、不規則に別の方角へと向いたりとしていた。
 先ほどの二体よりは、より獲物を狙うような素振りを見せているような気はしないことはない。

「ほんにようできとるのう……この船のからくり人形とは。のう、刑馬。そなたには本物のように見えているのかも知れんがの」
 姫は挑戦的な口調でそう言ってから、大きく胸を張る。
 刑馬はそれに反論することもなく、
「……姫様、少し様子がおかしゅうございます」
 と、忠告するような口調で言った。
「おかしい? 何がおかしいのじゃ」
 きょとんとしながら、姫は尋ねた。

 次に質問に回答しようとしてか、刑馬が口を開きかけた時のことだった。
 ドスン、と重い足音が姫たちのいる通りに鳴り響いた。
 
 その巨大な生き物が、姫たちの少し先にあった柵を乗り越えてきたのだ。
しおりを挟む

処理中です...