宇宙船地球号2021 R2

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第94話 046 南欧連合支部北部イタリア管理区域ミラノドリームピースランド・(レヴィ・ジェット・リー)ルート(3)

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 てつはうをもうひとつ投げつける。
 同種一体の頭にコツンと当たった。少し不発気味なのか炸裂も中途半端に鉄の破片が残り、それが麗の足元に落ちてくる。
 その鉄の破片は、どこか見覚えがある形だった。
「あれ? これ八神のライター……」
 半ば半信半疑だったが、麗はそう呟いた。
 すると、芹香がいきなり駆け寄ってきて、その鉄の破片を大きな焦げ茶色の岩のセットの向こう側へと蹴り飛ばした。
「つまづいたら危ないからね」
 と、次に取って付けたような物言いをする。
 なぜか、額から大量の汗が流れ出ていた。

 この芹香の態度に何かきな臭いものを感じながらも、麗は確かに芹香の言う通りだと思い直し同種の群れへと再び視線を送った。
 よく考えてみれば、こんなところにあの時の八神のライターがあるはずはない。
 冷静なつもりだったが、あまりにも突発的にパニックが発生したせいで知らない内に頭が少し混乱しているのだろう。

 麗はまたてつはうを投げた。
 そのてつはうは同種に当たり炸裂したかと思うと、目が痛くなるほどの光を麗の目に浴びせかけてきた。
「ま、眩しい……あれは何なの? 芹香」
 麗は、咄嗟にそう訊いた。
「てつはう三号の試作品です」
 芹香が新型てつはうの名称を告げる。
「ちょっと、先に言ってよね」
 麗は少し腹立たし気にそう述べた。

 まだ左目の視界には大きな斑点が残っている。
 炸裂するのは良いとして、わざわざ眩いばかりの光を伴わせる意味がわからない。
 少しイラっとしながら、もう片方の目でてつはう三号製作者の顔をうかがう。
 えへ、といった感じで、芹香は自分の頭を軽くコツンと殴りつけている最中だった。

 そして、その態度にさらなる怒りを感じた麗が、ゲンコツ数発彼女の脳天に食らわせようと拳を握りしめた矢先のことだった。
「あれ? 刑馬さんと姫ちゃんじゃないかな」と、芹香が確認してくる。「恐竜の人形の前で抱き合って何しているのかしら?  姫ちゃんが幼児返りでもしたのかな」
「……よく見なさい、芹香。あの恐竜、ちゃんと生きているわ」
 すでに視力が回復していた麗は、状況を観察しながらそう注意した。

 姫と刑馬、そして恐竜の位置関係を確認する。
 次に助走を大きく取った。足を高く上げてから、走り出す。
 恐竜との距離を縮めながら、然るべきタイミングを見計らいてつはう二号を足元へと投げつける。
 少し遠かったが、狙い通りの箇所に命中した。
 てつはうも無事炸裂する。また、今回のてつはうのタイプはてつはう二号だったらしく、光を発することはなかった。
 その衝撃により足の一部を破壊された恐竜は、大きく身体のバランスを崩した。突然だったこともあったせいか、声もあげずにそのまま地面へと倒れ込む。
 それを確認した麗は、迷うことなくその恐竜の元へと向かった。
「う、麗、助かったぞ。死んだかと思うたわ」
「かたじけない、麗殿」
 途中、近くにいたふたりそれぞれにそう呼びかけられた。
「無事で良かったわ」
 軽く返事をする。
 次の瞬間には、自分の胸元ほどある恐竜の額中央へピンヒールをねじ込んだ。

 足をぐりぐりとその中に押し込むと、その恐竜は身の毛もよだつような悲鳴をあげた。
 聞くに堪えないので、後数十回ほどピンヒールで踏みつけておいた。すると恐竜はいつの間にか声をあげなくなった。

「ああ、ティラノサウルスが……」
 芹香が悲哀の声をあげる。
「そういえば、そんな名前だったわね」その恐竜――ティラノサウルスの顔を見ながら、麗はそう返した。「でも、何でこんなのがここにいるのかしら」
「てぃらのさうるす……でいいのかのう。こやつの名前は。そのてぃら何とかは、人形に紛れてここに初めからおったぞ」
 口を噛みそうにしながら、姫が言う。
「姫ちゃんの言う通りだとしたら、イベントの途中から連れてこられたわけではなさそうね。でも、ティラノサウルスがこんな範囲で大人しくしているとは思えないわ」
 周囲を見回しながら、芹香は推察の言葉を述べる。
「いや、芹香。それより恐竜が生きてこの場にいる方が問題でしょ」
 呆れた口調で彼女を諫めた。
「まあまあ、麗殿。そのような談義は今は……」
 と言って、刑馬が仲裁してくる。
「刑馬の言う通りじゃ、麗、芹香。とりえあえず、外に出た方が良いのではないかの」
 と姫は提案した後、麗の方へと顔をやった。
「でも、姫。外に行っても同種がいるだけだから……」
 そう言いかけて、途中で言葉を切った。

 ザーという音がアトラクションの内部に響き渡る。

(まだ生きて建物の中にいる者がいるのであれば、キャッスル前広場の橋の前に来い。儂らが助けてやる。だが、建物の中にいたら死ぬぞ)
 と天井付近から、しゃがれ声のアナウンスが聞こえてきた。
 
「あれ? どこかで聞いたことがある声。確か公共放送のインタビューか何かで聞いたことがあるわ」
 何か思い当たる節があるのか、芹香は顔を天井へやりながら言う。
「芹香、それはまた後じゃ。で、どうする? 麗」
 姫が急かすかのように確認してくる。
「そうね。とりあえず、アナウンスに従うことにしようかしら。このままここにいても同種に囲まれるだけだしね」
 再び動き出そうとしている同種の群れを見ながら、麗はそう答えた。
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