宇宙船地球号2021 R2

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第99話 049 南欧連合支部北部イタリア管理区域ミラノドリームピースランド・アーケード街(2)

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 人ごみに揉まれながら開けた場所に出ると、左手にミラーハウスが見えた。
 その手前には俺が難民キャンプで見た黒い着物の女が、逃げ惑う人々に紛れてその場に立っており、その時同行していた連れを探そうとしてか周囲を右往左往していた。

 彼女の少し後ろ。ミラーハウスの建物と外を仕切るガラスの向こう側には、多数同種が見える。
 いつそれが破られてもおかしくない状態だった。
 さらに周囲にはその数倍の数の同種がいて、その方角へも逃げることはできなさそうだった。
「圭介兄ちゃん、早く行こうぜ。こんなところにいても、おいらの身長じゃ人が邪魔で何も見えないよ」
 又佐が先を急ぐよう促してきた。
「圭介、又佐。あっちに行くぞ」
 八神も俺と同じ判断をしたのかそう言うと、唯一同種がまだ集まっていない場所――正面にあった宇宙船の絵の上にSPACE PEACEと英語で記載されている看板を指で示した。
「あのアトラクション内で一度態勢を立て直す」
 と、続けて俺たちに告げる。

 スペースピースの建物は構造上いくつもの出口が複数階に渡り見え、その上層階から周囲の状況を把握し、いざとなったら逃げ場の確保もできそうだった。
 また、人もそう多くはなくはなさそうで、絵麻たちを探す算段をするのに最適の場所に思えた。
 これらを鑑みると、特に反対する理由も見つからない。そのまま彼の意見に従うことにした。

 そして、行きかう人々の群れに又佐が攫われないよう彼の身を自分の元へと引き寄せ、先を行く八神の背中を追った。

 建物の中に入るとすぐそこにエスカレーターがあった。
 同種の群れが近づいていることもあってか、少なくない人数がまるで普通の階段のようにエスカレーターを駆け上がっている。かくいう俺たちも、その速度に合わせることなくそこを走り抜けた。

 上へとたどり着くと、扇形に広がる通路が目に入った。
 アトラクションの乗り場へと通じると思われる通路も近くにあり、その間口にあるドアは開かれたままになっていた。

 下の階からは確認できなかったが、通路には人だかりができており、次の階へと繋がる階段にも人々の姿が多数あった。
 来た道を戻ろうとしても次々とエスカレーターの下から人々が押し寄せてくる。
 この環境下で俺たちが先を進める通りは、開かれたドアの向こう側にある通路しか存在しない。
「八神さん、どうする?」
 と、俺は確認した。
 上の階がこんな状況であるとは想定もしていなかった。誤算だったことは認めざるおえない。
「おそらく反対側に抜けられる通路があるはずだ」
 八神も俺と同じことを思ったのか、若干残念そうにそう述べた。
 
 通路を先に進む連れ、周囲はだんだんと暗くなっていった。
 だが、まだ八神や又佐の全身を確認できる程度の明るさはある。

 だが、奥のどんつきを右に曲がると、さらに暗い通路が目の前に現れた。
 薄紫の細長い照明がこの付近までひかれていなかったら、おそらく何も見えなかっただろう。
 そう思わせるほどの暗さだった。

 奥へと進んでいく。
 暗闇の状態が続くのかと思っていたが、施設の設備はその縁に細い長いブルーライトが取り付けられており、通路自体は普通に歩行できた。
 だが、一方人の身体は、かなり近づいてからでないと八神と又佐の顔の輪郭さえわからないといった感じだった。

 エスカレーターがまた現れた。
 下には駅のプラットホームのような敷地。このアトラクションの制服と思われるつなぎ服を着たスタッフが複数人いた。
 ジェットコースターがその敷地の横で離発着している様子も、この場所からうかがえた。

 エスカレーターに乗り込み、プラットホームに降り立った。照明は多少明るくなり、スタッフたちのにこやかな顔が朧げながらも見える。
 彼らは下の階へと先を行っていた人々を案内しているようだ。
 もしかすると、その先に避難所のようなものがあるのかもしれない。だが、ここまでの経緯を考えると用心して然るべきだ。
 言葉に出すまでもなく、そう思った。
 
 レーンの横には短いながらも順番待ちしているかのような人の列があった。
 まさかこの状況でジェットコースターに乗るはずもないだろう。避難所へ誘導されるため、その列に並び待っているだけのはずだ。

 やがて列が進み俺たちの順番が回ってきた時、
「お客様は何名ですか?」
 受付の演台の傍にいたスタッフが尋ねてきた。
「三名です」
 八神が素直に答えた。

 何か疑うような素振りを見せるのかと思ったが、そのような気配さえ感じさせなかった。
 顔や行動に似合わず単純な人のなのかもしれない。
 それを見た俺は、なぜか微笑ましく感じた。

 だが、次にスタッフが吐いた言葉は、俺のそのような余裕に満ちた心持ちをあっと言う間に消し去った。
「申し訳ありません。どうやらそろそろ定員オーバーのようですね」
 そのスタッフはため息をつきながら言う。
 すると、レーンの反対側にあるプラットホームの壁際へとその身をやった。

 よく見てみると、いつの間にか他のスタッフも付近で立ち並んでいる。そのすべてが、にこやかな顔で俺たちを見つめていた。

 次の瞬間、人の悲鳴が下の階から聞こえてきたかと思うと、先にあった階段の踊り場から同種の群れが現れた。俺たちを視界に入れ、我先にと疾走を始める。

 そして、彼らは迷うこともなく、俺、八神、又佐がいる上の階へと雪崩れ込んできた。
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