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第四章

第二十四話 不可解な決着

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 サニーの全身を覆い尽くさんとした、血よりもなお赤いダイヤモンドの光。

 それを一刀両断する、青い輝きの一閃。

 赤と青のコントラストが混ざり、一瞬だけ毒々しい紫のスクリーンが生まれる。

(……っ!?)

 それが消えると同時に、非常に強い振動が襲ってきて全身を激しく揺さぶられる。急流に放り込まれたかのように闇の中でまれ続けるサニーだが、不意に視界が開けたかと思うと目の前に薄暗い色をまとった瀝青れきせいの道路が現れる。

「えっ……!? わ、きゃっ……ぐげぇっ!?」

 そのままサニーは地面に落下した。固い道路に容赦なく身体を叩き付け、潰れたカエルのような汚い悲鳴が喉から漏れる。とてもじゃないが、年頃の女の子が出していい声では無い。

「うう……っ! 痛た……!」

 痛みに耐え、衝撃で朦朧もうろうとする頭を抑えながらサニーはどうにか身を起こし、涙目になった目蓋をゆっくり開く。

「はっ……! シェイド、さん……っ!」

 揺れる視界の真ん中に、サニーをかばうように屹立きつりつする燕尾服の青年の背中があった。

「サニーさん、ご無事ですか!?」

 油断なくステッキを構え、シェイドが前を見据えたまま緊迫した声で尋ねてくる。

「は、はい……! 私はなんとか……。でも……!」

 サニーはごくりと生唾を呑み込んで、シェイドの背中越しに奥をのぞき込む。

 その視線の先には、サニーを呑み込んでいた触手を切断されて藻掻もがく『エゴ』の怪物が居た。

 ――グゥウウウ! アァァァ!

 よろめきながらも憎々しげにシェイドをにらみ付ける怪物。真紅に染まる両目が、人の姿を捨てた異形の怒りを表現するかのように鋭く細まり、眼光を増した。

「サニーさんは傷付けさせません! 貴女の相手は私ですよ、ジュディスさん!」

 サニーを背後に庇いながら、堂々と啖呵たんかを切るシェイド。決然とした声が夜の空気を切り裂くが、サニーは気付いていた。

 彼の足が小刻みに震え、今にも膝が折れかけんとしている事を。

「シェイドさんこそ大丈夫なんですか!? あんな、思いっきり……吹き飛ばされて……!」

 つい先程、家の中からかなりの勢いをつけて跳ね飛ばされてきたシェイドの姿を思い出し、サニーの身体は恐怖で強張った。

 自分があの怪物に取り込まれる寸前まで、倒れ伏した彼はピクリとも動かなかったのだ。今だって、かなり無理をしてそこに立っているのは一目瞭然だ。

「問題ありません! 『影喰い』の役目を担う者として、『エゴ』如きに屈する訳には参りませんので!」

 姿勢を保つのも精一杯だろうに、それでもシェイドは弱音を吐かない。

 逃げるという選択肢は、はなから彼の頭には無いのだ。

 ――グルルゥゥ……! フン!

 切断された触手の回収と縫合を終えた怪物が、あざけるようにシェイドを見据えて鼻息を吐く。

 やはり、何度ブルー・ダイヤモンドの力で斬り付けようが、あえなく回復されてしまう。あの『エゴ』を斃す方法なんてあるのだろうか?

「……」

 シェイドは舌打ちをしたくなるのを堪えて、懸命に頭を働かせて状況を分析した。



 このまま闇雲に攻撃を続けても、あの『エゴ』を浄化出来る可能性は低い。

 それどころか、いたずらにブルー・ダイヤモンドの力を浴びせる事は却って危険かも知れない。

 あの姿を見てみるが良い。変異というより、最早進化とでも言うべき変貌ぶりだ。私の攻撃を受けた結果があの姿なのだとしたら、これ以上の無駄な追撃は無益どころか有害にしかならない。

 唯一可能性が残っているとするならば、それは……一撃必殺となり得る箇所を狙う事。

 つまり、生物で言うところの急所を、このステッキで――!




「――ハッ!」

 短く息を吐くと同時に、シェイドが地を蹴った。

「――!? シェイドさんっっ!!」

 引き留めようとするかのようなサニーの叫びを置き去りに、一気に怪物との間合いを詰める。

 ――ッ!?

 シェイドの瞬発力に僅かながら動揺する素振りを見せ、怪物は向かい来る敵を返り討ちにせんと四本に増えた長い巨腕を一斉に伸ばす。

 だが、先程までの狭い屋内とは違い、此処は開けた道路の上。

 シェイドは迫りくる黒い巨腕を、水面に浮かぶアメンボウのように地を滑り、風に舞う花びらのように宙を跳んでことごとかわしてゆく。火事場の馬鹿力なのか、寸前まで膝を震わせていたとは思えない程の身のこなしだった。

 そして、全ての腕の攻撃を避け、ガラ空きになった怪物の懐へ、シェイドが鎌鼬かまいたちのようにその身を滑り込ませる。

 ――ギュ……!?

 焦りに揺れる赤い瞳。怪物が身を引こうとするより先に、シェイドが青光のステッキを無造作に振るった。

 半月型の孤を描いた青い軌跡が、怪物の首を通過する。

 一瞬。全ての時間が止まったかのような錯覚。

 シェイドが素早く後ろに飛び退り、間合いを取る。

 そして――




 
 怪物の頭部がスライドし、つんのめるように前へと落ちた。





「や、やった……!!」

 息を呑んで一連の成り行きを見守っていたサニーが、感嘆と安堵の入り混じった声を上げる。

 だが――

「……ッ!? まさか、これでも斃せないと……!?」

 シェイドの顔が青ざめる。

 首のない胴体から、またもや同じように赤い糸が生えてきた。そして、これまでと寸分変わらず地面に落ちた自らの頭部にそれを這わせ、切断面同士を繋ぎ合わせて元の場所へ引き寄せる。

「そ、そんな……っ!?」

 サニーの声も絶望で震えた。

 首を斬り落としても効果が無いなんて、もうどうすれば良いのか分からない。

 万事休す。打つ手なしだ。

 ――ニィィ……!

 引き上げられてゆく怪物の口元が、己の勝利を確信したかのように歪む。

 ――ガァッッ……!!?

 しかし、突如弾かれたように怪物は全ての動きを止め、身体を強張らせた。

「何……!?」

 突如として起こった変化に、シェイドも眉を上げる。

 怪物の首と胴を繋ぐ赤い糸が、夜の闇に溶けるように消える。

 持ち上げられていた怪物の首が、再び地面を転がる。

 赤い目から光が消え、力なく口元が閉じる。

 そして――



 風化して朽ち果てるかのように、黒い巨大な『エゴ』の怪物は、全身を粉状に変えて、散華さんげした。



「……!?」

 サニーは言葉が出なかった。

 粉となって風にさらわれるように散った怪物の粒子は、シェイドの持つブルー・ダイヤモンドには吸収されず、夜の街に溶け込むように消えていった。

 そして、後に残されたのは――地面に倒れたジュディスの姿。

 シェイドが、おもむろに彼女に近付く。傍にしゃがんで、脈を取る。

「……呼吸も、脈もありません。彼女は、亡くなられています」

 抑揚のない青年紳士の声が、全く別のもののようにサニーの耳に響いたのだった。
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