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聖女は、守る為に嘘をつく
しおりを挟む冬が本格的になり、雪が降り始めた頃のことだった。
「よく来てくれたわね」
半ば脅しにも近い形で、私とクルミは聖女ソフィアの依頼を受け、彼女たちの治める小さな公国へとやって来た。
小高い山々に囲まれ、静かな湖を抱く村々。
その湖のほとり、まるで水面から生えてきたかのように、古く美しい城が建っている。
「あの城に住んでると思ってたのに?」
思わず口にすると、ソフィアは肩をすくめて笑った。
「ここから眺めるのが、ちょうどいいのよ。あの城、冬は底冷えがひどいし、暖房の魔術なんて無駄遣いでしょう?」
私たちが案内されたのは、丘の上に広がる牧場と、木造りの大きな屋敷だった。
窓からは湖と城、そして点在する村々が一望できる。
景色は美しい。
けれど、どこか拍子抜けする。
ここは“王の城”という感じがしなかった。
「まるで牧場主みたいね」
厩舎で馬や家畜の世話をしている男を見て、クルミがそう言った。
この国の国王、ディナモスその人だった。
「人が少ない国だからね。牧場も、村の警備も、道路の普請も……徴税まで、だいたい自分たちでやってるよ」
「大変そう」
「ううん。余計な駆け引きも、無意味な儀式もない。だから、のびのびしていられるの」
窓の外では、同行してきたドノバンがディナモスと肩を並べ、楽しそうに作業をしていた。
王と客人という立場を忘れたかのように、二人は笑い声を交わしている。まあ、ドノバンも島に帰れば同じことをしている。
「私の依頼を聞かないと大変なことになるって言うから、飛んできたのよ!」
クルミが、呑気な光景に呆れながら言った。
「ええ。それは事実だから。私が大変なことになる」
「早く、依頼の中身を教えなさいよ!」
手紙に詳細なことは何も書かれていなかったからだ。
「この湖から、魔物が溢れ出すわ。だから手伝って欲しいの。でも、詳しい時期まではわからない。それでも、遠くない未来よ」
「でも、ソフィアがいれば大丈夫じゃない?」
聖女はソファに寝転がり、腰に毛布を巻いていた。
「つわり……」
「つまり体調が悪いってこと?」
「何言ってるの、リリカ。つわり!」
クルミに訂正される。
思い込みとは恐ろしい。
「え? ないない……え? マジか?」
「わかるでしょ。今の私の魔力。まるで、この子に吸われてるみたい。妊娠中に高レベルの魔術を使うと、この子に悪影響が出るかもしれないの」
ソフィアは、無意識の仕草でお腹を撫でた。
「大丈夫だよ!」
私は適当に答えた。ゲーム的に……。
「こんな事、想定してなかったもの……」
心配げな表情。
私は思わず笑ってしまった。
それが嘘ではないと、どこかで分かっていたからだ。
完璧な設計者の言葉には、どうしても聞こえなかった。
椅子から転げ落ちるほどに。
私とクルミ、ドノバンは、しばらく屋敷に泊まることになった。
湖周りの偵察の一日。
朝と夕方はクルミと湖の周りを散歩し、昼はソフィアと無駄話、夜は全員で飲み会。
だらけた生活を、心地よく楽しんでいた。
そういえば、到着した日。
ソフィアは窓の外の湖を見ながら、何気ない調子で言っていた。
冬の湖って、綺麗でしょう。凍る前が一番、澄んで見えるのよ。
あの時は、ただの世間話だと思っていた。
「始まったわ!」
その日の朝、一面が凍った湖から、突如として魔物の大群が上陸を始めた。
狙いは城――いや、最初の防衛線として昔から使われてきた場所だ。
湖の魔物の数は異様だった。
多い、というより――揃いすぎている。
本来なら縄張りも種も違うはずのものたちが、湖面を割る順序まで揃えて上陸してくる。
その湖に棲むすべての魔物が、何者かの意志に従い、呼び集められたかのようだった。
「行きましょう。皆さん、魔物との戦いです!」
私はソフィアの元を離れた。
聖女局を解散した後も、彼女を慕う者たちが身の回りの世話をしていた。
だが、その者たちもディナモスたちと共に魔物退治へ向かった。
ソフィアの周囲には、誰もいなくなる。
しかも、彼女は力が弱っている。
「すぐに戻って来ますね」
私の闇魔術をディナモスの剣にエンチャントするのは、不思議な感覚だった。
「今回だけだぞ! 俺は湖の周辺を観に行くからな」
なぜかドノバンが、偉そうに許可と指示を出していた。
ディナモスの剣は、私には素直過ぎて物足りなかった。
時間は掛かったが、城の門で、損害も出さずに撃退した。
「さて、帰ろうか!」
私たちが屋敷に戻ると、血の跡があった。床に残った痕跡も。
だが激しく争った形跡がないということは――。
胸の奥が、すうっと冷えていく。
それでも、不思議と裏切られた感覚はなかった。
嫌な予感は、最初からその形をしていなかったのだ。
「ソフィア大丈夫?」
「リリカ、お帰り。早かったわね! ソフィアは今、寝てるわ」
クルミが、聖女の部屋から出て来て答えた。
これは事故でも、偶然でもない。
最初から、ここで終わると決まっていた手際だ。
ようやく理解した。
この屋敷の穏やかさも、湖の静けさも、すべてが餌だったのだ。
「無事に、作戦終了よ」
ディナモスもソフィアも、そして私も、対人戦は苦手だ。
だからクルミとドノバンたちがここに戻って来ていた。そのことを私には教えなかった。
「手を汚させて……」
「感覚の違いだ。俺やクルミの部下にとって、敵は虫みたいなものだから。リリカの闇魔術は、魔物に圧倒的だしね」
今回の作戦は、敵対勢力の完全排除。
わざと城を離れ、警備を手薄にし、襲わせる好機を作った。
魔物が湖から出るのは、作戦の一部。
「湖の魔女とも取引したの。この子の後見人になりたいって予約して行ったわ」
凍る前が一番、澄んで見える。
あの言葉の意味が、ようやく胸に落ちた。
「私の暗殺は構わない。でも、お腹の子を殺させるわけにはいかないから」
「母は強し」
「えへへ」
聖女が、珍しく素顔で笑った。
私も、いずれそうなるんだろうか。
この世界に、足跡を残す存在に。
「双子がいいかな。ノクスフォード家とヴァレンシア家の跡取りが必要だからな」
つまらないことを言うドノバンの頭を、殴っておいた。
その罰か、私は将来、つわりと双子の出産で苦しむこととなった。
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