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時計台の秘密
しおりを挟む「監視されてるわよ、どうするの?」
ソフィアが、わずかに声を落として周囲を見回した。その視線は感心よりも、警戒に近い。
「じゃ、リリカよろしく!」
「わかった」
私は地面の砂を巻き上げ、砂嵐を起こした。もちろん、私たちの周囲だけは、意図的に避けている。
制御の甘い魔術ほど、無様なものはない。
「へえ……器用ね」
ソフィアの口調には、素直な感嘆が混じっていた。
「あれ? 開かない。鍵がかかってる。壊すしか無いな」
ドノバンの一撃で、扉は鈍い音を立てて砕け散った。
「リリカ、よろしく!」
全員が塔の中に入った瞬間、私は魔術で扉を元の位置に戻し、さらに土魔術で固める。
「へえ、器用ね」
同じ言葉でも、今度は冗談めいていた。
「でも、固めたから、壊さないと開かなくなったけどね」
「追ってこれないから、ゆっくり塔の中を観察できるわ」
時計塔の内部は螺旋階段になっていた。
途中には、拍子抜けするほど何もない。
「ここね」
最上階には一室だけがあった。ここも鍵付きだが、魔術の扉だ。
今度は、クルミの一撃。
中には、機械式の時計と、魔術式の時計の基盤が並んで置かれていた。
「付け替えたみたいだね」
魔術式の時計は、当然魔道具で、その心臓部には魔力の詰まったコアが収まっている。
「機械式は、風力のぜんまいで動かしてるから、どうしてもズレが出る。でも魔術はコアが必要。どっちもどっちなんだけど」
私はそう言いながら、違和感の正体を探していた。
――“普通の魔道具”にしては、妙に手が込みすぎている。
「こんなところに、サインが書いてある」
製造者:ボルト
「確か、ドワーフの有名な魔道具職人です。この街に住んでると聞いたことがあります」
コヨリが即座に答えた。
「それで、何か変わったところあるの?」
理由がある。必ず。
魔道具にも詳しいリラは、興味深げにあちこちを触りながら言った。
「拡声器がついてます。正確には……魔術を広範囲に拡散させる装置ですね」
共和国は大陸一の文化国家だが、同時に魔道具技術の先進国でもある。この街の建築物には、その成果が自然に組み込まれていた。
「どんな魔術なんだ?」
「わかりません。特殊な魔術文字で……」
私とソフィアは、その文字を見て、同時に笑った。
厨二病の日本語だ。しかも、かなり質が悪い。
「きっと、精神干渉の魔術ね」
「どうする? 壊すか?」
私は一瞬だけ考えた。
――壊すのは簡単。でも、それじゃ“使った理由”は消えない。
「ううん。事情を調べてからでも遅くない。ボルトに会いに行きましょう」
文字の書かれた紙を魔道具から抜き取り、ポケットに入れる。
同じ手順で、私たちは時計塔を脱出した。
居場所を探す必要があるかと思ったが、リラが町民から聞き出してきた。
「この町の外らしいです」
「じゃあ、行こう」
町を出て川を渡ると、大きな家と工房があった。
多くの職人が、忙しそうに手を動かしている。
「工房長のボルトさんはいませんか?」
「ボルトだ。何の用じゃ? 悪いが今は新しい注文は受けてない。見ての通り忙しくてな」
現れたのは、知的だが、職人気質の男だった。
視線が落ち着かない。もう答えは出ている。
「私はリラ。ヴァーデン侯爵家の当主になったから、挨拶に来たの」
「へ? 当主はアンリじゃないのか?」
「ええ。お兄様は、侯爵の仕事が合わないみたいで」
二人が話す間、私は造作物の依頼主を確認していた。
「色んな方から注文が来てるんですね? 今は何を?」
「ああ……魔道具の時計は、時間がずれないから人気でな……」
「こちら、我がヴァーデン家からの依頼ですか?」
コヨリが即座に見つける。
「どうだったかな……注文が多くて、いちいち覚えてない。勝手に工房を歩き回るな! 企業秘密もあるんだ」
「だろうな」
ドノバンが、低く言った。
「企業秘密について聞きたい。応接で、お茶でも飲もうか?」
逃げようとした瞬間、ボルトの肩をドノバンが掴む。
その力は、逃げ道という概念を消し去っていた。
助けを求める視線を向けられて、クルミが笑う。
「やめときなさい。誰か呼んだら、命の保証はしないわ。有名でしょ、私。惨殺姫って」
「まさか、クルミ様も……」
彼は、完全に諦めた。
「それじゃ、魔術式時計の秘密を教えてもらおうか?」
ドノバンが凄む。
「……共和国では治安が乱れている。だから、心を落ち着かせる精神安定の魔術を、町中に……」
私は、ため息をついた。
――この程度の嘘で、人の意思を縛ろうとする。
「精神安定の魔術なんて無いわ。私たち、嘘つきは嫌いなの。この紙は何?」
「あ、それは……時計台の中の……その紙を取ると爆破するぞ!」
次々と嘘を重ねる。
魔道具に詳しくなくても分かる。あまりに、稚拙だ。
私は無言で、暴風を放った。
天井に叩きつけるほどの力は使わず、地面に縫い止める。
「自己紹介するね。暗黒の魔術師リリカよ」
「お、お許しを……」
「この程度の魔術文字、私たち読めるのよ。恥ずかしいから読まないけど」
「教会に寄付しろ。ノルマン侯爵に逆らうな、でしょ?」
ボルトは、黙って頷いた。
「あと、誘導魔術や精神干渉魔術は呪文が長いの。唱えたと分かったら――次は天井ね」
クルミが楽しそうに笑う。
「あ、それ本気だよ。天井に刺さってる人、見たことある」
聖女ソフィアが、優しく、ボルトを手当てしている。
「それ、ずるくない?」私は心の中で思った。
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