121 / 128
裁かれた侯爵
しおりを挟む「王国……? 共和国の間違いだろう」
わずかな間を置いて、ノルマンはそう言い直した。
私の真剣な質問は、誤魔化されて終わった。
理由が聞きたかったのだ。私たちの大切なものを奪うに足りる、その理由を。
だが、彼の口から語られることは、最後までなかった。
理由を求めること自体が、間違いだったのだと、そのときはまだ理解しきれていなかった。
「リリカ、そんな顔をするな」
クルミは、感情の揺れを一切含まない声で言った。
「所詮、自分のことしか考えていない小者だ。理由を求めるだけ無駄だろう」
彼女は視線をノルマンへ向ける。
「ノルマン。時計台の件は、ボルトからすべて聞いた。民衆を騙していた話も、いずれ広まる」
ノルマンの反応を確かめるように、クルミの口元が一瞬だけ歪んだ。
「そのとき、彼らはどう思うかな?」
「誰が信じるものか!」
彼は声を荒げた。
だが、その顔には、はっきりと冷や汗が浮かんでいる。叫ぶ声とは裏腹に、彼の視線は落ち着きなく泳いでいた。
すでに、信じてもらえない未来を想像してしまっている者の目だった。
「そうかしら」
聖女ネフェルが、痛ましげに首を傾げた。
「さっき、街の有力者たちと私が話したら、皆とても憤慨していたわ」
責めるよりも、慈悲に近い声だった。その優しさが、かえって逃げ場を塞ぐ。
「黒毒蛇の毒は、お前の指示で、わが領地にばら撒かれたと、商人に聞いた」
リラは珍しく、怒りを隠そうともしない。
「ああ、それに共和国へのいくつかの謀略も、お前の仕業だとな」
事実を読み上げるように、クルミが続ける。
「違う、違う! よくもありもしないデマを言ってるな! おい、こいつらをここから追い出せ!」
ノルマンの怒声に、護衛の騎士たちは一斉に将軍の顔を見た。
私は、その沈黙の重さに、息が詰まりそうになった。
誰もが、命令を待っているふりをして、結論を避けている。
クルミは、その様子を静かに見ている。すでに結果を知っている者の視線だった。
先日、彼女に殺されかけた将軍は、クルミと目を合わせることなく、聞こえないふりをして地面を見つめている。
「問題ないわ」
クルミが淡々と言った。
「私たちは、もう用件を済ませている。安心して。これでお暇する」
そこに皮肉はなかった。事務的な区切りの言葉だった。
「そういえば、お前の片腕の商人は、パリスに向かって逃げていったわ。それと今頃、私たちの軍は、こちらに向かって移動を開始しているはずよ」
「ふざけるな、内政干渉だ! リラ殿、共和国の危機だぞ!」
「いいえ」
リラは即座に否定した。一歩前に出て、告げる。
「わが領地に毒を撒き、一般人を傷つけたのは、ノルマン侯爵。あなたです。ここに、わがヴァーデン侯爵は、ノルマン侯爵領への宣戦を布告します」
怒りと正義が、はっきりと声に宿っていた。ノルマンは、それ以上何も言えず、逃げるようにその場から去った。
その背中を見送りながら、私は胸の奥が冷えていくのを感じていた。
理由を知りたいと願った自分が、まだどこかで彼を理解できると思っていたことが、今になって恥ずかしかった。
「さて」
クルミは将軍へと視線を移す。
「彼について私たちと戦うか、それとも軍門に降るか。判断は、あなたがしなさい。兵をまとめるのも、あなたの仕事よ」
命令ではない口調。
だが、拒否という選択肢は存在しない。
「軍門に降るなら、今の地位は保証する」
条件を提示し、最後に一言だけ付け加える。
「合理的な判断を期待している」
※
密偵たちの報告によると、ノルマンは金目の物をかき集め、馬車に積み込み、パリスに向かったらしい。
「奴に家族は?」
私は思わず聞いた。
「そんなこと気にするな!」
クルミは、冷たく言った。
「おりません。愛人だけです」
密偵が答える。真実かどうかは、誰にもわからない。
「じゃあ、用事を済ませてくる。リリカはここで待っていろ!」
「いえ、私も行きます」
彼女の手だけを汚させる訳にはいかない。ただの自己満足なのだが。
※
ノルマンは、盗賊に襲われて死んだ。少なくとも、公式には。その言葉は、誰もが口にした。
だが、同時に、誰一人として完全には信じていなかった。
街の有力者と会合をし、ノルマン侯爵領の今後について話し合った。
「現行体制を維持したい」
彼らの多くはそう語った。
「ならば、リラが代行を務めればいい。そして、必要無くなるば辞すればいい」
「えー。遊べない……」
思わず本音を漏らすリラだったが、
「これは、ヴァーデン侯爵の貴方にしか出来ないことです」
コヨリの一言で、大人しく頷いた。
ノルマン侯爵の葬儀で発表されたが、大きな混乱は起きなかった。
「誘導魔術による、ノルマン侯爵への忠誠」
この噂が、すでに広まっていたからだ。
誰もが、自分の抱く感情に疑問を持っていたからだ。
それと都合のいい嘘が欲しいという本音が、街に漂っていた。
「少し可哀想な気もするが、身から出た錆びね」
大聖堂の鐘が、空に空しく響く。
リラとコヨリを残して、私たちはパリスに向かうことにした。
そこに、謀略を仕掛けた首謀者たちがいる。いずれも、共和国の権力者たちだ。
パリスは、彼らの庭。
そして――飛んで火に入る夏の虫。
否が応でも、緊張が高まるはずだった。
だが。
「楽しみね、どんな街並みに生まれ変わってるのかな!」
ソフィアは、自分が作り出した世界が今どうなっているのか、気になって仕方ない様子だった。
パリスまでは、まだ数日の道のりがある。
目的地に近づくにつれて、道ですれ違う人々の表情が、少しずつ暗くなっていく。
物価は高く、宿でも食事の場でも、人々の対応はどこか素っ気ない。
余裕のなさが、そのまま態度に出ている。
「もう、飽きたわね。やっぱりティア様に運んでもらうんだった」
期待と現実の落差に、不満が顔を出し始めたらしい。
「着いたぞ。パリスだ!」
御者を務めているドノバンが叫んだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……
異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる