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第一章 魔王、出会う

プロローグ

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 ここは、レバル王国の王都リーリンカから最寄りの街。

 王都リーリンカから徒歩二日という距離で栄えている訳でもなく、かといって寂れているわけでもないどこにでもあるような街がバザマス。

 そんな街、バザマスにある冒険者ギルドのカウンターで依頼達成報告をするパーティがあった。

「おめでとうございます。この依頼を以て、パーティ名『怒涛の剣戟』のメンバーはEランクに昇格です」
「よっしゃー!!」

 ランク昇格を告げられた達成報告をしていた4人の少年が傍目も気にせず声を上げて拳を突き上げる。

 この少年達がこのバザマスにある冒険者ギルドにやってきた理由、そして、どん底を味わった事を知っている少年達の対面にいる受付嬢は慈愛の籠った眼差しを向け、お疲れ様、と告げた。

 少年達もその時の事を思い出したのか、弾けんばかりの笑みを浮かべていた顔をクシャクシャにして肩を震わせ始める。

 嗚咽が混じり始める少年達を見つめて肩を竦める受付嬢は苦笑しながら声をかける。

「泣く前にする事があるでしょ?」

 そう言われた少年達がハッとした表情を浮かべるのを見た受付嬢は少年達の背後に立つ、長い銀髪を無造作に流す身長が2m近くある大男に目配せをした。

 目配せされたマントの下がタンクトップから伺える細身だが引き締まった偉丈夫な大男は、薄く笑みを浮かべ、少し前髪で隠れた金色の目を優しく細め少年達の背を見つめる。

 少年達は慌てて後ろに振り返り、目元を腕で拭い、真一文字に口元を引き絞った端を震わせながら銀髪の大男を見上げた。

「スイレンさんのおかげで俺達は初心者卒業出来ました」

 銀髪の大男、スイレンに深々と頭を下げる少年達。

 冒険者にはランク制があり、FからA、名誉称号としてSが存在する。そして、F脱してEになるという事を冒険者の間で初心者卒業と認められる風習があった。

 感極まっている少年達に苦笑しつつ、眉尻を下げるスイレンは軽く手を振りながら言う。

「ワシはちょっと面倒を見てやっただけだ」

 そう言ってくるスイレンを見上げる少年達の泣くのを耐えていた口元に思い出し笑いが浮かぶ。

 見た目が二十歳前後にしか見えず、声も若々しいのに一人称が『ワシ』であるスイレンと出会った時からずっと気になっていた。

 だが、嫌味もなく、バザマスにやってきた時に疑心暗鬼、自分達以外すべて敵と張りつめていた少年達の耳にすんなり届く優しい響きだった事を思い出す。

「あの時、スイレンさんに声をかけて貰えなかったら俺達は……」

 逃げるようにバザマスにやってきた少年達は一文無しで空腹を抱えて無茶な依頼を受けようとしてた時の事を思い出し、奥歯を噛み締めて振り払うように被り振る。

「きっと俺達は野垂れ死ぬか、モンスターにやられてました」
「宿住まい出来るようになるまで家に置いてくれただけじゃなく、依頼の引率まで」
「……スイレンさんが教えてくれた事、俺達、絶対に忘れません!」

 語る事でこの3か月間の出来事を思い出し、込み上げてきた少年達が泣き出すのを見たスイレンはコメカミを指で掻き、苦笑しながら

「だから、ワシは大したことを……」

 してないと言い切る前にカウンター近くにあるテーブルでエールを煽っていた30代の4人の冒険者達がゲラゲラと笑って遮る。

「王都の冒険者ギルドから逃げてきたような屑なお前等が卒業したぐらいでこの先やってけるのかよ?」
「がははっ、しかも噂じゃ王都で勇者召喚されたって言うじゃねぇーか。お前等よりマシな奴が今後、こっちにやってくるのが増えるだろうからすぐに野宿生活ってか」

 同じテーブルに座っていた、おそらくパーティメンバーと顔を見合わせて爆笑する。

 感動の涙を零していた少年達は水を差された込みで少しムッとしたようだが、事実も含まれているので低レベルな挑発に乗ったりしない。

 スイレンに出会う前の少年達ならその場で抜刀していただろうと思う受付嬢は、本当に成長したな、と優しく見つめた。

 からかうつもりだった中年冒険者は面白くなかったようだが、自分達から手を出す気はなかったようで不機嫌そうに鼻を鳴らしてエールに口を付ける。

 だが、その1人がボソッと呟いた言葉を聞き逃さなかった少年達の顔を真っ赤にさせた。

「……でっかいナリしてる癖に万年Fランクの『草むしり』がっ」
「今、なんて言った! もう一度言ってみろ!!」

 迷いもなく抜刀しようとした少年達を慌てて止めるスイレン。

 こんな馬鹿な奴らと揉め事をするのが無駄で少年達にとって益などなし、と思うスイレンは落ち着くように諭そうとする背後でバコッと激しい音がする。

 振り返ると中年冒険者が使っていたテーブルが宙に浮いており、スイレンが落ち着かせようとした少年達と変わらない年頃の少年達の1人が蹴り上げたようだ。

 蹴り上げた少年がコメカミに血管を浮かせて中年冒険者達を睨みつける。

「ざけんなよ! お前らこそ毒にも薬にもならないゴミの万年Eランクだろうが!」

 怒鳴る少年を一緒にいる少年達と紅一点の少女が蔑む気持ちを隠さずに見つめながら、怒れる少年の肩をドウドウと言いながら叩く。

「僕等の時にも絡んできた奴らじゃないか、卒業し立てのルーキー相手ぐらいしかマウント取れない先輩方なんだから大目にね?」
「そうそう、馬鹿にした俺達がDランクになって肩身が狭い思いしてるんだから」

 養護してるようで全くする気のない少年達の言葉という刃でズタボロにされて舌打ちしか出来ない中年冒険者達。

 そう、彼等もスイレンに引率された冒険者達で卒業した少年達の先輩にあたる。

 確かな実力と自信を持つに至った元生徒を嬉しく思う。

 だが、スイレンは知っている。

 少年達は基本的にお人好しだが、残る紅一点の少女の口の悪さを。

「スイレン先生を馬鹿に出来るって本気で尊敬するわ。ああ、Fランクに関わらずギルドから信用がAランクに匹敵するのが悔しいの? しょうがないでしょ? アンタ等みたいなゴミが嫌がるスイレン先生の定期的な薬草供給によるこのギルドの生存率が他のギルドと比べてびっくりな数字なんだから当然よね。アンタ達も恩恵を受けてるのに良く言えるわね。何より新人育成で……」

 少女のマシンガントークで頭に上った血が落ち着いた少年達が慌てて止める。

 少年達3人の想いはこのままでは刃傷沙汰になりかねないであった。

 スイレンを馬鹿にされて頭にはきたが拳で片が付くレベルで済ませるつもりだったが、少女に言いたい放題させるとその可能性が浮上すると判断したからだ。

 羽交い絞めされつつ、口を塞がれるも暴れる少女を見て、スイレンは思う。

 黙っておとなしくしてたら華憐な少女なのにな、と。

 くせ毛なのか、ゆるふわな軽いウェーブがかかる金髪を肩で揃えた慎ましい胸で華奢な小柄なお人形さんのような少女でドレスを着せればお嬢様でも通じる。

 なのに今は眉尻を上げて円らなライトグリーンの瞳も釣り上げて台無しである。

 まだ言い足りないとばかりに暴れる少女は口を塞ぐ少年の手を噛み、痛がって拘束が緩むと抜け出すが前に待機してた少年が抑え込もうとする。

 抑え込みにかかった少年が股間を押さえながら膝から崩れていく。

「う、嘘だろ……仲間相手に」

 先程まで苛立ちを向けていた相手であるのに関わらず、同情と恐れを滲ませて中年冒険者達がたじろぐ。

 金髪の少女の行動にギルド内にいた男達はキュンとした。

 ただし、胸ではなく股間であったが……

「ティナ! お前なんて事を!」
「俺達なら何してもいいとか思ってるだろ? はぁ……甘やかしてきた俺達が悪いのか?」

 そう、金髪の少女、ティナは躊躇せずに股間蹴りを発動したのだ。

 このパーティは同じ村の出身の幼馴染で構成されており、そのなかで年が離れたティナを妹のように可愛がり、甘やかしてきたので特に少年達には我儘し放題な一面があった。

 股間を押さえて蹲る少年の腰の辺りをトントンとしながら「ティナ!」と諫めるがフンっと鼻を鳴らしてソッポ向いて中年冒険者達を指さす。

「いい? だいたい真っ先にここでやっていけなくなるのはアンタ達なわけ! 今の内にゴブリン一匹で大騒ぎで倒したら英雄扱いしてくれる村にでも行ったら? そこでなら相手にして貰えるわよ。で、さっさと行くの? 故郷に帰るの? それとも死んじゃったらいいんじゃない?」

 そう言い放つティナの言葉にすっかり酔いも醒めて怒りもうやむやになり、地味にダメージを受けたようで悔しそうにしている中年冒険者達を見て、スイレンはため息を零す。

 卒業した少年達もどうしたらいいか分からず、右往左往していた。

「ティナ、ワシは息をするような感覚で人の生死を口にするな、と言ったよな? 後輩達為に怒ってくれた事には感謝するがな」
「……ご、ごめんなさい」

 スイレンの言葉に即座に反応して頭が飛ぶんじゃないかと思われるぐらいに勢いよく頭を下げるが、スイレンに謝る相手が違うと言われて泣きそうな顔をする。

 グッと堪えた様子を見せたティナは手を噛んだ少年、そして、一番の被害者である股間を蹴られた少年に謝ると少し躊躇を見せたが中年冒険者達にも頭を下げた。

 それを見た先輩少年達はホッと胸を撫で下ろす。

「まったくティナは母親とスイレンさんの言う事だけは素直に聞くんだよな」

 周りを見渡し、もう喧嘩という空気じゃなくなったことを確認したスイレンは手をパンパンと叩いて注目を集める。

「もう充分だろ? お互い痛み分けということで」
「ああ、俺達も悪酔いして悪かった」

 スイレンの言葉に頷き合った中年冒険者達は謝罪を口にすると蹴り飛ばされたテーブルを直してギルドから出て行った。

 それを見送ったスイレンは大きく肩を落として嘆息すると後ろにいる卒業した少年達に向き合う。

「最後の最後で挑発されて抜刀しようとしたのは減点だな。街を一周走ってこい」
「はい……」

 項垂れる少年達4人をいきなり抱きしめるスイレン。

「それが終わったら新たな門出だ。4人で楽しい打ち上げをするといい。お前等はワシの自慢だ、卒業おめでとう」
「はいっ!」

 一旦引っ込んだ涙がぶり返したようで目尻に涙を溜める少年達が打ち上げにスイレンを誘うが首を横に振って辞退した。

 簡単にではあるが昨晩にスイレンが食事を振舞って済ましていたからだ。

 少し落胆した様子を見せたがスイレンからの最後の指導を全うするためにギルドから駆け出そうとすると先輩少年達が声をかける。

「スイレンさんから学んだ事をしっかり守っていたらDランクなんてすぐだからな!」

 その言葉に元気に「はいっ!」と返事した少年達は外に飛び出していった。

 それを見送ったスイレンは先輩少年達に近寄り、両手を前でモジモジして見上げるティナを見つめてため息を零す。

「最後にティナが言った事はあいつ等も何度もきっと考えてしまって怖かったんだろうさ。そうなる恐怖から酔いに任せて吐き出した。まあ、だからといって良いことではないがな」

 シュン、とするスイレンがティナの頭をポンポンと叩いた後、撫でてやると現金にも笑みを浮かべて喜ぶのを見て先輩少年達は苦笑を零して話しかけてくる。

「それはそうと勇者召喚の噂が確かにありますが真偽はどうなんでしょう?」
「しかも召喚されたのが1,2人とかではなく20、30人とか聞きますが……」
「どうなんだろうな、ワシも確かに噂では聞くが……」

 そう言ってカウンターの向こうにいる受付嬢に視線をスイレンが向けると受付嬢は頷いて口を開こうとした瞬間、

 ガタ、バタン

 入口の方から誰かが倒れるような音がして振り返ると1組の少年少女が倒れていた。

 ビックリしたが逸早く立ち直ったスイレンが少年少女に駆け寄る。

 両方共、黒髪の15歳前後の少年少女で変わった衣服を着ているのを見てスイレンが目を細める。

 抱き抱えて、その2人を見つめて汚れが目立つがケガなどはなさそうだが、意識はなく、少年から腹の虫が鳴るのを聞いたスイレン、先輩少年達はホッした様子を見せた。

 空腹や疲れからくる原因で少年は倒れたようだが、少女の方は脈の弱さなどからそれ以前から意識を失ったようで、どうやら少年がここまで抱えてギルドまで来たようだ。

 1つ頷いたスイレンが先輩少年達を見上げると好意的な笑みを返される。

「私、スイレン先生が何しようとしてるか分かっちゃった」
「分かったって自慢気に言うような事じゃないだろ?」

 少年にそう言われたティナは可愛らしく頬を膨らませるのを見て苦笑しながらスイレンは言う。

「運ぶのを手伝ってくれるか?」

 スイレンにそう言われて否と言う者は居らず、少年少女を抱えて冒険者ギルドを後にする。



 これがスイレンが長年、待ち望んでいた待ち人との出会いである事をまだ誰も知らない。

 そう、最初のページが綴られ始めた事を当人達が知るのはもうしばらく後の話である。
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