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鏡の中と外

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「けれど……ここにフィリスはいなかった。」

 「えっ!?」

 「ここにいたのは、レオナールと言う男だった。
 彼が言うには、フィリスは僕が思い描いた理想の女性像だったらしいよ。
 彼は、そんなことにも気付かない愚かな僕に合わせて、フィリスのふりをして暇つぶしに話してただけだって。」

 「そんな……」

 「本当に馬鹿なことをしてしまった。
 僕は、一瞬の気の迷いからこんな所に来てしまった。
……もう二度と出られることのないこんな世界に……」

 「二度とって、そんな……」

 「本当なんだ。
レオナールは僕なんかとは比べ物にならないほど、立派な体格をしている。
その彼が、肩を骨折するほど鏡に体当たりをしても、鏡には何の影響もないんだ。
 部屋にいた君も少しも気付かなかった。
 彼は、耳を塞ぎたくなるような雄叫びを上げてたっていうのに、君はまるで気付かなかったんだ。」

スコットの頭の中は混乱を極めた。
アラステアの語った話は、非現実的で、とても信じられるものではなかった。
だが、その話は、スコットの知るアラステアととてもよく符号しており、そもそも、誰もいない部屋の中にアラステアの声が聞こえていること自体がおかしなことだった。



 「アラステア、僕は今酷く混乱している。
だけど……僕は今の話を…この不思議な体験を信じるよ。」

 「……今はそうするしかないからだろう?」

 「そ、そんなことは……」



 (君は本当にわかりやすい人なんだから…)



アラステアは小さく微笑みながら、瞳を潤ませた。



 「あ、それで…レオナールには僕と君が話せることをしばらく黙っておこうと思ってる。
 彼は自分のことは何も話さないし、どういう人なのかわからないからね…」

 「アラステア…僕、この鏡の元の持ち主を突き止めたんだけど…
遥か昔のことらしくって、今の当主は鏡のことをあまり知らなかった。
でもね…その人が言ったんだ。
……あの鏡には魔物が棲んでるって言われてたって……」

 「魔物が…!?」

 一瞬の沈黙の後、アラステアは小さな笑い声を漏らした。


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